あなたは一体何者ですか?

 私と大鷲君は、とりあえず動物病院に駆け込んだ。

 彼が助けた猫はとっても危険な状態だったから。

 私達の現場と祖父母宅の中間くらいにあった動物病院は、私達が財布を持たない子供でしか無くとも、楊家の者だと言っただけで私達が持ち込んだ猫を普通に預かってくれた。安心していいよ、なんて笑顔で言ってくれた獣医師がパパと同世代っぽかったから、パパの同級生だったのかな?


「かわちゃんに請求するから大丈夫大丈夫。いや、ケツの方がいいか?君んち、今はどっちが金持ち?この子ちょっと治療費がかかりそうよ?」


 同級生だったらしい。

 そして私はパパこそ大事なので、かわちゃんの方がお金持ち、と答えた。


「そう。猫は麻酔もあるから今晩一晩お預かりだね。君達は帰りなさい。お金もその時にってかわちゃんに言っておいて」


「はい。先生ありがとうございます。じゃあ、行こうか」


 おや、大鷲君が嫌そう?でも祖父母宅に一度は帰らなきゃいけないからと、私は彼の手首を掴んで引っ張って診察室を出た。

 のに、大鷲君たら待合室の椅子に座っちゃったじゃないか。

 それでもって、立つ気配も全くない。

 私はどうしたものかと思いながら、大鷲君の隣に腰かけた。


「あの猫ちゃんが心配なの?あなたは本気で優しいのね」


「あいつが幸せにならないと、僕はもとに戻れないから?」


「もとに?」


「うん。百匹の猫を幸せにするか、この体でこの体の寿命が尽きるまで生きるか、僕にはその二択しかないんだ」


「ええと。元に戻るって、それは今あなたが記憶喪失だから、とか?」


 伯父は大鷲君を私達に紹介する時、ちょっと色々あって社会不適合な部分もあるけどよろしくね、なんて言ったのだ。だから私は、大鷲君は犯罪被害者なのかなって、思っていた。だから今の大鷲君の言葉で、彼は記憶喪失みたいになっているのかな、なんて考えたのである。


 大鷲君は私の言葉と思考を否定するようにゆっくりと首を振り、私の聴力を消す台詞を口にしてきた。

 いや、聞こえた事が私の脳みそに伝達できなかっただけかもしれない。

 いや、普通に理解できないでしょう。


「猫又でも僕は行燈の油を舐めないから安心して?」


「いや、そんな不安抱いてないし。そもそも僕は猫又って告白がアウトよ?」


「そう?でもやっぱり訂正させてもらうと、昔は行燈の油が魚の油だったから舐めてた子がいただけだよ。僕は新鮮な魚の方が好きだし。実を言うと猫はね、肉の方が好きなんだな。そこで死体を盗もうとしてこの状態なんだよ。がっかり」


「ちょっと黙ってくれる?私の脳みそと耳の伝達機能がおかしいみたいだから」


「そう?ちゃんと聞こえているように思えるけどね」


「えと、じゃあ私から聞くけど、猫又に戻った場合は、肉が好きだから死体を盗むの?かな?ああ、違う。大鷲君が猫又に戻りたい利点って何かな?」


 大鷲君は、ええと彼は、腕を組んで首を傾げた。

 そう言えば、なんて言っている。


「どうかしたの?」


「いや。この体になってから、僕は飢えていないなって思って。ほら、猫又の時は体が大きいでしょ。燃費が悪いからお腹が空いてたのかなあ」


「燃費言うな。車狂いの伯父さんに影響され過ぎだよ」


「いや。燃費言ったのかわさんの親友の坊主。死体を漁らなきゃ力が出ないなんて、燃費が悪いなって。酷いね。僕の妖力全部祓ってくれちゃったのは彼でしょうに。それで死にかけていた僕に、この体に入れって言ってくれたのがかわさん。うん、やっぱりかわさんは恩人なのかな」


 私は伯父について思い出していた。

 彼はドブネズミやモグラを駆除目的で捕まえたくせに、それらを飼おうとして叱られているばかりの人では無かったか、という事を、だ。


「伯父さんは、動物拾っちゃう人なだけだから」


「ハハハ。僕も動物に入るのかな?一応二百年は生きているんだけどね」


「ハハハ、すご~い」


 だめだ、棒読みしか出来ない。

 現実味が無さすぎるこれが現実なのか、大鷲君が混乱して自分を化け猫だって思い込んでいるだけなのか。私こそ混乱で頭が痛くなっていた。


 いや、……思い込んでいるだけなんじゃないの?

 そうだよ、彼はきっと酷い目に遭って来た人なんだよ。

 私は大鷲君に話を合わせながら、彼の気持を解してあげて、そして、現実世界の日常生活に戻ることのできるお手伝いをしてあげればいいんだよ。


 私は顔を上げて大鷲君を見返した。

 もう安心して、そんな気持ちを込めて自分なりの笑顔を作って彼に向いた。


 !!



 私はブラックアウトしていた。

 だって大鷲君の顔が、化け猫、だった。

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