第13話「権力なんかより、人の心の方が大切やで」
●お悩みの内容
名前:アレクサンドル・K(仮名)
年齢:51歳
性別:男性
職業:某東欧国家の大統領
実は私、今この手紙を深夜の執務室で書いています。表向きは強いリーダーシップを見せていますが、本当の私の悩みを打ち明けられる人は誰もいないのです。
就任時、私は国民のために尽くすと誓いました。しかし実際の政治は、理想とかけ離れています。与党の重鎮たちは自分の利権を守ることしか考えていませんし、野党は足の引っ張り合いに終始しています。
先日、ある政策を決定する際、本来は国民の健康に有害だとわかっている工場の操業を、政治的な配慮から認めざるを得ませんでした。その夜、私は眠れませんでした。シャワーを浴びても、その時に握った手の汚れが落ちないような気がして……。
妻にも相談できません。彼女は私の地位に誇りを持っているからです。息子たちは、すでに私を「大統領」としてしか見ていないように感じます。休暇を取って家族と過ごそうとしても、常に警護が付き、気を使わねばならない。この椅子に座ってから、本当の自分を見失いそうです。
でも今、一番の悩みは、来月に予定されている重要な政策決定です。現在の私の支持率は低迷しており、強い指導者としての印象を打ち出すため、タカ派的な政策を取るよう側近たちは進言してきます。しかし、それは必ず社会の分断を深めることになるでしょう。
先日、路上でたまたま目があった老婆が、静かに首を横に振りました。その眼差しが忘れられません。私は何を間違えているのでしょうか?
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●トラばあちゃんより
おや、随分と遠いところからいらしたんやね。
まあ、そない堅くならんでもええで。ここではあんたも、ただのアレクサンドルはんや。
うちもな、108年生きてきて、いろんな権力者を見てきたで。戦前の軍人さんや、戦後の政治家はんとかな。威張ってる時はえらそうやったけど、最期はみんな、ただの人間に戻るんや。
その工場のことやけど、うちから言わせてもらうと、それは間違うてる。目先の政治的な得点を取るために、国民の健康を危険に晒すのは、指導者のすることやない。
確かにな、現実の政治には妥協も必要や。でも、妥協していい部分と、絶対に譲っちゃいけない部分がある。国民の命や健康は、後者やと思うで。
あの老婆の眼差しが忘れられへんちゅうんは、アレクサンドルはんの心の中に、まだちゃんと正義の心が残ってるからや。それを大事にせな、あかんで。
支持率の件やけどな、強い指導者っちゅうんは、必ずしも強面の政策を取る人のことやないと思うで。本当の強さは、時には自分の評判を犠牲にしても、正しいことを選べる勇気のことを言うんやないかな。
うちの若い頃、村長さんだった人がよう言うてたわ。「権力は預かりもんや。明日になれば、別の誰かの手に渡る。でも、人の心を傷つけたら、その傷は消えへん」って。
アレクサンドルはん、もう一度初心に帰って考えてみいひん? 政治家になろうと思った時の、あの純粋な想いを思い出してや。
権力なんかより、人の心の方が大切や。人の痛みのわかる指導者、弱い者の声に耳を傾けられる指導者の方が、よっぽど立派やと思うで。
それに、家族のことも大切にせなあかん。休暇の時くらい、警護の人にも少し距離を置いてもらって、家族との時間を作ったらどうや? 息子さんらと、普通のお父ちゃんとして話す時間も必要やで。
まあ、うちは田舎のばあちゃんやから、国際政治のことはようわからへん。でも、人の心のことなら、ちょっとはわかる。
人を思いやる優しい心があれば、きっと正しい答えは見つかるはずや。強がらんでええ。迷うたらまた来てな。うちとこのお茶とお菓子はいつでも用意しとくさかい。
ほんで、国に帰ったら、あの老婆はんに会いに行ってみいひん? きっと、ええ話ができると思うで。
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