第27話 降るような星と花の輝き
「さあ、お嬢さん準備はいいかな。」
「だからお嬢さんじゃなっ……わあ。」
洋風の扉をあけると、目の前に広がっていたのは、月明りに照らされるたくさんの白い花。そして空にはたくさんの星々。上下左右何処をみてもキラキラと輝いているその場所は、本当に幻想的でまるで夢の中のようだった。奏さんは私をつれてそのまま歩き出す。まるで星の海を渡っているみたい。歩く度に風に揺られて白い花がふわりと揺れる。大きな花びらがヒラヒラと揺れるそれはドレスのようにも見えた。綺麗という言葉では言い表せない。でもそれ以外の言葉が見つからない。
「綺麗…。」
「でしょう?」
「これは何という花ですか?」
「月見草。夜しか咲かないんだ。朝になるにつれて、白から桃色に色を変えてしぼんでしまう。だからこの姿は夜にしか見れないんだよ。ちなみに花言葉は、無言の愛情。」
「無言の愛情……。」
奏さんはそのままトントンと歩みを進めてこちらを振り返る。
「素敵な花言葉だよね。これは私の解釈だけど、夜誰も知らないところで咲くその花は、本当は誰よりも綺麗で繊細で儚い存在。溢れんばかりの愛情だってある。だけどその姿は人には見せない。そもそも見てもらおうとか、分かってもらおうと思ってないんだろうね。自分だけがわかっている、押し付ける愛情ではなく、ただ相手の幸せを願っている、そんな花なんじゃないかなって。」
小さく微笑む奏さんの顔はどことなく寂しそうだった。小さな星々に囲まれているこの庭の空間も相まって、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。何となく、今の話は、花言葉の解釈だけじゃなくて、奏さん自身のことを言っているような、そんな気さえした。
「それは…奏さんのことですか。」
「んん?どういうことかな。」
「花言葉の解釈です。」
「想像に任せるよ。琴ちゃんは想像力豊かだからね。」
奏さんは私の方へ戻ってくると、私の髪を軽く撫でた。するりと触れた奏さんの指先は冷たかった。
「さ、体を冷やしたら大変だから、そろそろ戻ろうか。」
「はい。あっ。」
瞬間、少し強めの風が吹いて、肩から掛けていた肩掛けが風で巻き上げられてしまった。慌てて手を伸ばしたけど、届かない。
肩掛けはそのまま庭の大きな木の枝に引っかかってしまった。これは木を登るか、長い棒がないと取れそうにない。しかも外は真っ暗で今すぐに取ることは難しそうだ。
「あらら、派手に飛んでいったね。あれは手が届きそうにないや。」
「すみません。」
一応木に向かって手を伸ばしてみる奏さん。背の高い奏さんでもやっぱり届きそうにない。
「申し訳ないです。」
「いいよ、特別に大切な物ってわけでもないし、風が吹いたのだって偶然でわざとじゃないし、それにあの肩掛けはいつかこうやって手が届かなくなる運命だったんだよ。」
奏さんは遠い目をして枝に引っかかっている肩掛けを見た。何となくその表情が気がかりだった。なんだかもやもやする。
「まあ、明るくなったら使用人に取ってもらうから大丈夫…って琴ちゃん!?」
考えるより先に体が動いていた。私は木に駆け寄り、幹がでっぱったところや、太い枝に手や足をかける。
「危ないから降りなさい。」
「嫌です。取りに行きますので奏さんはそこで待っていてください。」
どうしてこんなことをしたのか私も分からない。だけど、このままだとなんだか奏さんも肩掛けみたいにフッと飛んで行って手が届かなくなってしまいそうな。月見草みたいに朝には姿を変えて消えてしまいそうな、そんな気がした。この空間の雰囲気に流されただけかもしれないけれど、何となく直感で動かねばと思った。
暗くて良く見えないが、月明りだけを頼りにゆっくりと木を登る。夜に木登りをするなんて初めての経験だ。別に運動音痴なわけではないけれど、普段そこまで運動をしない身としてはいろんな体勢になる木登りは体が攣りそうだ。
「よいしょっと。」
「琴ちゃん、下りて。」
「もう少しで手が届きそうなんです。私は大丈夫ですから。」
順調に木に登る。太い枝の先を見ると、飛んでいった肩掛けを視界に捉えた。あった、あそこだ。私は枝に跨り、しっかりとしがみつく。そしてゆっくり片手を離して伸ばす。あと少しで手が届く、あと少し。あと…もうちょっと。数センチ。
「よしっ。」
指先でなんとかつまんだ肩掛け。そのまま自分の方へゆっくりゆっくり手繰り寄せる。
「取れた!奏さん、取れましたよ!」
肩掛けをしっかり握って、木の下にいる奏さんに見せる。奏さんはハラハラした顔で私を見上げている。
上から見下ろす白い花畑の中にいる奏さんは、花に囲まれていることもあって裾の広い白いドレスを纏っているように見えた。まるで本物の妖精だ。
「わあ…奏さん、ここからの景色すごく綺麗です。奏さんが白いドレスを着ているように見えます。」
「琴ちゃん、分かったから!分かったから早く気を付けて下りてきて。」
「分かりました。」
肩掛けを落ちないように襟巻のように首にくるくると巻いて両手を空けて、今度は肩掛けではなく自分が落ちないようにしっかりと枝を掴んだ。自分がさっきまで登ってきた足場を確認しながら少しずつ下りる。奏さんは下から、その辺に枝が出ているから気を付けて、足場はもう少し下だよ、と声で援護してくれている。私は奏さんの声も頼りにして下りて行った。
「琴ちゃん、あともう少しだよ。」
「はい。」
もう少しで着地のタイミングだった。枝が弱くなっていたのだろう、足をかけた瞬間、枝が折れた。
「あっ。」
ズルっと滑る足。あ、今膝を擦ったな。地面まではあと少しのはずだから大した怪我はしないと思うけど…なんて考えている最中、奏さんがすかさず私を抱き留めた。
奏さんもろとも地面に大きく尻餅をついた。奏さんが下になってくれたから私にほとんど衝撃はなかったが、奏さんが心配だ。
「すみません!大丈夫ですか?」
「琴ちゃん、それはこっちの台詞。怪我はない?」
「はい。」
慌てて立ち上がって奏さんの手を取って引っ張る。奏さんはワンピースのスカートの土を払って立ち上がった。ああ、お尻のところに土がついてしまっている。白くて綺麗なワンピースなのに。申し訳ない。
「すみません。」
地面にめり込むんじゃないかってくらい深々と頭を下げた。
「大丈夫。それに地面が土だったおかげで大した衝撃でもなかったし。まあ、琴ちゃんが軽かったってのもあるんだけど。」
「それはないです。」
「またまたー。で、琴ちゃんはどうしてこんな無茶したの。」
「その…分からないです。」
「はい?」
「分からないけど、今取りに行かないといけないような、そんな気がしたんです。今行かないと奏さんもひざ掛けみたいにふわーっとどこかに飛んで行ってしまうといいますか…ごめんなさい、意味わからないですよね。それに結果として奏さんにご迷惑おかけする形になってしまいました。本当に申し訳ありません。」
もう一度頭を下げる。奏さんの顔は見えない。視界に入るのは真っ白の月見草だけだ。ああ、四枚の大きな花びらが綺麗に開いている。綺麗だなぁ。朝が近づいてきているのか、だんだんと花びらのフチが薄桃色になってきている。
「敏い子だなあ。」
ぼそっと奏さんが何かをつぶやいた。が、良く聞こえなかった。ゆっくり顔を上げると、奏さんは、眉毛をハの字にして笑った。
「奏さん?」
「夜が明けちゃうから行こうか。本当に風邪を引かれたら大変だ。あと、その膝もなんとかしないとね。」
「え?」
木から降りる時に膝を擦ったような気がしていたが、今見てみれば結構血が出ている。
「わっ、これはすごいです。」
「今気づいたの?」
「はい。」
「なんだそれ。」
ははっと奏さんは笑った。作り笑顔じゃなくて本当に笑っているような。子どものような無邪気な笑い。この人ってこんな風に笑うこともあるんだ。
それから私は奏さんと一緒に大きな屋敷の中に戻った。雪野先生に小言を言われながらも怪我した膝の処置をしてもらい、奏さんお部屋にお邪魔させてもらって、他愛のない会話をして、気が付けばもう朝方だった。
「ふわぁ。」
奏さんは流石に眠そうにあくびをしている。
「すみません。私のせいで睡眠時間が。」
「んーん。元から私は夜型だし。まあ、さすがに今は少し眠いかなー。琴ちゃん肩かりるよー。」
奏さんは私が座っているソファーの横に腰を下ろすと、こてん、と私の肩に頭を乗せる奏さん。
「奏さん!寝るならベッドへ。」
「なーに?一緒にベッドで寝たいって?」
「違います!聞いてました?」
「聞いてた聞いてた。」
うんうん、と頷きながら奏さんは既に私の肩で寝息を立てている。
「……全然聞いてないじゃないですか。」
気持ちよさそうに寝ている奏さんの顔を見ていると私まで眠くなってきてしまう。
「ふわぁ。」
大きなあくびをして、私もウトウトとしてしまう。
そして次に目を覚ました時、お日様は完全に空高く上ってしまっていた。
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