第13話 寮会議前
翌日の授業後、学校中に校内放送が響き渡った。
『皆様、ごきげんよう。本日は寮会議です。寮生は速やかに寮に戻りましょう。繰り返します、本日は寮会議です。寮生は速やかに寮に戻りましょう。』
寮会議、昨日言われたやつだ。班長は確か寮会議で謝罪を考えておくことって言ってたけど、どうしたものか。鞄に教科書を詰め込みながら大きなため息が出る。謝罪って言っても、頼まれて虫退治してただけなのに。事実を言ったところで、当事者に知りませんの一点張りをされる可能性が高い。
「琴ちゃん、大丈夫?」
心配そうに私の顔を覗き込んだのは同室の結衣ちゃんだ。
「結衣ちゃん、寮会議ってどんな感じなのかな。怖い?」
「うーん、雰囲気はちょっと怖いかな。ピリピリしてるっていうか。寮生皆が集まって、今月の会計報告だったり、注意事項の連絡だったり…あとは、規則違反した人が皆の前で謝ったりとか…かな。」
「その最後のところ、もう少し詳しく。」
「最後?」
「規則違反ってやつ。」
結衣ちゃんの説明によると、規則違反した寮生は、皆が見ている前で何を違反したのか、今後はどうするのか等を決意表明するらしい。ちなみに適当な受け答えをしていると、班長や寮長から注意が入るらしい。規則違反は二回までは寮会議での謝罪と決意表明で済むが、三回目からは罰則がついてくるらしい。
例えば、門限破りは三回目で一か月の外出禁止令がでるとか。あれ、そういえば昨日聞きそびれたけど、結衣ちゃん門限の時間より遅い時間に外にいたよね。あれって門限破りじゃないのかな。
「結衣ちゃんは規則違反したことある?」
「私は今のところないよ。」
あれ?昨日窓から見たのは確かに結衣ちゃんだったはずなんだけど。見間違いだったのかな。部屋にいなかったのは事実だし…。結衣ちゃんは不思議そうに首を傾げている。
もしかして何か隠されてるのかな?確かに出会って二日のしかも名家の出でもない素性も知らない同室者に自分のことをペラペラと話すなんて、余程の自信家じゃないかぎりは考えにくい。私だっていくら同室と言えども、会って二日の子に自分の事はそう話さないだろう。実際私も自分の事は名前くらいしか話してないし。隠し事の一つや二つだって何ら不思議なことじゃない。
もっと結衣ちゃんと少し仲良くなったら、そのうち昨日の事も話してくれるかな…なんてことを考えていると、いつのまにか教科書も筆記用部も全て鞄の中に納まっていた。
「琴ちゃん、難しい顔してるけどどうしたの。」
「ううん、何でもない。急いで寮に戻ろうか。」
「そうだね。」
結衣ちゃんと並んで寮へ戻ろうと廊下を早歩きしていると、前方から黄色い歓声が聞こえる。そして人だかりで廊下が塞がっている。
「結衣ちゃん、通れそうにないから道を変えたほうが良いかな?」
「そうだね。私もそう思う。少し遠回りになるけど、寮会議には間に合うと思う。」
二人で顔を見合わせて頷くと、黄色い歓声の中心から聞き覚えのある声に呼び止められた。
「あ!琴ちゃん。」
足を止めて振り返ると、人だかりから少し抜けて、満面の笑みを浮かべて私に手を振っている人物が見えた。あれは…奏さんだ。
「琴ちゃん、昨日は入寮初日お疲れ様。良く寝れたかな?」
奏さんを囲んでいる女学生たちの視線が私に集中する。奏さんはそんなことお構いなしに私の目の前まで歩み寄った。そして慣れた動作で私の手を握った。
「昨日は心配だったんだよ。ちゃんと食べてるかなとか、寝れてるかなとか。怖い先輩にいじめられてないかなとか。」
「おかげさまで…。大丈夫です。」
まあ、昨日は虫退治の件でちょっとひと悶着あったけど、あえて言わなくてもいいかな。
「おや?その顔は何かあったのかな?」
「そんなことないです。」
「ダメダメ。琴ちゃんはすぐに顔に出るから分かりやすいんだよね。」
「そんなこと……ないです。」
「あ、今目を逸らしたね。」
「逸らしてません!」
奏さんは私の手を握ったまま話さない。どうしよう。
女学生たちの視線が集まる、いや視線が刺さりまくる。隣にいる結衣ちゃんはオロオロとしている。奏さんは気にすることもなく私に顔を近づける。
女学生たちのひそひそ声が聞こえる。
「誰あの下級生?」
「昨日編入してきたそうよ。」
「私たちの奏様に触れるなんて、おこがましいわ。」
「でも奏様は編入生とエスの関係を結んでいるとの噂が。」
「嘘よ!だって奏様は今までたくさんのエスの関係の申し込みがあったけれど、全てお断りしていると聞いていますわ。」
「でも昨日エスの関係だと奏様が言われたとか。」
女学生の噂早すぎだ。昨日奏さんが花房とかいうお嬢様に、エスの関係と答えてから一日しかたってないのに。
意を決したように一人の女学生が代表して奏さんに声を掛けた。
「奏様。この下級生とエスの関係とは本当ですか。」
「そうだよ。ね、琴ちゃん。」
こんなところで同意を求めてこないでください。視線が刺さるどころか、銃弾で打ち込まれているような視線なのですが。どこも怪我をしていないのに体中が痛い。刺さる視線でハチの巣にされているような感覚だ。
確かに奏さんとはそういう関係という設定で行くという約束だけど。奏さんは、ほら、と言わんばかりに私の返事を待っている。瞳が早く答えるように促している。
私は小さく頷くことしかできなかった。そしてその瞬間、女学生たちは目を見開き、各々反応をした。ある子泣き始めるし、ある子は膝から崩れ落ちるし、ある子はその場から走り去ってしまった。そして一番多かったのが、私のことをマジマジと見つめて、それから先ほどの何倍も鋭い視線を向けてきた子たち。その視線を遮るように奏さんは私の目の前にたち女学生たちの視線を遮った。
そして奏さんは私の横でさっきよりもオロオロしている結衣ちゃんに声をかけた。
「君は?」
「あ、えっと、琴ちゃんと同室の喜内結衣子です。」
「結衣子ちゃんね。よろしく。」
「よ、よろしくお願いします。」
結衣ちゃんはお嬢様らしく深々と丁寧に頭を下げた。
「結衣子ちゃん、申し訳ないんだけど少しだけ琴ちゃんを借りてもいいかな。大丈夫、寮会議の時間までには帰すから。」
結衣ちゃんはキョロキョロと周囲を見渡して、小さく頷いた。
「ありがとう。……あれ?君は確か。」
奏さんが何かを言いかけた時、一人の教員が声を掛けてきた。
「美羽!こんなところにいたのか!」
「やばっ、琴ちゃん行こう!」
「あ、待ちなさい!」
奏さんは私の手を引いて走り出した。ひらりと翻る制服のスカート。ふわりと空気を含む絹糸のような綺麗な髪。後ろから教員の呼び止める声が聞こえたが、奏さんはそれを完全無視して走った。
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