第15話 落とし物
「日野さん、寮会議の時間は近づいているわよ。」
「はい。すみません、すぐに行きます。」
「待ちなさい。」
「え?」
慌てて椅子から立ち上がると、紋さんは私を制止した。
「寮に戻る前に一つ聞きたいことがあるのだけど。」
「何でしょう。」
私何かしただろうか。あ、もしかして昨日の身投げの一件のことかな。紋さんは眼鏡をクイっと上げると、小さく呟いた。
「紙…。」
声が小さくて聞き取れなかった。私はもう一度聞き返すと、紋さんはもう少しだけ声を張って答えた。
「昨日あなたの部屋に行ったときに、このくらいの大きさに折りたたんだ紙を落としていなかったかしら。」
「紙?」
昨日のことを思い返す。あ、そういえば。昨日紋さんのポケットから落ちた紙。渡そうとしたが紋さんは既に廊下を歩いて行ってしまって渡せずにいたんだった。
「あ、私の部屋にあります。」
ぱっと明るくなる紋さんの表情。そして胸に手を当ててホッと撫でおろす。そんなになくしてはいけないような大事な紙だったのか。寮に戻ったらすぐに紋さんに渡さないといけないよね。
「中身は見たかしら。」
「いえ、見ていませんが。」
「そう、それなら良いの。寮に戻ったら、中身を見ないで私に返して頂戴。良いかしら。」
「はい。分かりました。」
重要な書類なんだろうな、なんて思っていると、横から奏さんがクックと笑った。
「あーそれ。授業中に紋ちゃんが書いてた脚本のあらすじだよね。」
「ちょっと、奏!」
一気に紋さんの顔が真っ赤になる。
「脚本?」
「うん。紋ちゃんの脚本。紋ちゃん脚本書くの上手いんだよ。未来の有名脚本家だよ。さあ、琴ちゃん。サインを貰っておくなら今のうちだよ。」
奏さんは楽しそうに語る。
「昨日もせっせと授業中に書いてたから、面白い話の案が降ってきたのかなーなんて眺めてっもごっ。」
「奏、それ以上言ったら、中庭の池に沈めるわよ。」
紋さんは奏さんの口…いや、鼻と口両方を抑えている。奏さんは苦しそうにバンバンと紋さんの腕を叩いた。
「良いわね?」
コクコクと頷く奏さん。よし、と言って紋さんは手を離す。奏さんはケホケホと何度か咳払いをした。
「紋ちゃん、ひどいよ。殺す気?」
「あの程度じゃ死なないわよ。」
「どうかな?」
「現に生きているじゃない。」
紋さんと奏さんの会話を聞きなら、寮に帰るタイミングを考えていると、ふいに奏さんは私を手招きした。なんだろう、奏さんに近づくと、彼女は私の両肩に手を置いた。私と奏さんが向き合う形になる。
「琴ちゃん、帰ったらその紙、絶対見た方がいいよ。私が許可する。」
「えっと、でもそれは紋さんが…。」
「大丈夫大丈夫。」
「駄目よ!」
間髪入れずに声を挟む紋さん。そんな紋さんに奏さんは余裕の笑みを浮かべた。
「じゃあ、琴ちゃんがその紙を見ないで紋ちゃんに返すかわりに、寮会議の一件を何とかしてくれないかな?」
「寮会議の一件?」
「ああ。彼女は今日いわれなき罪で寮会議での謝罪を要求されている。それを何とかしてほしい。可愛い後輩を守るのも寮長の務めだろ?」
「………。考えておくわ。」
「考えるだけじゃだめだよ。行動に移さないと。」
「うるさいわね、分かったわよ。寮会議は何とかするわ。その代わり…。」
紋さんは私にまっすぐな視線を向ける。凛とした雰囲気が漂う紋さん。思わず私の背筋もピンと伸びた。
「寮会議が終わり次第、すぐにその紙を私の部屋に持ってきなさい。良いわね。寮の最上階で『寮長室』って小さな表札みたいなものが貼ってあるから。もし中身を見たり、他の寮生に言いふらしたりしたらどうなるか…。」
「わっ分かりました。必ず中身を見ないで紋さんの部屋までお持ちします。」
「任せたわよ。」
「琴ちゃん良かったねー。」
紋さんは頷いた。奏さんは、パチパチと拍手をしている。何だかんだでまた奏さんに助けられてしまった。私は深々と奏さんに頭を下げた。
「頭を下げるよりも、可愛い君の笑顔がみたいんだけど。ほら、こっち向いて。」
奏さんは両手を広げた。私は顔を上げて、困った顔で笑った。
「ほら、会議に送れるわよ。早く行きなさい。」
「はいっ。あの、紋さんは?」
「私は奏に少し話があるから。それが終わったらすぐに向かうわ。」
「分かりました。ではお先に失礼します。」
私は紋さんにも深々と頭を下げて、教室を後にした。
「さて、奏。あなたに少し話があるのだけれど。」
「んー、なんだい?紋ちゃん。」
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