第29話 おさぼりデート

 カランコロンと音をたてて喫茶店のドアが開く。


「いらっしゃいませ。あらあら奏君じゃない。久しぶり。元気だったかしら?」

みやこさんもお元気そうで何よりです。」

「相変わらずかっこいいわー。うふふ、目の保養。」

「それほどでも。」


 あれから奏さんに連れられて車は街はずれの喫茶店の前で停車した。奏さんはテキパキと迎えの時間や場所を指示すると、運転手は軽く帽子を上げて、さっさと車を走らせていってしまった。そして今に至る。


 都さんと呼ばれた人は、ひょこっと顔をだして笑いかけてくれた。髪をくるりと後ろにまとめてお団子を作っている。少しだけふっくらとしていて、笑顔が素敵な人だ。


「こんにちは。あらあらまあまあ、貴女はどこのお嬢さんかしら。もしかして奏君の恋仲かしら。」

「都さん、実はそうなんです。」

「かっ奏さん!?」

「まあまあ、それは素敵ねえ。奏君、どこでこんなに可愛らしい女の子を見つけたの。」

「ふふっ。僕が公園で一目ぼれをしたんです。」

「素敵。浪漫が溢れているわ。」


 彼女は穏やかな口調で、頬に手を当てて夢見る少女のようにニコニコしている。なんだか可愛らしい人だけれど、盛大に誤解が進んでいるような気がしている。いや、一部は事実なのだけれど。


「あの…。」

「あらあら、ごめんなさいね。盛り上がっちゃって。私の名前は、みやこです。漢字一文字で『都』よ。よろしくねー。花の都、京の都、そして喫茶店の都~なんちゃって。うふふ。」


 よく分からないけれど、悪い人ではなさそうだし、奏さんともきっと仲が良いんだろうな。


「都さん、いつもの席でも構いませんか?」

「ええいいわよ~。どうぞどうぞー。注文は後で聞きに行った方がいいかしら?」

「そうですね。お願いします。」

「かしこまりました。じゃあ、またあとで。お嬢さん。」


 にっこりふわふわ、という表現が良く似合う都さんは、店の奥へ入っていった。奏さんは私を連れて窓際の席まで移動した。木目調の落ち着いた雰囲気の喫茶店。窓はステンドグラスのようになっていて、薄暗い店内だからこそ、外から差し込む光のせいでステンドグラスがより一層輝いて見えた。小さな店内は数名の客が新聞を読んだり、読書に勤しんでいた。良家のお嬢様が行くような店、というよりは一般的な庶民の憩いの古洒落た喫茶店、と言った方がぴったりだ。


「琴ちゃん何飲む?」


 奏さんはテーブルの上に乗っているお品書きをペラペラと捲った。一つ一つが手作りのようで色鉛筆で絵付きで描かれている。可愛い…どれにしよう…って、ちょっとまって。私お金持っていない。金額は良心的ではあるけれど、そもそものお金がなければ注文も出来ない。


「琴ちゃんどうしたの?」

「あの…私は水で…。」

「どうして?」

「お金持ってないですし…。」

「なーんだ、そんなこと?大丈夫ここは私が持つよ。」

「そんなわけには。」

「今日はデートだからね、いい顔させてよ、ね?」


 奏さんはにっこり笑うと、スッと手を挙げた。それを見つけた都さんはすぐに駆けつけてくれた。可愛らしい白いエプロンからメモ用紙を取り出す。


「モーニングセットを二つ。私の飲み物は紅茶で。琴ちゃんも同じでいい?」


 私が小さく頷くと、奏さんは言葉を続ける。


「どちらも紅茶でお願いします。」

「まあまあ、初々しいわー。素敵だわ。注文取るのも楽しくなっちゃう。」

「ははっ、都さんに喜んでもらえて光栄です。」

「あらあらまあまあ、今日も眩しい笑顔をありがとう。でもその素敵なお顔は大切な彼女さんに見せてあげてね。それじゃあ、しばらくお待ちくださいー。」


 ふりふりとお尻を振りながら歩いてく都さん。変わった人だけど、戻る途中に何人かお客さんに声をかけられているから、結構人気があるんだろう。

 そういえば都さんさっきから奏君って呼んでいるけれど、奏さんが女性なことは知っているんだろうか。私は小さな声で奏さんに聞いてみた。


「奏さん。都さんって奏さんが女の人だって知っているんですか。」

「うん。知ってるよ?そもそも男装進めてきたのは都さんだから。」

「嘘!?」

「ほんと。」


 新しい発見。というか都さん何者?


「琴ちゃんに会った時に、上着が少し大きいって言われたでしょう?あれ、都さんのお兄さんの借り物だったんだよね。だから私よりもサイズが大きくてね。」

「そうだったんですか。」

「うん。それに都さんは…」


 ふわりと鼻を掠める焼き立てのパンの香り。

 丁度いいタイミグで都さんが両手にお皿を持って現れた。


「お待たせしましたー!モーニングセットです。そして…。」


 都さんはテーブルにお皿を置くと、もう一度店の奥に入り、急いで飲み物と何かを銀のお盆に乗せてきた。


「紅茶と、私からのささやかな差し入れです。」


 良い香りのする紅茶と、小さなクッキーが目の前に置かれた。


「わー!都さんのクッキーだ。」

「せっかく彼女さんが来てくださったんだもの。お祝いしないとねえ。」

「都さんたら気が利くね。」

「ふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ。さあ、冷めないうちに召しあがって。」


 都さんはにっこり笑うと、他のテーブルの注文を取りに行ってしまった。


「さあ、琴ちゃん食べよう!」


 焼き立てのパンにサラダにゆで卵にウインナー。喫茶店のモーニングの定番だ。奏さんに促されるままに口に運ぶと、外はカリカリ、中はフワフワのパンに思わず顔が綻んでしまう。


「おいひいです。」

「でしょ。ここの店、紅茶も美味しいからどうぞ。」

「はい。」


 ふふっと紅茶をすする、確かに美味しい。奏さんの家でいただいたのも美味しいけど、ここのお店も負けないくらい美味しい。って私この前から食べ物に流されているような気がする。ゴクンと勢いよく飲み込んだ。聞きたいことは山のようにあるんだ。さっきだって、都さんの話が途中で止まってしまっていた。


「奏さん!」

「何?」

「さっきの話の続きは?都さんは…で話終わってましたよね。」

「そうだっけ?」

「そうですよ。」

「ははっ、怒らないでよ。琴ちゃん。ちゃんと答えるからさ。」


 奏さんは丁寧な所作でパンを口に運んでいく。そこはかとなく育ちの良さが見える。やっぱりお嬢様なんだなあ…今の恰好からしてどうみてもお嬢様というより美青年なわけだけど。それに比べて私は何処にでもいる庶民で。何で奏さんは私なんかに声をかけたんだろう。


「都さんは…。」


 奏さんは話し始めた。

 都さんはこの喫茶店の女店長で、趣味が舞台鑑賞。好きなものは男装の麗人。奏さんは、学校をさぼったついでにたまたまこの喫茶店に来たのがきっかけで、都さんに気に入られたらしい。ケーキセットをタダで提供するかわりに一度でいいから男装した姿を見せて欲しいとせがまれ、やってみたところ都さんが大喜びしてくれたそうだ。それからたまに男装をして店に顔をだしているそう。


「そうだったんですね。」

「そういうこと。」

「あの、一つ聞いても良いですか。」

「うん、一つと言わず何個でも聞いて。」

「都さんって男装の麗人が好きなんですよね。つまり奏さんが好き…なんだと思うんですけど、私こんな奏さんと恋仲関係みたいな見た目でお店に来て大丈夫だったんですか?都さんの目障りになってませんか?」


 何を聞くのかと思えばそんなことか、と言わんばかりに奏さんは笑った。少し馬鹿にされたような気がするけれど気にしないことにする。


「大丈夫大丈夫。何?そんなこと気にしてたの。」

「なんですか。」

「都さんは綺麗なもの、可愛いものが好きなだけだし、私に恋愛感情はないから大丈夫だよ。むしろ可愛いもの好きだから琴ちゃんのことも気に入ってるんじゃないかな。」

「まあ、そういうことねえ~。貴女琴ちゃんっておっしゃるのね。」


 いつの間にか後ろに銀色のお盆をもった都さんがいた。

 都さんは慣れた手つきで空いた皿を下げていく。


「お名前聞いていいかしら?」

「日野琴子です。」

「あら、琴子ちゃんっておっしゃるのね。可愛いわ。その女の子らしいワンピースもとっても似合いっているわ。そのお洋服だと頭に可愛いおリボンをつけても似合いそうねえ。」

「ふふっさすが都さん。可愛さを追求することには抜かりがないですね。」

「可愛いとカッコイイを目の前で見るだけで笑顔になるわ。幸せになるの。ちょっと待っていて。」


 都さんはお皿を下げるついでに何か箱を持ってきた。


「琴子ちゃん、動かないでね。」


 そのまま頭に何かを付けてもらった。


「よし、出来たわ。あらあらまあまあ、なんて可愛らしいんでしょう。良く似合っているのでそれ差し上げますわ。西洋風にいうと『プレゼント」ですわ。」


 何をつけたんだろう。頭に手をやれば何か固いものが触れる。リボンでは無さそうだ。


「確かに。良く似合っているよ。琴ちゃんかーわいい。」


 奏さんもニヤニヤと笑っている。何を付けられたんだろう。


「今日一日それを付けていてよ。」

「変じゃないですか?」

「可愛い可愛い。都さんセンスいいなぁ。」

「うふふ。ああ、良いわねえ。二人並んでいると絵になるわ。またお店に遊びにきてね。」

「もちろん。琴ちゃんも連れて行くよ。」

「可愛いお洋服もたくさん用意しておくわ。」

「じゃあ、あそろそろお会計を。」

「はいはーい。」


 都さんはお会計のときに値段をおまけしてくれた。そして店をでる直前に私にそっと耳打ちをした。


「奏君のこと、よろしくね。カッコイイし、何でも出来るように見えるけど、意外と不器用な子だから。」

「えっ。」


 振り返ると、都さんはふふっと笑って丁寧にお辞儀をした。


「またのご来店をお待ちしています。いってらっしゃい。」

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