第6話 恋患い・前編 ⑥
「おい、サノッチ。車はこの辺に止めたらいいか?」
小林真実子。彼女がわれわれ便利屋花丸キュウ微商会を訪れ、数日たったある日の深夜である。
われわれ便利屋花丸キュウ微商会の社員三名と彼女は、彼女の道案内により車を走らせ、五時間以上をかけて、冬に入りかけの底冷えしそうな某山中にやってきたのだった。
そして、彼女の発言通り、そこには家主を失い朽ちかけた建物が一軒、寂し気に佇んでいた。
「これ、本当に家だったんですかね? 造りが普通じゃないな……」
特に建築の知識があるわけでもないジュンジは、その建物に持参した懐中電灯の光を当てながらつぶやく。
だが、彼がそう言うのは無理もないだろう。
白く四角形なその建物は朽ちかけているとはいえ、三十年以上も前に建てられたようにはとても見えないほど、近代的だった。
しんと冷える空気に身震いするノブオも建物を見上げた。
「当時のお金持ちが建てた、最新オシャレな家って感じだな。小林さん、どうですか? 三十年前に来た時と比べて……」
「そうですね……あれから三十年も経つのに、不思議とあまり変わりがない気がします……あっ、あのドアから入った覚えがあります」
玄関ではなく、建物裏の勝手口と思われるドアを、真実子は指さした。
ジュンジはドアに近づき、照らしてみる。
薄い磨りガラスのはめてある銀色のドアで、左右にガチャガチャ回すタイプのドアノブがついていた。
そこまで確かめたが、ジュンジはなかなか動かない。ノブオはジュンジの次の動作を待っていたが、しびれを切らした。
「早く開けてみろよ、ジュンジ!」
「え、でも……」
「じれったいなぁ、もう!」
ドアノブに手をかけようとしないジュンジを押しのけ、ノブオは代わりに回した。
ギッと音がして、ドアはすんなり開く。
「おお、開くじゃねぇか……やっぱりここは勝手口で、キッチンだな。こんなにきれいに物が残っているなんて、今からでも、そのまま住めそうだな……」
ノブオも持ってきていた懐中電灯で室内を照らしながら、ずんずん入っていく。
ガスコンロや食事をするためのテーブル等、その他にも生活感あふれる雑貨の数々は一式、そのまま残されているようだ。
「お茶碗とかもそのままなんだ。幸せな家族が、楽しく生活していたのがよくわかる生々しさですね……あっ、カレンダーだ! 1980年ですよ」
ノブオの後から入ってきたジュンジは落ちていたカレンダーを発見し、軍手をはめる手でめくった。
「三十年前に来た時と、全く変わってない……確か二階もあって、一通り回ってみたんです」
ジュンジの後に入ってきた真実子は、おそるおそる室内を見回している。
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