二、看取り夫人②
ブラント侯爵を看取ったクロネリアの許には、妻にと望む老人たちの申し出が
不吉なバツが二つついても、元々看取りを望む人々にとっては問題ない。
けれど看取りを望まない若い男性からの結婚の申し出は
「そして……今回の
バツ2でも不吉なのに、バツ3なんて。若い男性はそんな不吉な妻など望まないだろう。
クロネリアはこの先も
「ん? 何か言ったか?」
前を歩くイリスが
「い、いいえ。なんでもありません。ずいぶん広いお屋敷ですね」
「父の部屋は庭園と裏庭を
そう話している間に、ようやく公爵の部屋に
「父上、入りますよ」
イリスが告げたものの、中から返事はない。
いつものことなのか、イリスはドアを開けてクロネリアを招き入れた。
庭が見渡せる角部屋と聞いたのに、部屋はカーテンを閉め切っていて
ステンドグラスのはまった細い窓から
部屋はクロネリアの実家の大広間より広く、
「またこんな暗い部屋で。
イリスはため息をつきながら奥に進み、カーテンの一つを開いた。
日差しに照らされて一気に部屋が息づくように明るくなる。
「勝手にカーテンを開けるな!
「そんなわけがないでしょう? 医師も太陽の光は浴びた方がいいと言っていました。食事も
公爵は
「私のことは放っておいてくれ! このまま静かに死なせてくれ!」
「またそんなことを……。今日は先日話していましたクロネリア
「な! その話は断っただろう!」
公爵は驚いたように、ようやくこちらに顔を向けた。
歳は五十七歳と聞いていたが、これまで看取った二人よりも年老いて見えた。
病のせいか真っ白な
そしてイリスの隣に立つクロネリアと目が合うと、気まずそうに再び背中を向けてしまった。
「
「そう言わずに、父上。もう結納金も払って嫁いでこられたのですから」
「私はアマンダ以外と結婚するつもりはない」
アマンダというのが昨年亡くなった奥様らしい。
「私のことより、お前こそ早く結婚したらどうなのだ」
驚いたことにイリスはまだ結婚していないらしい。
イリスぐらいの歳なら、すでに妻の二、三人いてもおかしくないはずなのに。
「私のことは心配いりません。忙しくて
どうやら新たな事業を始めて結婚する
クロネリアは、事業という言葉に父を連想した。
この品のいい貴公子も、父のように多額の
事業を起こす人などろくでもない、という先入観がクロネリアにはあった。
「なんだ?」
イリスは自分を見つめるクロネリアの視線に気付いて尋ねた。
「いえ……」
「イ、イリス様はお仕事が忙しいようですので……どうか後はお任せくださいませ」
イリスは少し考え込んだものの、クロネリアの申し出に応じることにしたようだ。
「うむ。では……申し訳ないが。実はこの後、急な商談で
イリスはこの状態で家を留守にするらしい。
(私が今日
いくら急な商談だからといっても、やはり冷たい人のように感じた。
だがもちろんクロネリアが非難することではない。
「
イリスに合わせるように、クロネリアも事務的に答えた。
「では、父上。私は行きますね。なるべく早く済ませて戻りますので」
「……」
公爵はそっぽを向いたまま、もう答える気はないらしい。
イリスは小さくため息をつくと、クロネリアを残して部屋を出ていった。
イリスが部屋を出ると、公爵はさっきまでと違って穏やかな口調でクロネリアに言った。
「お嬢さん。あなたのような若く美しい女性が、この老いぼれの世話をする必要などない。イリスは良識のある男だと思っていたが、こんな無体なことをするとは。
クロネリアは
その言葉を五年前、父が、母が、バリトン伯爵が言ってくれたならどれほど嬉しかっただろう。
けれど、もうあれから五年が過ぎて、なにもかも
「家に帰ったとしても、別のご老人の許に嫁ぐことになるだけです。お
クロネリアの言葉に公爵は少し驚いたように振り向いて、皺だらけの目を見開いた。
「何か事情があるようだが、私はこの通り話すことも
公爵は少し言葉を切ってから、クロネリアを思いやるように窺い見て続けた。
「帰る場所がないなら追い出すつもりもない。好きに過ごしなさい」
慈悲深い目でそう告げた後、公爵は
しんとした部屋で、クロネリアはほっと息をついた。
(誰にも
こうして日がな一日、公爵の部屋の
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