マリー ルーの三女
第14話 マリー ルーの三女 ①
残業で遅くなったこの日、Yさんはめずらしく某チェーンのハンバーガーショップで食事をとっていた。
いつもならコンビニへ寄って、食べたいものを適当に買って帰るのだが、なぜかこの日はまっすぐ家へ帰る気にならず、窓に面したカウンター席で外の景色をぼんやり眺めながら、セットメニューを食べていた。
「となり、いいですか?」
ふいに頭上から声をかけられ、Yさんは咄嗟にええ、どうぞと言葉を返す。
「ありがとう」
その男性は七十歳くらいだろうか。喪服を着ていた。
Yさんは少し、不思議に思う。
テーブル席は若い人たちである程度うまっているが、こちらのカウンター席はまだまだ空いている。
わざわざ自分に声をかけてまで、すぐ隣に座る必要なんてないのに……
男性はトレーを置き席に着くと、コーヒーを一口飲んで
「昔ね、不思議なことがあったんですよ」
と、まっすぐ前を向いたまま語りだした。
五十年ほど前のことだった。当時、男性は大学生で新聞配達のアルバイトをしていた。
ある寒い冬の朝、最後の一軒へ配達するため、彼は暗い道を自転車で急いでいた。
「もし、ちょっと……」
女性の声がした。彼は自分を呼び止めたのだと思い、自転車をおりる。
後ろをふり返り、よく目を凝らすと大人二人と子供一人が立っているのがわかった。
彼は自転車を押し、近づいていく。
すると、初老の女性と若い女性、そして幼い女の子の三人連れで、三人とも和服を着ているとわかった。
だが、彼女らの着物は薄手の夏物のように見え、寒々しく違和感がある。
「どうしました?」
彼が声をかけると、初老の女性が
「坊ちゃんがたまごサンドを食べたいというので、申し訳ありませんが、たまごサンドを頂戴することはできませんか」
と悲しげに言った。
三人はたいそう深刻な顔をして、切実に困っているように見える。
彼は一瞬考え、そして答えた。
「すぐに戻ってきますから、少しここで待っていてください」
彼は自転車に乗ると、先ほど向かっていた方向へと走り出す。
新聞を配達する最後の一軒はタバコ屋だった。
早起きのおばあさんがいつも早朝から店を開けていて、彼の新聞を待っている。
「おばあちゃん、おはよう。電話を借りていいかな」
ああ、いいよとおばあさんは快く、店の電話を貸してくれた。
彼はアパートで同棲している彼女に電話をかける。
「はい、どちら様?」
「あっ、エミ? 俺だけど、今から急いで、たまごサンドを作ってくれないか? たまごサンド」
「え、たまごサンド? うん、わかった」
このとき、彼女は迷惑がる様子もなく、また何も事情を訊くこともせずに、そのまま電話を切った。
彼は再び、来た道を戻ってみると、そこに女性たちはいた。
彼女が今、たまごサンドを作っているからと伝える。すると、三人の表情は一変し、明るくなった。
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