一、三人目の夫②
「君が……看取り夫人?」
別にそんな風に名乗っているわけではないのだが……。
「はい……。世間では、そのように呼ばれているようです」
クロネリアは恐縮して答えた。
「看取り夫人と聞いていたので、もっと年配の女性かと思っていたが……」
どうやら思った以上に若いクロネリアに驚いたらしい。
父と看取り結婚について
そういう
「
「三度目……」
男性は目を見開いた。そういう
クロネリアが目線を合わせると、男性は慌ててこほんと
「ああ、失礼。私はこのスペンサー公爵家の長男イリス。こちらは弟のアークです」
イリスに手で示されたアークは、大きな藍色の目でクロネリアを
(睨んでる……)
明らかに敵対心を持った視線だが、それにしても
ずいぶん歳の
ただし、
なるほど公爵家とは人種も別格なのだなと、クロネリアは
「ところで公爵様のご夫人方はどちらにおいででしょうか。公爵様にお会いする前にご挨拶をしようと思いますが」
ルーベリア国では
今までの看取り先でも、クロネリアの他に夫人が何人かいた。
看取り夫人は人生最後の若い
「いや、父は私たちの母一人としか結婚していない。その母も昨年病で亡くなった」
「さようでございましたか」
前夫二人の夫人方は
それにしても夫人が一人しかいない貴族は
貴族はみんな、父のように節操も
そういう部分でも、公爵という身分の別格の品のようなものを感じた。
イリスは怪しむようにクロネリアを見てから、事務的に告げる。
「先に契約について
「え? そうなのですか?」
クロネリアは初耳だった。
「聞いてないのですか?」
イリスは怪訝な顔をして、仕方がないというように説明してくれた。
「我が父は昨年母を失ったショックですっかり気力をなくし、それが
ブラント侯爵とは二人目の夫のことだ。その看取りが社交界で話題となって『看取り夫人』などと呼ばれるようになった。だが……。
「私には……余命を延ばすような力はございません」
勝手に
「そのようですね……。あなたを見てそう思いました」
イリスは言って、がっかりしたようにため息をついた。
「ですがあなたのお父上は、娘には余命を延ばす力があるのだとおっしゃった。神のご加護を持つ特別な娘なのだと。妻として娶れば必ずその
「そんなことを……」
クロネリアは何も聞いていない。
どうしてもと望まれて次の嫁ぎ先が決まったと言われただけだ。
「その話をまるっきり信じた訳ではありませんが……万が一にも可能性があるのなら、私は何でもしようと思ったのです。その家族の気持ちを利用するとは、あなたのお父上はひどいことをなさる」
「す、すみません……」
クロネリアはイリスとアークの
父は噂に便乗して、
申し訳なくて
そんなクロネリアに、
「こいつが何を
今まで
「ジェシーが言ってた! 看取り夫人というのは死神のことだって。遺産目当てにお父様の命を取りに来た死神女だって!」
「こら、アーク。よしなさい!」
イリスが慌てて弟を
「ジェシー?」
クロネリアの問いにイリスが答えた。
「アークはルーベリア
「ルーベリア宮廷学院……」
その名前だけは聞いたことがある。
王家が認めた子息と令嬢だけが通える、王宮内にある学校だ。
王家の血筋と重臣の子しか入れないと言われている。
さすがは公爵家だと、改めて思った。
「お前の好き勝手にはさせないからな! 僕がお父様を守るんだ!」
アークはクロネリアを指差し、敵対心たっぷりに言い放った。
「アーク、よさないか!」
イリスが少し強く
「兄上はこの女がちょっと若くて美人だから気に入ったんだ!」
「は? そんな訳がないだろう。何を言っている!」
イリスにとっては思いがけない言いがかりだろう。
クロネリアに対して
「兄上なんて
「アークっ! 待ちなさい!」
呼び止めるイリスに振り向きもせず、アークはだっと
イリスはアークに向かって伸ばした手の行き場所を
「失礼した、クロネリア。
「お父上を心配しておられるのでしょう。慣れているので
クロネリアは少し
「慣れている?」
イリスはちょっと驚いたようにクロネリアを見た。
「はい。看取り夫人を歓迎するご家族などいませんので……」
イリスは少し考えてから
「なるほど。年のわりに
この公爵子息が知っている良家のご令嬢なら、泣き出すか怒って出ていくかなのだろう。
クロネリアは残念ながら、そんな甘えが許される人生ではなかった。
イリスは少し安心したように話を続ける。
「アークは昨年母を失ったばかりで、父まで余命僅かと聞かされています。あの
事務的な口ぶりの中に、ふと弟への深い愛情が
(怖そうな人だと思ったけれど、案外
少しほっとして気が
「アーク様を愛していらっしゃるのですね」
しかしクロネリアが言うと、
「愛? そのような甘ったれた感情で言っているように見えましたか? 私は両親に代わってアークを厳しくしつけています。
「勘違い? でも……」
さらに問いかけようとしたクロネリアだったが、イリスに
(愛しているなどと、軽はずみに言ってはいけないことだったのかしら……)
何が失言だったのか分からないが、気を悪くさせてしまったようだ。
「し、失礼しました。私の勘違いでございました」
イリスは再びこほんと咳払いをして話を
「ところで……アークが遺産目当てなどと言っていたが、公爵家の遺産というのは他人が簡単に受け取れるものではありません」
イリスはクロネリアの反応を
「あなたのお父上にも納得して頂きましたが、あくまで事実
「……」
お金に
何を言ったのだろうか。
イリスはもしかして、クロネリアもグルになって法外な結納金をふっかけてきたと思っているのかもしれない。イリスの冷え切った視線が気まずい。
「このままあなたを帰したところで……結納金は戻ってこないのでしょうね」
イリスは大きなため息をついた。
結納金が返せなければ、父とクロネリアを詐欺で
さすがにそれだけは何とか
「す、すみません。余命を延ばすことはできませんが、私にできることは精一杯させていただきます。だからどうかこのままお仕えさせてください」
先が思いやられる始まりだったが、結納金を受け取った以上看取らせてもらうしかない。
「……そうですね。信じた私にも責任がある。ですが父の害となるようなことが少しでもあれば、すぐに出ていってもらいますので、そのおつもりで」
イリスは冷たく言い放つ。
「は、はい。分かりました」
クロネリアにとっては、こんな
「とりあえず……父に
こうしてイリスに案内されて、クロネリアは公爵の部屋に向かった。
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