第7話「悲しい時はちゃんと悲しんだ方がええねん」

●お悩みの内容


名前 佐伯潤子

年齢:48歳

職業:書籍編集者


 昨年11月に母が急逝しました。フルマラソンを完走するぐらい健康だった母が突然倒れて意識不明となり、治療のかいもなく二週間後にそのまま逝ってしまったので、正直茫然としています。


 半年が経って少しはおちついたものの、未だに母を失ったショックは大きいです。ふとした拍子に「ああ、母はもういないんだ……」と当たり前の事実に気づいてはそのあまりの淋しさに立ち竦んでしまう、ということを繰り返してしまっています。


 特に心残りなのは、意識不明になってしまったため、突然コミュニケーションが絶たれ、そのまま母を天国に見送ってしまったことです。最後の二週間、母が何を感じて、何を伝えたかったのか……それがわからなかったことが本当に悲しいです。


 お医者さんには、耳は最後まで聴こえている、と聞いていたので、病室のベッドの傍らに座ってずっと喋りかけていました。早く治して家に帰ろうね、とか、今まで愛してくれて本当にありがとうね、とか……。本当に聴こえていたら嬉しいのですが、母はもう喋れなかったので正直わかりません。


 ただ話しかけてあげると、血圧や脈が上がったり、わずかながらも瞼がひらいたりしていたので、きっとわたしの声は届いていたのだ、と信じたいです。いえ、信じさせてください。


 この胸にぽっかりとあいた喪失感の大きな穴をどうやって埋めればいいでしょうか? 子供たちのためにも早く立ち直らなければ、とは思うのですが、自分ではどうしようもありません。


 今はただ、どんなに良く生きても、人はあっという間に逝ってしまうのだという虚しさのみをひしひしと感じています。


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●トラばあちゃんより


 潤子ちゃん、辛かったと思うけど、おばあちゃんに話してくれてありがとうな。


 お母ちゃんが死んだら辛いよな。うちもそうやった。もうたいがいおばあちゃんになるけど、うちもおかんの事を思い出したら、いまでも胸の奥がきゅっと来よるもんな。それぐらいお母ちゃんのことが好きやったんやな。


 うちも108年生きてきてはっきりわかるのは、「死」というものは避けられないものやっていうことや。これは悲しいけど、厳然たる事実や。さまざまなものが生まれては消えていく……これは命が地上に生まれてきてからずっと変わらへん。生と死は常に入れ替わっていくもんや。この世のすべてのものには始まりと終わりがあって、うちらはこの真実を受け入れなければならへんのや。辛いかもしれんけどな……。でもな、潤子ちゃん、お母ちゃんが死んだからと言って、それで生きる価値もなかった、お母ちゃんの人生は無駄やった、ちゅうことにはならへんやろ?


 潤子ちゃんのお母ちゃんは、あんたを愛して、こうして立派に育て上げた。そらもう素晴らしいことを成し遂げて、天国に戻っていったんや。誇っていいんや。お母ちゃんの潤子ちゃんへの愛は決してなくなることはないし、おかあちゃんの魂はいつもあんたと一緒におるんやで。これはうちがそう思う、とかそんなことやなくて、ほんまのことなんや。


 あんたがお母ちゃんに話しかけた時もそうや。血圧や脈拍があがったのは本当にあんたの声が聴こえてる証しやと思う。お母ちゃんは最後まであんたを愛してたんや。


 潤子ちゃんは立ち直らなあかん、って焦ってるけど、悲しい時はちゃんと悲しんだ方がええねん。いや、むしろ無理して、我慢して、笑顔なんか作ってたらあかんで。お母ちゃん、なんで死んだんや、お母ちゃん、淋しいで! お母ちゃん、帰ってきて! って言ってぼろぼろ泣いた方がええねん。潤子ちゃんが悲しいのは、そんだけお母ちゃんを愛していた、っていう証しやねんから。


 まだまだ胸にぽっかりあいた穴は埋まれへんやろうけど、ゆっくりゆっくりでええ。お母ちゃんもいつまでも潤子ちゃんが悲しむことは望んでおらんやろ?


 結局な、人生って潮の満ち引きのようなもんなんや。ひいてはかえし、ひいてはかえし、波なんかすぐにどこか行ってしまう。でもな、その過程で作る思い出や愛こそが、本当に大切なもんなんや。宇宙から見れば人間の一生なんて、ほんまに一瞬みたいなもんやけど、一瞬やからこそ輝くんや。違うか?


 今はまだ無理かもしれんけど、お母ちゃんが死んだことを悲しむだけやなくて、お母ちゃんが潤子ちゃんに注いでくれた愛や、慈しみ、普段の生活の中で何気なくかけてもらった優しい言葉……そういうものも徐々に思い出していってあげてや。それで今度はそれを自分の子に返していくんや。これまでもこれからも、うちらはそうしてずっと生きてきたんやから。


 辛くなったらいつでもばあちゃんのところに来んさい。うちで良ければいくらでも話し相手になってあげる。今日は本当に、ありがとうな。ほな、またな。


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