序「境帝を占い高官に昇る」②

 

 様々な巡り合わせと巻き込まれの果てに、そういうことになったのだ。


「改めまして、コセンヒです。ようこそコセンヒの宮へ」


 言ってから、恐る恐る帝の顔を見やる。帝は、内心を悟らせない表情で月麗を見返す。


「どうした。何か疑問でもあるのか」


 帝が、そう訊ねてきた。いや、相手は帝だからご下問があったとかなのだろうか。


「いえ、特には」


 帝のご下問に対して、月麗は謹んで曖昧な奉答を行った。


「分かった。では次の問いだ。俺はお前のことを知りたいと望んでいる。お前はどういう女だ。包み隠さず述べてみよ」


 帝は次の質問をぶつけてきた。えらく硬い口調だ。


 標準的な皇帝と妃の会話というものを月麗は知らないが、とりあえず何か違うような気がする。これは、将軍に「国境の防備はどうなっている」とか聞く時の空気感ではないだろうか。


「えーと」


 それはさておき、実に難儀だ。コセンヒとは何者なのか詳しく教わっておらず、説明しようがない。


月麗自身の生い立ちは「小さい頃に孤児になり、師に拾われ旅をしながら学問や占術を教わり占筮者になりました」という徹底的にお妃と無縁なものであり、応用しようがない。早急に違う話題を用意して、話を逸らさねば。


「うーんと」


 月麗は天井を見上げる。そこには、明かりが灯されていた。天井から提灯のようなものが吊り下げられていて、部屋を隅々まで照らしている。――あ、これいいかも。


「この灯りはどういう仕組みなのですか? もう夜なのに、昼間のように明るいですね」


 月麗はそう聞いてみた。実際、不思議である。下に立っても熱くないし、何かが燃えるような匂いもしない。ただ、明るい。太陽の光を、ここに閉じ込めているかのようだ。


「妖術だ」

 涼しい顔で、帝は言った。


「妖術ですか」

 難しい顔で、月麗は思う。そんなバカな。


 しかし、否定はできない。既に月麗は、おかしな出来事を沢山経験しているのだ。


「さて、俺はお前の質問に答えた。お前も俺の質問に答えてもらおう」


 帝が、そう言ってきた。どうあっても、話を逸らすつもりはないらしい。月麗はうーんうーんとひたすら視線を彷徨わせ、そして――唐突に閃いた。

 天才! わたし天才かも!


「どんな女かというと、占筮という占いの技術を身につけた女だったりします」


 嘘ではない。コセンヒではないことに触れず、離月麗であることを伏せ、しかし事実を述べる。まるで繊細な宝石細工の如き回答である。本当に月麗は天才だったようだ。


「善哉。占いとは面白い。俺を占ってみろ」


 繊細な宝石細工は、ただの一撃で粉砕された。やはり月麗は天才ではなかったようだ。


「陛下を、で、ございますか」


 体の所構わず、冷たい汗が吹き出る。月麗が得意とする占筮は、しばしば死ぬとか滅びるとか牢屋行きになるとかいった誤魔化しようのない占断が下る。歴史の書を紐解けば、主君を怒らせて殺される羽目になった占筮者の姿がそこかしこに見出される。


「おそれながら、わたしは未だ修行中の身。巷間の匹夫匹婦を占うことがやっと、一天万乗の君を占うことは荷が重うございます」


 普通の人ならいざ知らず皇帝とか無理です、という本音を美辞麗句もどきで包む。これまた嘘ではない。今まで占ってきたのはみな庶民だ。突然皇帝を占えと言われても困る。


「俺は身分や肩書きで相手を判断しない。だからお前も畏まらなくてよい」


 帝はそう言った。大変立派な心がけだが、この場にあっては単に迷惑なだけである。


「――これは、占筮者としての勘なのですが」


 月麗は、きりりと表情を引き締めた。何でもいいから、理由を付けて断るのだ。


「今日は調子が出ない気がします。多分あと一月二月はでない気もします」


「ほう。俺に抗うか」



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