突撃するシン従兄

 大鷲君はずんずんと歩いて行く。

 目的地は最初から彼は分かっていたようである。

 彼の足取りには迷いなんか一つも無く、気が付けば私達は祖父母宅から数百メートル離れた場所に辿り着いていた。辿り着いたここは大きな公園だ。しかし、土曜の昼下がりだというのに子供の姿も親子連れの姿も無い。


 そこは珍しいなと私は思った。

 そして、大鷲君の目的がこの公園では無い事はすぐにわかった。

 公園の裏には鉄条網で封鎖された廃墟があるのだ。

 そこは、子供が入っちゃいけない、日本なのに日本のものじゃない土地である。


「登れる?」


 私は、子供は入るなと書いてある英語の看板を見て、高い柵を見上げて、普通に思った事を同伴者に伝えた。


「無理」


「この程度だよ。行けるでしょう。じゃあ、見本を見せるから」


 はい?


 驚く私の手首から大鷲君は手を離すと、私から数メートルほど下がり、そして、一気に走り込み、ジャンプ、柵の高い所に捕まって、そこからじゃかじゃかと上に登った後、高跳び選手みたいに体をひねって、逆立ちみたいになって、それでそれで、ぐうんと体をしならせて、なんということ、柵の反対側に落ちた。


 いや、落ちてない。

 猫みたいに綺麗に着地した人を、落ちた、なんて絶対に言わない。

 そして、目の前で曲芸を見せてくれた少年は、どうだって顔を私にして見せた。


「五葉ちゃんも、さあおいで!」


「無理」


「え?」


「無理無理無理無理!」


「無理だって思った時点で無理なんだって。できるでしょ。おいで!!」


「どっかのスポーツ選手みたいな無理言わないで!無理!!」


「五葉ちゃんは誰よりもジョーシキがあるってかわさんが言った」


「常識ある人は立ち入り禁止の柵を乗り越えたりなんかしない!!」


「でも、ここには困った子がいるんだよ?助けてあげなきゃなんだ!!」


 大鷲君は柵に手を掛け、吼えるようにして私に言った。

 すると、彼の言葉を待っていたかのように、悲鳴が聞こえたのだ。


 殺されそうな猫の悲鳴!


「行かなきゃ!」


 大鷲君は悲鳴がした方へと駆けて行った。

 振り返りもせずに。

 今にも崩れ落ちそうな大きな建物に入って行ってしまった、とは。

 でも、私こそあの猫の悲鳴によって、常識が吹っ飛んでいた。

 哀れな猫を助けてあげなきゃ、そんな気持しか無かった。


「ええと、でも、ここは私には乗り越えられない」


 監視カメラもあって立ち入り禁止な場所に、入ってしまった彼が補導されないようにするには?こっちに残った私にできることは?


「えと、ええと。見張りシキテン してあげて、あとは援護ケツモチ ?」


 私は服のポケットから携帯を取り出すと、大鷲君の保護者に電話していた。

 伯父さんは警察官だもの!!警察は任せろをしてくれるはず。


「かわちゃんはただいまお仕事中です。御用の方はメッセージをお願いします」


「使えない。お祖父ちゃんちにいるくせに!!」


 私はピーと言う電子音が聞こえると、使えなかった伯父に対して自分の鬱憤をぶつけるメッセージを吹き込むことにした。


「私と大鷲君は不法侵入ノビ 実行中。警察続けられると思うなよ」


 これで良し、と私はポケットにスマートフォンを片付ける。いや、職質された際に大鷲君が笑って許して貰えるかもしれない偽造ニンベン をしようと思ったのである。

 柵の隙間に自分のスマホを差し込んで、柵の向こう側にスマホを落した。


「よし。これで、大鷲君は私のスマホを拾いに向こうに行っちゃっただけ、そしたら猫の泣き声が聞こえたの。それを通せる」


 私がガッツポーズをした丁度に、廃墟から大鷲君が駆け戻って来た。

 詰襟の制服は脱いでおり、彼はそれで不幸な猫を包んで抱いてるのだろう。

 でも、あれでは柵を越える事が出来ないのではないのか?


「どうしよう!!」


 私は周囲を見回した。

 廃墟大好きな誰かが柵のどこかを切っていた、そんなラッキーポイントを探したのである。そんな幸運、あるはずは無かったけれど。


 ザシュ。


 ざしゅ?


 私は誰かが地面を蹴ったような不思議音の発生後に、自分の真ん前に柵の向こうにいたはずの人の両足が出現したことに、首を傾げるしか無かった。

 Why?Why?Why?Why?Why?How?な5W1H案件発生中だ。


「五葉ちゃん」

「はうっ」


 私は息を飲んで、その驚きのまま地面に尻餅を着いていた。

 だって目の前には喜色満面の大鷲君、だ。

 あなたはその猫を抱いたままで、どうやってこの高い柵を乗り越えたのですか?


「じゃあ、行こうか?」

「はう!!」


 今度は大鷲君こそ私の驚きの大声によってびっくりしていた。

 目を真ん丸にして、ちょっと反り返って見せたのだ。


「どうしたの?」


「あ、スマホを落としちゃった」


「何かあったの?」


「いや、あの。もし職質されたら、私がスマホ落としたからってことで、許して貰おうかなって思って。えと、余計な事だった」


 大鷲君は柵の向こうに振り返り、そして、再び私に振り返った。

 私に彼の腕の中のものを差し出しながら。

 うわあ、すっごくいい笑顔で、薄茶色の瞳が金色にキラキラしている!!


「取ってくる」


「え、だって!!大鷲君いいって!!」


「五葉ちゃんの為だし、もう一回ぐらいぜんぜん平気」


「平気って、ええ!!」


 私は尻餅ついていて良かったって思った。

 地面に座り込んでいたから、大怪我しているガリガリに痩せた猫を地面に落さなくて済んだのだもの。


 大鷲君は、ただ者じゃ無かった。


 アニメの主人公みたいに、ぴょーんと飛び上って柵を飛び越えて着地し、そして、そして、再び飛び越えて私の目の前に戻ってきたのである。


 天使みたいな飛翔を見せてくれた美少年は、私のスマホを戦利品みたいに見せびらかしながら私に差し出した。


「はい。君はやっぱり僕の行動を手助けしてくれる常識人だったね」


 私は笑顔の大鷲君から自分のスマホを受け取れなかった。

 猫を抱いていたからではない。

 常識人の私は腰が抜けてしまった、からね?

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