二、看取り夫人②


 ブラント侯爵を看取ったクロネリアの許には、妻にと望む老人たちの申し出がさっとうした。

 不吉なバツが二つついても、元々看取りを望む人々にとっては問題ない。

 けれど看取りを望まない若い男性からの結婚の申し出はかいだった。


「そして……今回のこうしゃく様を看取ったら、私はバツ3だものね……」


 バツ2でも不吉なのに、バツ3なんて。若い男性はそんな不吉な妻など望まないだろう。

 クロネリアはこの先もしょうがい、看取り続ける人生なのだ。


「ん? 何か言ったか?」


 前を歩くイリスがいて尋ねた。


「い、いいえ。なんでもありません。ずいぶん広いお屋敷ですね」


 えっけんの間からめいのようなろうを歩き、階段も一つ上った。


「父の部屋は庭園と裏庭をわたせる角部屋なので一番奥なのだ。母が気に入っていた部屋だが、寝たきりの父にはせっかくの景色も見ることはできないが……」


 そう話している間に、ようやく公爵の部屋に辿たどいた。


「父上、入りますよ」


 イリスが告げたものの、中から返事はない。

 いつものことなのか、イリスはドアを開けてクロネリアを招き入れた。

 庭が見渡せる角部屋と聞いたのに、部屋はカーテンを閉め切っていてうすぐらい。

 ステンドグラスのはまった細い窓からわずかに入る光で中の様子が分かるぐらいだ。

 部屋はクロネリアの実家の大広間より広く、しゅのいい家具や調度品が置かれているが、すべてがたましいかれたかのように暗くしずんでいるように感じる。


「またこんな暗い部屋で。じょはらったのですか?」


 イリスはため息をつきながら奥に進み、カーテンの一つを開いた。

 日差しに照らされて一気に部屋が息づくように明るくなる。


「勝手にカーテンを開けるな! まぶしいと体力を奪われる気がすると言っているだろう! それとも私に早く死んで欲しいのか!」


てんがいのついた大きなベッドからしわがれた声が怒鳴った。


「そんなわけがないでしょう? 医師も太陽の光は浴びた方がいいと言っていました。食事もらず世話もさせてもらえないと侍女たちから聞いていますよ」


 公爵はとんをかぶって顔をそむけたままさけんだ。


「私のことは放っておいてくれ! このまま静かに死なせてくれ!」

「またそんなことを……。今日は先日話していましたクロネリアじょうをお連れしました。新妻として父上の良き話し相手になってくれるでしょう」

「な! その話は断っただろう!」


 公爵は驚いたように、ようやくこちらに顔を向けた。

 歳は五十七歳と聞いていたが、これまで看取った二人よりも年老いて見えた。

 病のせいか真っ白なかみに、せこけたほおが痛々しい。

 そしてイリスの隣に立つクロネリアと目が合うと、気まずそうに再び背中を向けてしまった。


おろかなことを。若い妻を側に置けば、私が元気になるとでも思ったのか。お前は何も分かっていない。その気の毒なご令嬢をすぐに家に帰してあげなさい」

「そう言わずに、父上。もう結納金も払って嫁いでこられたのですから」

「私はアマンダ以外と結婚するつもりはない」


 アマンダというのが昨年亡くなった奥様らしい。


「私のことより、お前こそ早く結婚したらどうなのだ」


 驚いたことにイリスはまだ結婚していないらしい。

 イリスぐらいの歳なら、すでに妻の二、三人いてもおかしくないはずなのに。


「私のことは心配いりません。忙しくてこんのがしていますが、今の事業が軌道に乗ればちゃんと結婚しますから」


 どうやら新たな事業を始めて結婚するひまがなかったようだ。

 クロネリアは、事業という言葉に父を連想した。

 この品のいい貴公子も、父のように多額のさいかかえているのだろうかとうかがい見る。

 事業を起こす人などろくでもない、という先入観がクロネリアにはあった。


「なんだ?」


 イリスは自分を見つめるクロネリアの視線に気付いて尋ねた。


「いえ……」


 おそろしい目でにらまれて、クロネリアはあわてて視線を落とす。


「イ、イリス様はお仕事が忙しいようですので……どうか後はお任せくださいませ」


 イリスは少し考え込んだものの、クロネリアの申し出に応じることにしたようだ。


「うむ。では……申し訳ないが。実はこの後、急な商談でけなければならない。後のことはしつ長のゴードに任せてあるから彼に聞いてくれ」


 イリスはこの状態で家を留守にするらしい。


(私が今日輿こしれすることは分かっていたはずなのに、びょうしょうの公爵様を来たばかりのよく分からない新妻に預けて、心配ではないのかしら?)


 いくら急な商談だからといっても、やはり冷たい人のように感じた。

 だがもちろんクロネリアが非難することではない。


かしこまりました」


 イリスに合わせるように、クロネリアも事務的に答えた。


「では、父上。私は行きますね。なるべく早く済ませて戻りますので」

「……」


 公爵はそっぽを向いたまま、もう答える気はないらしい。

 イリスは小さくため息をつくと、クロネリアを残して部屋を出ていった。

 イリスが部屋を出ると、公爵はさっきまでと違って穏やかな口調でクロネリアに言った。


「お嬢さん。あなたのような若く美しい女性が、この老いぼれの世話をする必要などない。イリスは良識のある男だと思っていたが、こんな無体なことをするとは。あきれたやつだ。イリスが何を言ったか知らないが、私が許すから家に帰りなさい」


 クロネリアはりょぶかとびいろの瞳で、やせ細った公爵の背を見つめた。

 その言葉を五年前、父が、母が、バリトン伯爵が言ってくれたならどれほど嬉しかっただろう。

 けれど、もうあれから五年が過ぎて、なにもかもおくれだった。


「家に帰ったとしても、別のご老人の許に嫁ぐことになるだけです。おがあるなら、どうかここに置いてくださいませ。侍女の一人と思ってくださって構いませんので」


 クロネリアの言葉に公爵は少し驚いたように振り向いて、皺だらけの目を見開いた。


「何か事情があるようだが、私はこの通り話すこともつらい余命いくばくもない老人だ。残りの日々をアマンダの思い出と共に穏やかに過ごしたいだけなのだ。お嬢さんと話すことは何もない。だが……」


 公爵は少し言葉を切ってから、クロネリアを思いやるように窺い見て続けた。


「帰る場所がないなら追い出すつもりもない。好きに過ごしなさい」


 慈悲深い目でそう告げた後、公爵はつかれたようにねむってしまった。

 しんとした部屋で、クロネリアはほっと息をついた。


(誰にもかんげいはされていないようだけど、とりあえず公爵様は優しそうな方で良かった)


 こうして日がな一日、公爵の部屋のまどぎわに座って過ごすだけの日々が始まった。



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