詰襟と砂浜 夏
彼のクラスには、不思議な水槽があった。真っ白な砂の上に同じ色のミニチュアがいくつも配置された、枯山水の水槽。
この水槽にどのような意味があるのかわからない。中には生物が入っていないから、生物の授業に使えるわけではない。かといって、これを使って枯山水の文化を学ぶわけでも景観の授業をするわけでもない。
あの日戦闘学の先生と言い合いになっていた真面目な女子は、毎日水槽の世話をしていた。以来、いつもは部活をサボる時間に、部活もせずに教室に残り続ける彼女のことを見つめるようになった。机に突っ伏して、時折浅い眠りに落ちながら。
その日の放課後も、彼は彼女の様子をぼんやりと見ていた。彼女を見ていると、子どもの頃の記憶がよみがえる。ガールフレンドの家で、砂糖が入った緑茶を飲んだ記憶。ほんのり甘苦く、冷たい緑茶。レースのカーテン。日当たりのいい窓際に置かれた、名前も知らない観葉植物。小麦色の肌にショートヘアのガールフレンドと、漆黒の長い髪を一つ結びにした、色白の母。
彼女は生物の先生に呼ばれ、教室を出て行った。彼は水槽に近づいた。枯山水を作り直す作業は途中のようだ。三分の一がまっ平になった枯山水の砂浜の真ん中に、白い砂が入ったガラスのコップが置かれている。コップに入った白い砂の中に、スプーンが突き刺さっている。
砂糖のような甘い香りがした。彼は無意識にコップに刺さったスプーンに手を伸ばし、コップから白い砂をひと掬い手のひらに取った。あおるように砂を食べた。
口に淡い甘みが広がり、ざっくりとした触感がほろほろと溶けていく。上等なクッキーを食べているような感覚。
こくり、と飲み干す。
瞬間、周りの音が低く霞んで消えた。彼は驚いて首を振った。彼の着る詰襟が、ごわんごわんと低い衣擦れを立てた。彼は恐怖に似た吐息を吐き、振り返った。学友たちの動きが止まっている。
視線の端で何かが動いていた。彼は恐る恐るそちらを向いた。バルコニーに出ていた水槽係の女子生徒の長いスカートが、風をはらんで揺れていた。
その刹那のはためきが、永遠にも感じられるような気がして。だけれど、彼女との無限大の距離を、一瞬よりも短い時間で詰められる気がして。
一歩、また一歩、バルコニーの入り口へ歩を進めて行く。
何かがゆっくりと空を舞っている。白色の、小さな橋だった。彼は手を伸ばし、手のひらに収まる大きさの橋をそっと受け止めた。
「おや、君も……」
何かが交差するような、そんな感じがした。
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