第9話「夢を追うのは若い時だけやないで」
●お悩みの内容
名前:中江和臣
年齢:52歳
職業:元カメラマン、現在はコンビニ店長
私は30年近くカメラマンとして生きてきました。雑誌やファッション誌の撮影を手がけ、それなりの評価も得てきました。しかし、デジタル化の波に乗り遅れ、ここ数年は仕事が激減。昨年、ついに会社を畳まざるを得なくなり、現在はコンビニの店長として働いています。
妻は「あなたらしくない」と言います。確かにその通りかもしれません。でも、娘は来年から大学です。教育費も必要です。今さら夢を追うことは、無責任なのではないかとも思うのです。
それでも、深夜のコンビニで商品を並べながら、ふと窓の外を見ると、まだ見ぬ風景を撮りたくなる自分がいます。街灯に照らされた雨上がりの路地裏や、明け方の市場に立ち寄る人々の表情……。カメラを持つ手が疼くような気がして、胸が締め付けられます。
でも、今の私にはもう、そんな贅沢は許されないのでしょう。年金のことを考えれば、安定した収入は必要不可欠です。写真の世界に未練はありますが、もう手遅れなのかもしれません。
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●トラばあちゃんより
和臣はん、ばあちゃんからは、あんたの目がまだキラキラ輝いて見えるで。
そうやな……。まず、コンビニで働くことを恥ずかしいと思わんでもええ。あんたは家族のために一生懸命働いてはるんやから。それはそれで立派なことやで。
でもな、あんたがカメラに対して持ってるその情熱、108歳のばあちゃんにもようわかるで。夜勤の時に見る景色の話をする時のあんたの声、ほんまに生き生きとしとったで。
ここでな、ちょっと昔話をさせてもらうわ。
うちの近所に住んでた堀内はんちゅうおっちゃんの話や。このおっちゃん、60過ぎてから陶芸を始めたんや。若い時から焼き物が好きやったらしいんやけど、家業の畳屋を継いで、ずっとそればっかりやってきた。
「もう歳やし……」って諦めかけてたんやけど、ある時、奥さんが「あんた、やりたいことやったらええやん」って背中を押してくれたんや。
そらもう最初はむちゃくちゃ下手くそやったで。
皿も碗もぐにゃぐにゃ。ろくろから粘土まき散らしてそりゃもう大変やったわ。
でもな、毎日コツコツ練習して、今じゃ立派な陶芸家さんや。地元の展覧会にも出品して、作品も売れるようになってん。
堀内はんが言うてたわ。「人生に遅すぎることなんてあらへん。ただし、明日からやるんじゃなくて、今日からやらなあかん」って。
和臣はん、デジタルカメラの使い方を覚えるんも、今からでも遅うないで。むしろ、あんたには30年の経験があるやないか。その目で見た世界を、新しい道具で表現できるようになったら、もっと素晴らしい作品が撮れると思うで。
コンビニの仕事は続けながら、休みの日にでも練習してみたらどうや? 今はスマホでも写真が撮れる時代やし、まずはそこから始めてみるのもええと思うで。
ばあちゃんも若い頃は、「これをやりたい!」ちゅう気持ちを我慢して生きてきた時期があってん。戦争があったりして、なかなか自分の思うようにはいかへんかったからな。
でもな、夢を持つことと、家族を養うことは、どっちが大切とかそんな話やないねん。両方大切なんや。だって、和臣はんが写真を撮る時の姿を見た時の娘さんは、きっと誇らしく思うはずやで。
人生に「もう遅い」なんてことはないんや。むしろ、年を重ねた分だけ、見える世界も深くなってるはずや。その目で捉えた風景は、若い時には撮れへんかったものになるかもしれへん。
和臣はん、明日からとか来年からとか言わんと、今日から始めてみいひんか? 例えば、今夜の帰り道に見かけた何気ない風景でもええ。あんたにしか撮れへん一枚を、探してみたら? ばあちゃんも、その写真が見たいわ。
このコンビニで働いてることも、きっと何かの意味があると思うで。だって、あんたは今、いろんな人の暮らしの断片を間近で見られる場所にいてはるやないか。そこにも、新しい写真の題材が隠れてるかもしれへんで。
夢を追うのは若い時だけやないねん。むしろ、年を重ねた分だけ、その夢も深みを増すもんや。今のあんたにしか撮れへん写真があるはずや。
ほな、また写真、見せてな!
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