第24話 恋患い・後編 ③
「ノブオさん! 洗面器を! 早く!」
「え!? 洗面器、洗面器か!!」
言われたノブオは慌てて風呂場へ入り、洗面器を手に戻ってきた。それをサノッチにわたす。
「……うっ、うっ、うう……ゲホォ、ゲェェ、ゲッ、ゲッ」
サノッチの持つ洗面器に、今度は真っ黒で粘度のある液体が吐き出された。
「なんだ!? 一体、何を飲ませたんだよ! サノッチ!」
ノブオの問いに答えることもせず、サノッチはきれいになったばかりの赤二郎の水槽に、その洗面器の黒いものをそそいだ。
ゆっくりと揺らめくように黒い液体は溶けていき、その黒はほんのり緑色を帯びている。
「ああっ!! サノッチ、なんてことを!! 赤二郎が……」
急いで水槽に網を入れようとするノブオを、サノッチは制した。
「そのままで! 大丈夫です。ほら、ノブオさんも薄目で、静かにぼんやりと水槽の中をのぞいてください。赤二郎さんがいい具合に混ぜて見せてくれますよ。スクライングです」
「ス、スクライング?」
「瀬川さんの体調不良の理由です。赤二郎さんも協力して見せてくれます」
「ええ? あっ、あの人は……小林さん!! どういうことなんだ!?」
薄目でぼんやりのぞく水槽に、不思議と映像は浮かんだ。
そこには、緑黒い人影が写真に写ることで悩んでいた小林真実子の姿があった。
若い頃の彼女の姿から始まって、ぽんぽんとイメージは切り替わっていき、最近の小林真実子の姿も見える。
「やはり、そうだったんですね。小林真実子さんに三十年も念を送っていたのは、瀬川さんだったと……そして、念を送り続けてしまったために瀬川さんは……」
「そんな、まさか死ぬっていうのか!? あの写真の緑黒い人影は、一成さんの念だっていうのかよ! 嘘だ!! こんないい人が、そんなに強い悪意を送るなんてことあるか!?」
動揺するノブオはこぶしを固く握りしめ、プルプル震えている。
「ノブオさん、念というのは悪意だけとは限りません。それは好意によるものも、もちろんあります」
「好意による? 好意ってことは、もしかして!?」
再び布団で仰向けになっていた瀬川は、うつろに半目で、口から黒い液を垂れ流し身動き一つしていない。
そんな瀬川を、ノブオは頬をぬらしながら、強く力のこもる手でゆすった。
「一成さん!! もしかして、小林真実子さんのことを好きなんじゃないか? 愛しているんだろ!?」
「うっ、うう……そう、高校生の頃から、ずっと……でも、言えなかった」
瀬川の半開きの目から、つっと涙は頬をつたう。
「そんな、三十年も一人を思い続けるなんて……一成さん、ちゃんと気持ちを伝えないと後悔するぞ!」
ノブオは上着のポケットからスマホを取り出すと、事務所の電話にかけた。
“はい、お電話ありがとうござ……”
「もしもし!? ジュンジか! 至急、小林真実子さんに電話して! ここに来るように伝えてくれ!!」
“え、ノブオさん? 小林真実子さんって……”
「あの、写真に写る、緑黒い人影で困っていた小林真実子さんだよ!! 八丁目の一番古いアパート、タカラ荘だって言えばわかるはずだ。一〇五号室だ!」
“は、はい、ノブオさんたちが今いるところですよね。伝えます……”
「大至急、絶対に来るように言うんだぞ! じゃ!」
通話を終了し、再び瀬川に向く。
「一成さん、すぐに小林さんがここに来るから、ちゃんと思いを伝えるんだ!! でないと、死んでも死にきれないぞ!!」
「うっ、うっ……だけど、そんなこと……」
天井をうつろに見つめ答える瀬川は、ゲホッとまた黒い粘液を吐いた。
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