インシデントレポート

「ここが肉体の速度を示していて、こっちが精神の速度……肉体と精神は別々に制御されているのか……精神の速度は肉体と一致して……いや違うな、マイナスの値か……つまりキリトは……」

 月夜の声が聞こえて、目が覚めた。

 店の様子は最後に見たときのままだった。店主は割れた窓やジョッキのガラス片を丁寧に片付けていた。パーティは既に去ったようだ。

 酷い有様だが、大破は免れた。これならいずれ営業を再開できるだろう。それに、店のカウンターやキッチンへの被害は防げた。何より守りたかった日本酒も無事に違いない。

 さて、騒動の中心となったキリト13というと、まだ床にうつ伏せで倒れたままだった。月夜はその背に手を当て、ブツブツ独り言を言いながら、何やら作業している。ガルシアに対してやったように、キリト13のステータスを開示オープンして覗き見ているようだ。

 キリト13はまだ目を覚まさない。エトロの葉の催眠成分を、飲むように吸ったのだ。当面眠り続けるだろう、とはガルシアも予想していた。

 だが、ガルシア自身まで意識を失ったのは何故だろうか。

「僕も、エトロの葉の成分を吸いすぎたのか……?」

「自分で危険は無いと言ったろう。おそらくキミに流し込んだ神秘チート欠陥バグだろうね」

 神秘チートを、流し込んだ?

 月夜の言葉に、カルシアは驚きながらも、どこか納得していた。

 それ以外に、ガルシアが膨大な魔力を運用できた理由を説明できる概念は無い。消費した魔力を回復する手段なら無くは無いが、そもそも無いものを有ったことには出来ない。

「ボクのはあくまで素人の戯れ。神の真似事。試作品だ。

 ステータス画面の解析はまだ不十分で、まだ複雑なコードは打ち込めない。既存の神秘チートを、パラメータを改変して転用するのがやっとだ。当然、欠陥バグだって起こす。なにしろ、神様って世界運営のプロかっこわらいが作った本物の神秘チートだって、こうやって欠陥バグを孕んでるんだからね」

 月夜はキリト13のステータスウィンドウに目を落としてから、話を続けた。

「さて、このキリトの所業についてだ。まだ始めたばかりだから大雑把にしか理解できてないが、意識が飛ぶ、というのは正確な表現ではなかったようだ。

 どうやら動機ズレ――つまり、身体と意識の速度が食い違う――そんなバグが起きているようだ。某漫画第五部の黄金体験とは反対だな。精神を置いてけぼりにして、肉体だけが加速してるわけだ。制御できなくなるのも当然だな。さて、どうしたものか……」

 どうやら月夜は、神秘を理解し、作り出し、他人に流し込むことが出来るらしい。それは原住民はおろか、来訪者にすら出来ない所業ではないか。

「君は……神なのか?」ガルシアはなんとか声を絞り出して尋ねた。

「神なんかと一緒にされたくは無いな。レトロゲームやハードを解析するのが趣味で、カセットを抜き差ししたりファミコンをホットプレートで温めたりして遊んでる、単なるオタク。ただのボクだ。だが、今はあえてこう名乗ろう」

 

「ボクの仕事は、治安維持。神のやらかしを見つけることだ

 キミが『デバッファー』なら、ボクは『デバッガー』とでも言おうか」

 理解出来ない現象と説明の連続に、目眩がした。

 この夜、ガルシアの飲酒量は少し増えた。

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デバッグ & デバッファー ベホイミProject @lyricalbehoimi

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