一、三人目の夫②



「君が……看取り夫人?」


 別にそんな風に名乗っているわけではないのだが……。


「はい……。世間では、そのように呼ばれているようです」


 クロネリアは恐縮して答えた。


「看取り夫人と聞いていたので、もっと年配の女性かと思っていたが……」


 どうやら思った以上に若いクロネリアに驚いたらしい。

 父と看取り結婚についてけいやくわしたはずだが、結納の金額などを決めただけで、クロネリア本人がなんさいでどんな容姿かなどはどうでも良かったようだ。

 そういうあつかいにはもう慣れている。


としは十八ですが、すでに二度夫に先立たれ、今回が三度目の結婚になります」

「三度目……」


 男性は目を見開いた。そういうこうの目にももう慣れていた。

 クロネリアが目線を合わせると、男性は慌ててこほんとせきばらいをして告げた。


「ああ、失礼。私はこのスペンサー公爵家の長男イリス。こちらは弟のアークです」


 イリスに手で示されたアークは、大きな藍色の目でクロネリアをにらみ上げた。


(睨んでる……)


 明らかに敵対心を持った視線だが、それにしてもわいい。小さな貴公子のようだ。

 ずいぶん歳のはなれたこの兄弟を前にしてはっきり分かるのは、歓迎されている様子がまったくないということだ。

 ただし、あいはないが肖像画から抜け出したように美しく気品のある二人だった。

 なるほど公爵家とは人種も別格なのだなと、クロネリアはなっとくした。


「ところで公爵様のご夫人方はどちらにおいででしょうか。公爵様にお会いする前にご挨拶をしようと思いますが」


 ルーベリア国ではたいていの貴族が複数の妻を持っている。これほどゆうふくな公爵ならば、ハーレムを作るほど妻がいても不思議ではない。

 今までの看取り先でも、クロネリアの他に夫人が何人かいた。

 看取り夫人は人生最後の若いめかけぐらいの立場だった。


「いや、父は私たちの母一人としか結婚していない。その母も昨年病で亡くなった」

「さようでございましたか」


 前夫二人の夫人方はみするような目をして新妻となるクロネリアを出迎え、遺産目当てのけっこんと疑って数々のいやがらせをしてきたものだが、今回はその心配はないようだ。

 それにしても夫人が一人しかいない貴族はめずらしい。

 貴族はみんな、父のように節操もしょうもなく妻を何人もめとるものと思っていた。

 そういう部分でも、公爵という身分の別格の品のようなものを感じた。

 イリスは怪しむようにクロネリアを見てから、事務的に告げる。


「先に契約についてかくにんさせていただきます。まずローセンブラート男爵にもお話ししましたが、我が父が今回の結婚を望んだわけではありません」

「え? そうなのですか?」


 クロネリアは初耳だった。


「聞いてないのですか?」


 イリスは怪訝な顔をして、仕方がないというように説明してくれた。


「我が父は昨年母を失ったショックですっかり気力をなくし、それがわざわいしたのか重い病にかかってしまいました。医師からは余命わずかと言われています。ですが同じように余命僅かと言われたブラント侯爵があなたを娶って三年も長生きしたと聞いて私がらいしたのです」


 ブラント侯爵とは二人目の夫のことだ。その看取りが社交界で話題となって『看取り夫人』などと呼ばれるようになった。だが……。


「私には……余命を延ばすような力はございません」


 勝手にうわさが先走りして特別な力があると思われているようだった。


「そのようですね……。あなたを見てそう思いました」


 イリスは言って、がっかりしたようにため息をついた。


「ですがあなたのお父上は、娘には余命を延ばす力があるのだとおっしゃった。神のご加護を持つ特別な娘なのだと。妻として娶れば必ずそのおんけいを受けるだろうと」

「そんなことを……」


 クロネリアは何も聞いていない。

 どうしてもと望まれて次の嫁ぎ先が決まったと言われただけだ。


「その話をまるっきり信じた訳ではありませんが……万が一にも可能性があるのなら、私は何でもしようと思ったのです。その家族の気持ちを利用するとは、あなたのお父上はひどいことをなさる」

「す、すみません……」


 クロネリアはイリスとアークのにくしみすらふくんだ視線を受けてげ出したくなった。

 父は噂に便乗して、まがいのことをしていたのだ。

 申し訳なくてずかしくて謝ることしかできない。

 そんなクロネリアに、とつぜんかんだかい声が浴びせられた。


「こいつが何をたくらんでいるのか知ってるぞ!」


 今までだまってクロネリアを睨んでいたアークが声を上げた。


「ジェシーが言ってた! 看取り夫人というのは死神のことだって。遺産目当てにお父様の命を取りに来た死神女だって!」

「こら、アーク。よしなさい!」


 イリスが慌てて弟をたしなめる。


「ジェシー?」


 クロネリアの問いにイリスが答えた。


「アークはルーベリアきゅうてい学院に通っているのです。ジェシーは学友の一人です」

「ルーベリア宮廷学院……」


 その名前だけは聞いたことがある。

 王家が認めた子息と令嬢だけが通える、王宮内にある学校だ。

 王家の血筋と重臣の子しか入れないと言われている。

 さすがは公爵家だと、改めて思った。


「お前の好き勝手にはさせないからな! 僕がお父様を守るんだ!」


 アークはクロネリアを指差し、敵対心たっぷりに言い放った。


「アーク、よさないか!」


 イリスが少し強く𠮟しかると、アークはなみだをためてキッと睨み返した。


「兄上はこの女がちょっと若くて美人だから気に入ったんだ!」

「は? そんな訳がないだろう。何を言っている!」


 イリスにとっては思いがけない言いがかりだろう。

 クロネリアに対してけんすら感じるイリスのどこにも気に入っている様子はうかがえなかったが、窘められたのがクロネリアをかばっているように見えたのだろう。


「兄上なんてだいきらいだ!」

「アークっ! 待ちなさい!」


 呼び止めるイリスに振り向きもせず、アークはだっとけ出し部屋を出ていった。

 イリスはアークに向かって伸ばした手の行き場所をすように、頭をいている。


「失礼した、クロネリア。だんはもっとれい正しい子なのだが……」

「お父上を心配しておられるのでしょう。慣れているのでだいじょうです」


 クロネリアは少しうつむいてたんたんと答えた。


「慣れている?」


 イリスはちょっと驚いたようにクロネリアを見た。


「はい。看取り夫人を歓迎するご家族などいませんので……」


 イリスは少し考えてからうなずいた。


「なるほど。年のわりにきもわっている。つうの若いご令嬢とは違うようだ」


 この公爵子息が知っている良家のご令嬢なら、泣き出すか怒って出ていくかなのだろう。

 クロネリアは残念ながら、そんな甘えが許される人生ではなかった。

 イリスは少し安心したように話を続ける。


「アークは昨年母を失ったばかりで、父まで余命僅かと聞かされています。あのとしごろの子どもにはえがたいほどの悲しみでしょう。後で𠮟っておくつもりですが、多少失礼な言動があるかもしれません。すまないが……できれば理解してやって欲しい」


 事務的な口ぶりの中に、ふと弟への深い愛情がかいえたような気がした。


(怖そうな人だと思ったけれど、案外やさしい人なのかも)


 少しほっとして気がゆるんだ。


「アーク様を愛していらっしゃるのですね」


 しかしクロネリアが言うと、たんにイリスは険しい表情になった。


「愛? そのような甘ったれた感情で言っているように見えましたか? 私は両親に代わってアークを厳しくしつけています。かんちがいしてもらっては困る」

「勘違い? でも……」


 さらに問いかけようとしたクロネリアだったが、イリスにおそろしい目で睨まれて慌てて口を閉ざした。


(愛しているなどと、軽はずみに言ってはいけないことだったのかしら……)


 何が失言だったのか分からないが、気を悪くさせてしまったようだ。


「し、失礼しました。私の勘違いでございました」


 イリスは再びこほんと咳払いをして話をもどした。


「ところで……アークが遺産目当てなどと言っていたが、公爵家の遺産というのは他人が簡単に受け取れるものではありません」


 イリスはクロネリアの反応をうかがうように話し始めた。


「あなたのお父上にも納得して頂きましたが、あくまで事実こんという形にするつもりでした。その代わり結納金は……お父上の言い値通り、公爵家の相場と言われる金額の倍を渡しています」

「……」


 お金にごうよくな父は、この恐ろしいイリスに結納額を相当ごねたようだ。

 何を言ったのだろうか。

 イリスはもしかして、クロネリアもグルになって法外な結納金をふっかけてきたと思っているのかもしれない。イリスの冷え切った視線が気まずい。


「このままあなたを帰したところで……結納金は戻ってこないのでしょうね」


 イリスは大きなため息をついた。

 結納金が返せなければ、父とクロネリアを詐欺でうったえるつもりなのだろうか。

 さすがにそれだけは何とかかいしたい。


「す、すみません。余命を延ばすことはできませんが、私にできることは精一杯させていただきます。だからどうかこのままお仕えさせてください」


 先が思いやられる始まりだったが、結納金を受け取った以上看取らせてもらうしかない。


「……そうですね。信じた私にも責任がある。ですが父の害となるようなことが少しでもあれば、すぐに出ていってもらいますので、そのおつもりで」


 イリスは冷たく言い放つ。


「は、はい。分かりました」


 クロネリアにとっては、こんなれいぐうもいつものことだった。


「とりあえず……父にしょうかいしましょう」


 こうしてイリスに案内されて、クロネリアは公爵の部屋に向かった。


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