第26話 お粥の味

「美味しいです。」

「でしょ。あーあ、私もお腹空いてきちゃった。コルリー私の分は?」

「お嬢様の分はありません。お茶で我慢してください。」

「ちぇっ、じゃあ琴ちゃん一口頂戴。」

「えっ。」

「ほら、あーん。」


 奏さんは口を開けて待っている。ほら早く、と奏さんの声が聞こえる気がする。

 え、ええ?いいのかな。コルリさんを見ると、コルリさんはため息をついている。


「琴ちゃんー待ってるんだけど。」

「わっ分かりましたよ。」


 私はスプーンで一口掬うと、ふーっと軽く息をかけて冷まして奏さんの口へ運んだ。奏さんは何のためらいもなくパクりと食べた。あーんなんて、弟や妹が幼い頃にしてあげた以来だ。なんだか小恥ずかしい。


「んー。美味しい。さすがコルリお手製だね。それに、フーフーしてくれるなんて琴ちゃん優しいね。」

「なっ。」


 しまった。つい弟や妹にやるときと同じようにしてしまった。仮にも年上、ましてや良家のお嬢様にすることではない。はしたないどころか、失礼すぎる。


「申し訳ありません。」

「どうして謝るの?」

「だって、失礼でしたし…。」

「私はそう思ってないし、嬉しかったから謝らないで。何ならもう一度フーフーしてほしいくらいなんだけど。」

「やりませんよ!」

「それは残念。」


 奏さんは気に留める様子もなく、テーブルに頬杖をついて笑っている。


 それだけで絵になるし、何しろそれでいいんだって気持ちが楽になるんだから奏さんはすごい。


「そんなに見つめちゃって。お粥冷めちゃうよ?あ、もしかして私に惚れちゃった?いいよ。私たちそういう関係だしね。」

「違います!関係だってフリって仰られたじゃないですか。」

「あれ、そうだっけ。私としては本当に君と恋仲関係になっても良いと思ってるんだけど。」

「またそんな冗談を。私をからかっても面白くないですよ。」

「からかってるんじゃないんだけどな…。」


 まあいいや、と奏さんは言葉を続けて私に食べるように促した。私は温かさが残るお粥を口に運んだ。お粥はさっきよりも冷めているはずなのに、火傷するんじゃないかってくらい熱く感じた。……きっと奏さんにからかわれたせいだ。もうっ。

 ひょいひょいと口へ運ぶ私を、奏さんは何も言わずただ楽しそうに見つめていた。


「……そんなに見つめられると食べにくいんですが…。」

「そう、じゃあ食べさせてあげようか。」

「だからどうしてそうなるんですか。」

「ほらほら、冷めちゃうよー。」

「ああもう。」


 やっぱりからかわれた。

 その時、部屋をノックする音が聞こえた。


「お嬢様、お電話です。」

「えーこんな夜中に?私琴ちゃんを眺めていたいんだけど。」

「すぐに出ないとあのことバラす、と申しておりますわ。」

「おおっと、それは困るね。すぐに行くよ。ごめんね琴ちゃん。すぐに戻って来るからゆっくり食べてて。」


 奏さんは立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。歩く度にふわりと靡く寝間着や、サラサラの髪がまるで妖精や天使といった類のようだ。きっと実在したらこんな感じなんだろうななんて想像してしまう。

 パタン、と扉は閉じられた。コルリさんと私だけが部屋に残される。


「奏さん…ええっと、お嬢様はいつもこんな感じなんですか。」

「ええ、そうですわね。小さな頃からこんな調子ですわ。でも、貴女とお会いしてからより一層楽しそうに見えますわ。」

「そうですかね。」

「ええ。」


 コルリさんはにっこりと笑った。勝手な思い込みかもしれないけれど、その笑顔は本心のようなそんな気がした。


 しばらくして奏さんが帰ってきた。


「おおー琴ちゃん完食だー。」


 お皿に視線を落とせば、いつの間にか完食していた。気づかなかった。だってコルリさんのお粥とっても美味しかったから。食い意地が張っていると思われただろうか。


「良いことだよー。コルリ、作った甲斐があったね。」

「ええ、お嬢様。それでは私は失礼しますわね。」


 丁寧に食器を下げると、コルリさんは食後のお茶を用意してから部屋を後にした。

 取り残される私と奏さん。奏さんは当然のように再び私の向かいの席に腰を下ろした。

 流れる沈黙。何か話題…そうだ、さっきの電話が誰からだったか聞こうかな。いやでも人様の電話を聞くなんて無粋かな。ええと、私が口を開くよりも先に言葉を放ったのは奏さんだった。


「琴ちゃん、眠くない?」

「さっきまでたくさん寝させていただいたので。」

「そっか。体調はどう?」

「お腹いっぱいで幸せです。」

「そっか。もし琴ちゃんが良ければちょっとだけ散歩に付き合ってくれない?」

「散歩ですか?でも今夜中ですよ。」

「大丈夫。散歩と言ってもうちの庭だし。ちょっと見せたいものがあるんだ。歩けるかい?」

「はい。」


 奏さんは慣れた仕草で、私の手をとり腰を支え私をを立ち上がらせる。そして何処から取り出したのか、可愛らしい鳥の模様の肩掛けをふわりと私の肩にかけた。


「外は少し冷えるからね。」


そのまま歩き出す二人。

電気は消えているが、廊下は均等な感覚で壁にかかったお洒落な形をしたランプがぼんやりと橙色に灯されていた。それが何だか幻想的でついつい感嘆の息を漏らす。


「どうしたの?」


 囁くような小さな声で奏さんは問う。


「ランプが綺麗で幻想的だなって思いまして。」

「そうか。琴ちゃんにはそんな風に見えるのか。面白いね。私はただの明かりにしか思ったことがなかったけど。幻想的かーなるほどね。」


 奏さんはフッと口角を上げて、そのまま私に耳打ちした。


「それではここよりもっと幻想的な場所へご案内します。お嬢さん。」


 お嬢さん!?またこの人は。私が否定しようとすると、奏さんは指を口元に当て、シーっと仕草をする。


「皆寝てるからお静かに。」


 さあ、行こう。と奏さんは私の手を引いた。


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