第12話 恋患い・前編 ⑫


“ほう……お前、人間でないな? 人形に用はない。さっさと帰れ!”


“人形とは失礼ですね……太母を名乗り、全ての母を自称するものが発する言葉としては不適切極まりない! お前こそ、太母をかたるな!!”


“なんだと!! この無礼者が、クソ人形のくせして!!”


“はぁ!? なんだこの下品な奴は! お前が全ての母なわけないだろが!!”


 めずらしくサノッチはブチ切れ、冷静さを欠いた。だが、それは太母も同じだった。


 そして二人は脳内、あるいは心の中で罵り合うことに夢中になり、ノブオら三人のことを、しばらくの間忘れてしまう。


「あっ、ノブオさん! この子、あの写真の女の子ですよね!? 小学校高学年の長女、写真で着てたワンピースと同じのを着ているし」


「本当だな、この子で間違いない!」


 サノッチと太母が罵り合っている隙に、ジュンジとノブオは写真に写っていたホワイトハウスの長女を見つけることに成功した。


 たくさんいる人の中で、彼女も横になり天使のように安らかな表情で眠っている。


「それにしても、不思議だ……カレンダーが1980年だったろ? そこから四十年以上の時間が経っているっていうのに、この子は写真の、当時のままの姿だ……これ、起こしてもいいのか?」


 顎に手をやってノブオは悩んだ。


「確かに、起こしたとたんにどうなるのか……それにこんなに安らかに眠っているんですよ? 邪魔したらいけないような気もするし。あっ、さっきサノッチ君が言ってた管ってやつ、この背中から出ている、これのことですかね?」


 ジュンジが指をさした先には、赤黒い管があった。


 まるで内蔵のように脈打つ管は、そこに眠る人々のそれぞれの背中から伸びており、繋がっている。


「これ、何なんだろな? 引っこ抜いたらどうなんのかね?」


「そ、そんなおっかないこと、冗談でも言わないでくださいよ。怖すぎ、僕には無理です」


 あっけらかんと言ってのけるノブオの様子に、ジュンジは震えた。


「いや、俺にだって出来ないよ。考えてみれば、この子、無理心中で家族殺害の犯人なんだろ? いくらこの子の意志じゃなかったにしろ、自分が殺したなんて事実を受け止めるなんて、そんなの苦しすぎるな……こんなによく眠っているんだし、そっとしておいた方がいいかもな」


「そうですね。起きたっていいことは一つもないでしょうね……うん、このままそっとして……」


 ノブオとジュンジが顔を見合わせ、うんと頷いた……その時である。


「ピギャー!!」


 どこからか、まるでモンスターの産声のような悲鳴は上がった。


 ノブオとジュンジが声のする方を向くと、そこには真実子が立ち尽くしている。


 そして彼女の前にはもう一人、両手を上げ立っている人影があった。


「小林さん! なっ、何があったんですか!?」


「どうした!? どうしたの!?」


 慌てて駆け寄り、ジュンジとノブオは真実子に声をかける。

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