第25話 王宮と教会
エレンを失った王宮は混乱を極めていた。慌ただしい足音が響き、第一王子・ルーウェンの自室の扉が開かれる。
「殿下! 王都に魔物が出没して、甚大な被害が出ております!」
「うるさい、分かっている!!」
ただでさえ、エレンが居なくなって気が立っているのだ。余計なことを言われたくない。
彼は責任者として指示を仰がれることが多いが、彼自身何が正解なのか、どうすればいいのか分からなかった。
そのもどかしさをごまかす為に、彼は部下たちに当たり散らす。すると、更に現場が混乱する。混乱すると、王子としての責任を更に問われる。彼は、悪循環の中にいた。
彼に被害状況を伝えた者は、非難がましげにルーウェンを見た。
「なんだ、その目は」
「いえ」
その者は慌てて目を逸らした。しかし、彼からは「どうにかしろよ」という雰囲気がありありと出ている。
(全部、俺が悪いと言いたいみたいだな‥‥‥)
王宮の中では、この事態が起きたのは、”ルーウェンが悪い”ということが共通認識となっていた。
それは、何故なのか。それはエレンが失踪する前日の出来事に理由があった。
エレンは太陽のように輝く金髪に、爽やかなラベンダー色の瞳を持ち、とにかく美しかった。そのため、彼女はルーウェンのお気に入りだった。
そして、ルーウェンはエレンに婚約話を持ちかけて、了承を得た。ルーウェンは、その婚約話をそこらにいる人すべてに自慢をしていたので、二人の婚約は王宮では共通認識となった。
ところが、正式に婚約した次の日には、エレンの部屋はもぬけの殻になっていたのだ。最初は誘拐か、事件かと大騒ぎになった。しかし、部屋の机の上には彼女の字で「婚約破棄して下さい」とのメッセージが残されていた。
このメッセージについては
エレンは王子殿下との結婚が嫌だったのではないか。だから、王宮から去ってしまったのではないか、と。
実際、ルーウェンも「結婚がそんなに嫌だったのか」と何度も考えていた。
とにかく、このままでは王宮に聖女がいなくなってしまう。そのため、エレンの捜索命令を出した。
また、エレンとルーウェンを題材にした物語を書かせて流行らせることで、今回の失踪の責任を悪い聖女としてセシルに押し付けた。
それでも、時間が過ぎていくだけで、エレンは見つからず、日々魔物の対応に追われていた。
(そもそも、今の状況がおかしいんだ)
魔物自体も元々はこんなに多いはずなかったし、襲撃自体も少なかった。そのため、ここ最近の状態は異常であると言えた。
(セシルがいた時は、こんなことはなかったはずなのに)
思えば、あの女がいなくなってから、王宮の中は上手く回らなくなってしまった。部下たちからもセシルを呼び戻して欲しいという声が強くなってきてる。
「仕方がない。セシルを王宮に呼び戻す」
「しかし、あの聖女は結婚をされたのでは?」
「あんなの、セシルの能力が便利だから結婚したにすぎない。今頃こき使われて、王宮の方がいいと泣きべそをかいているだろう」
彼女は、エレンをいじめて虐げた上に醜い見た目を持つ奴だが、確かに有用な人間であった。その才能を見抜いて、伯爵はすぐに結婚することを選んだのだろう。
あの時は、「一目惚れしたから」などと言われて、正気かと疑った。
しかし、その言葉も、セシルを騙して、都合の良いように使いたかっただけなのだと考えると納得がいく。
(可哀想なセシル。俺が助けてやらなければ)
何より、あの女に泣いて縋られるのも悪くない、とルーウェンは考えた。
ルーウェンはその状況を考えて、ふっと笑う。セシルが王宮に戻ってきてくれると信じて疑わないようだった。
「王宮のパーティには、招待しているんだ。そこで口説き落とせばいい」
「本当に、それで大丈夫なのでしょうか?」
「どういうことだ?」
反抗的な言葉に、ルーウェンはムッとして、そいつを見た。興味がなく今まで彼の顔を見てなかったので気付かなかったが、彼はエレンと同じ色の瞳を持っていた。彼はすっと目を細める。
「もし、彼女が戻って来なかったら、どうするおつもりです?」
「‥‥‥‥‥‥お前、何者だ?」
「提案があります」
彼はルーウェンの質問には答えずに、話を進めた。ルーウェンは彼の意図を探ろうと警戒心を強くする。
しかし、彼は笑顔でルーウェンに手を差し伸べた。
「手を組みませんか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「勝負は、王宮パーティの時。私の言う通りにすれば、確実に聖女を取り戻せますよ」
ルーウェンは考える。彼の言う通りにする必要はあるのか、と。セシルは確実に王宮に戻るはずだ。しかし、彼の言う通り、上手く説得が出来なければ?
「まずは、お前が何者かを名乗れ」
ルーウェンがようやく言葉を絞り出すと、彼は高笑いをした。
「何がおかしい」
「失敬。私は教会の人間ですよ」
「教会の?」
「勝負は、王宮で行われるパーティーになるでしょう。その時、教会は協力することができます。そのことをお忘れなきよう」
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