バツ3の看取り夫人と呼ばれていますので捨て置いてくださいませ

夢見るライオン/ビーズログ文庫

一、三人目の夫①

 ルーベリア国、王都。

 大通りを黒りの小さな街馬車が一台通り過ぎていく。

 その馬車に一人で乗っているのは、はく色の豊かな巻き毛ととびいろの落ち着いたひとみを持つ、まだ十八歳のだんしゃくれいじょうクロネリアだった。

 クロネリアは馬車の小窓から外をながめて、ほうっとため息をつく。


「これが王都なのね。なんてはなやかなのかしら」


 大通りにはじゅうこうな門構えの時計店や、マネキンにドレスを着せたショーウインドウが連なっている。宝石店の前ではシルクハットをかぶったコンシェルジュが、きらびやかなドレスの婦人をていちょうむかえていた。

 その通りをけると、てんが並ぶにぎやかな通りに出る。

 多くの家族連れが足を止め、楽しげに品物を選んでいる姿が目に付いた。


「世の中にはこんなに豊かで幸せな暮らしをしている人たちがいるのね……」


 男爵令嬢のクロネリアも一応貴族の身分ではあるものの、田舎いなかに住むぼつらく貴族には想像もつかないような世界だった。

 社交界もとう会も音楽サロンも遠い世界の夢物語で、クロネリアにはえんのない話だった。

 反対側の窓からかんせいのような声が聞こえてくる。

 何事だろうと外を見ると、たくさんの花でかざられた真っ白な屋根なし馬車とすれちがうところだった。

 沿道で立ち止まった人々が「おめでとう!」と声をかけている。

 馬車には真っ白なウエディングドレスを着た女性とタキシード姿の男性が座っていた。

 そして幸せそうに沿道からの祝福に手をりながら通り過ぎていく。

 ルーベリア国のいっぱん的な貴族の、けっこんしきの一つだ。


「あんな風に……私も結婚できるのだと夢見ていたのに……」


 それはすでにかなわぬ夢だった。なぜなら……。

 クロネリアはすでに二人の夫をくしている。

 そしてこれから三度目の夫のもととつぐ。

 しかしそれは他のれいじょうたちの幸せな結婚とはまるで違う。トランク一つかかえて、街馬車に乗り、こんの地味なドレスで、だれに祝福されることもなく嫁いでいく。

 そんなクロネリアに付けられたあだ名は『り夫人』だった。

 これからたきりの老人と三度目の結婚をするため、田舎から出て初めて見る王都にや

ってきたのだ。



*****



 クロネリアの父、ローセンブラートだんしゃくは、王都から馬車で二日かかる田舎に小さな領地としきを持つびんぼう貴族だった。

 領地をすることも難しい没落貴族たちの間では、昨今、事業を始めて盛り返そうという気運が高まっていた。クロネリアの父も同じく、事業で大成功を収めることをもくんであやしげな商売を始めたものの、失敗続きで領地はどんどん目減りしていた。

 借金まみれで屋敷すら担保に取られているというのに、夫人を三人も持ち、派手な暮らしはやめられない。すでにめつが見えている男だった。

 しかし、そんなあやうい父に借金先のバリトンはくしゃくから思いがけない申し出があった。

 年老いて余命いくばくもないと言われていた伯爵は、しずんでいく人生の最後に若くはつらつとした女性と結婚して、愛する妻に幸福の中で看取られたいと思ったそうだ。

 そして、その妻として白羽の矢が立ったのは、父の代理でいにきた第三夫人のむすめ、当時まだ十三歳のクロネリアだったのだ。

 クロネリアには当時、同じ田舎に住む許嫁いいなづけの伯爵子息、ハンスがいた。

 しかし借金を帳消しにする上、多額のゆいのう金をわたすと言われた父は、二つ返事でクロネリアを嫁がせることに決めてしまったのだ。

 そんな始まりから、なぜか二人の夫を看取ることになり、今度は三度目の看取り結婚に向かう運命となって、今ここにいる。

 夢も希望も、もはやクロネリアには残っていなかった。

 多額の結納金を目当てに、これからも看取り結婚を続ける運命なのだ。

 絶望してぼうになりかけたクロネリアだったが、幼いころからあきらめることには慣れていた。いつしか運命を受けとめ、どんなじょうきょうであっても前向きに生きようと決意した。


「私にできることなどほとんどないけれど、望んでくださる方がいるのならせいいっぱいお仕えしましょう。夫となる方が少しでも幸福なさいむかえられるように」


 まだ十八だというのに、二人の夫を看取ったせいか達観したようなクロネリアだった。

 そして三人目の夫は、なんと王都に住むこうしゃく様だという。

 田舎の貧乏貴族の娘が一生会うこともないような身分の相手だ。

 大喜びの父とは反対に、クロネリアは不安でいっぱいだった。

 けれど公爵にきらわれてえんされたところで、どうということはないと開き直ることにした。父にはおこられるだろうが、もどって別の看取り結婚をするだけだ。

 少女のえがく幸せな未来をすべてうばわれたクロネリアには、もう失うものなどなかった。


「私にできるのは、死にゆく人を静かに看取ることだけ……」


 ぽつりとつぶやいたところで馬車が止まった。


「着きましたよ、おじょうさん。こちらがスペンサーこうしゃくていです」


 ぎょしゃとびらを開いてクロネリアに告げた。


「ありがとうございます」


 クロネリアは礼を言って賃金を渡すと、去っていく馬車を見送ってから目の前の公爵邸を見上げた。


「これが……公爵様のお屋敷……」


 それは想像したこともないような広さの屋敷だった。

 大きな門の前には門番が二人立っていて、その奥には木々の広がる森のようなものが見えている。その森にはばまれて、建物は全然見えなかった。


「あの……。今日お訪ねする約束をしております、クロネリア・ローセンブラートと申します。お取り次ぎ願えますか?」


 クロネリアは門番の一人にたずねた。

 門番はげんな顔をして、トランク一つでやってきた少女に首をかしげる。


「クロネリア様? 公爵様にお輿こしれなさるという?」

「お一人でございますか? 従者やじょは? 輿入れの荷物は? ご自分の馬車は?」

 

 二人はおどろいたように問いかける。


「あ、いえ。従者などいません。馬車は街馬車に乗ってきたので……」


 田舎の貧乏貴族のクロネリアにとっては当たり前のことだが、王都に暮らす公爵邸ではありえないことだったらしい。

 門番たちはしばしぼうぜんとした後、門の横にめていた予備の馬車と、門舎にいた馭者をあわてて用意して、クロネリアを乗せてくれた。


「こちらの馬車でお屋敷までお進みください」

「あ、ありがとうございます」


 信じられないことに、門から屋敷まで別の馬車で連れて行ってくれるらしい。

 実際に乗せられてみて、とても歩けるきょではなかったと分かった。

 重いトランクを持って歩いていたら、とうちゃくは夕方になっていただろう。

 実家や今までの看取り相手と比べても、けた違いの大金持ちだった。

 森を抜け、広大な庭園と数々のふんすい、数々のちょうぞうを眺めながらようやくたどり着いたのは、城と呼ぶ方がふさわしいようなだいていたくだった。

 クロネリアが馬車から降りると、先にれんらくがいっていたのか屋敷の入り口に向かって赤いじゅうたんめられ、そのりょうはしにメイドとしつが立ち並んで待っていた。


「ようこそスペンサー公爵邸へ、奥様」


 みなが口々に言って頭を下げている。

 これまでの結婚ではこんな出迎えを受けたことはなく、すっかりこんわくしてしまった。

 結婚といっても看取り夫人なのだ。

 かんげいされるものでもなければ、祝福を受けるような立場でもない。

 ウエディングドレスを着ているわけでもなく、クロネリアにとっては一番上等のドレスだが、メイドより地味な紺のだんドレスだ。

 ずいぶんちがいなところに来てしまったと、クロネリアはきょうしゅくしていた。


「私はスペンサー家の執事長、ゴードと申します。荷物はお部屋にお持ちしましょう。えっけんの間にご案内致します」


 一番奥で出迎えてくれたしらまじりの実直そうな執事長が頭を下げ、若い執事がクロネリアから荷物を受け取る。執事長はぴんと背筋をばして前を歩いていき、クロネリアは慌ててその後ろについていった。

 大邸宅の中は、夢の国かと思うほどれいそうだいで、大きなシャンデリアがてんじょうから下がり、大理石のゆかと円柱の白がまぶしい。


(すごい……。これが公爵という身分の方のお屋敷なのね……)


 父から今回の看取り相手は別格だと聞いていたが、それにしても想像以上だった。


 き抜けのエントランスホールから大階段を上り、長いろうを進んでいく。

 廊下にはった細工のかべしょくだいに火がともされ、左側に大きな両開きのドアが並んでいる。ルーベリア国の屋敷の造りから考えて、廊下の左が大広間で右がひかえの個室になっているのだろう。クロネリアの実家にも一応あった。

 だが小さな両開きのドアが一つだけの実家と違って、この大邸宅の両開きのドアは延々と続いている。どれほど大きな広間なのか、クロネリアには考えもつかない。

 その大広間の奥に謁見の間があるらしい。

 クロネリアの実家には、そんなぎょうぎょうしい部屋はなかった。

 公爵様ともなると、あいさつ一つするのも大変なのだなあと感心する。

 前の二つの看取り先はかくてきゆうふくな伯爵家とこうしゃく家ではあったが、田舎の貴族ということもあってここまで格式高い家ではなかった。


「どうぞ、クロネリア様」


 執事長に通された謁見の間には、二人の人物が待っていた。

 左右の大きな窓から日が差し込み、壁にはしょうぞう画が並んでいる。

 そして奥の台座に背もたれの高いが二つ並んでいるが、二人はその前に並んで立っていた。

 領民の謁見でもなく、形だけでも公爵夫人となるクロネリアへの対応なのだろう。

 一人は背が高く、くろかみを編んで片側に下ろした二十代前半ほどの男性だった。

 れいてつな目つきのせいか、若いのに近寄りがたいようなふんを持っている。

 自分とは別世界の人なのだと思わせるのようなものを感じた。

 もう一人は耳にかかる長さのうすちゃ色の髪をした十歳前後の少年だった。

 子ども用の服なのか、えりの大きな赤のジャケットに半ズボンを穿いて、こしには子どもサイズのサーベルまで帯剣している。なんとも愛らしい少年だった。

 二人ともあいいろのよく似たんだ瞳をしていて、となりの男性はこの愛らしい少年が大人になったらこんな風になるのかなと思わせるようなおもかげを感じるが……。


「イリス様、クロネリア様をお連れしました」


 執事長が告げると、黒髪の男性が低く重厚な声で「うむ。下がってよい」と答えた。

 この男性が言葉を発するだけで、ぴりりとしたきんちょう感がただよう。

 これまで会った男性貴族の中で一番美しく、そして一番冷たい印象を受けた。

 執事長がいんぎんに頭を下げて部屋を出ていく。


(この方は……公爵様……ではないわよね)


 まだ看取りが必要な年でもなく、きんこつたくましくとても健康そうだ。というよりこわそうだ。

 クロネリアはまどいながらも、二人の前に進み出てドレスをつまみ貴族の挨拶をした。


「お初にお目にかかります。クロネリア・ローセンブラートでございます」


 クロネリアが挨拶して顔を上げると、イリスと呼ばれた黒髪の男性がけんしわを寄せた。




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