第8話 寮長との出会い

「遅い。約束の時間を過ぎてる。」

「ごめんごめん。紋ちゃん。」

「その呼び方はやめてって言っているでしょう。」

「ああ、琴ちゃん。この人が寮長の月守紋つきもり あや。私と同じ学年だよ。私は紋ちゃんって呼んでるよ。前にあーやって呼んだら怒られたんだよね。」

「紋ちゃんも認めていないのだけれど。」

「そうだっけ?まあ、細かいことは気にしないで。」


 扉を開けると腕を組んで待っていたのは、これまた奏さんと同じくらい顔が整っていて、眼鏡で、まっすぐな髪を後ろで一つにくくっている。知的な雰囲気が漂う女性だった。背も奏さんと同じくらいで高めだ。私は彼女に見下ろされるような形になる。思わず小さい体がさらに小さくなる。


「あーほら。紋ちゃんが威圧的だから琴ちゃんが怖がってるじゃん。」

「威圧的じゃないわ。元の背が高いだけよ。」


 月守紋さんは少し屈んで私に視線を合わせた。


「初めまして。寮長の月守紋です。話は奏から聞いているわ。これから寮について案内するわね。」

「あの、日野琴子です。よろしくお願いします。」

「ええ、よろしく。」



 ふっと上がる口角。彼女はとても柔らかい笑みを浮かべた。


「珍しい。紋ちゃんが笑ってる。」

「人を笑わない人間みたいに言わないで頂戴。あと奏。また髪の毛切ったの?まるで男性のようじゃないの。」

「巷では謎の美青年で通ってるからね。せっかくだから噂に近づけようかと思って。」

「はあー…あなたって人は。学校にバレたらどうするの。」

「まあ、何とかなるんじゃない?バレないように努めるけど。というわけで、琴ちゃんのことよろしくね。私はこれで失礼するよ。それでは琴ちゃん。寮でわからないことがあれば紋ちゃんに聞いてね。」


 ひらひらと手をふって寮を後にする奏さん。残された私と月守さん。


「あの、月守寮長…でいいですか?」

「紋でいいわ。苗字、あんまり好きじゃないの。」

「そうですか。では紋寮長とか?」

「呼びにくくない?」

「少し噛みそうです。」

「ふふっ、面白い人。奏を呼ぶみたいに簡単に呼んでくれていいわ。」

「じゃあ紋さん…とか。ああえっと、失礼でしたよね。すみません。」

「構わないわ。さあ行きましょう、案内するわ。」


 紋さんは長い髪を靡かせて歩く。赤い絨毯の女子寮に、紺色の制服がよく映える。そういえば紋さんはさっきの会った花房さんや他の女学生のように大きなリボンとかつけないんだな。ゴムで簡単に括ってあるだけだ。綺麗な方だから似合いそうなのに。


「どうしたのかしら。立ち止まっていては紹介できないわ。」

「すみません、少し考え事を。」

「寮生活で何か心配事でも?」

「いえ、つまらないことなので…。」

「あら、どんなことかしら?」


 興味あり気に聞いてくる紋さん。私は目を泳がしつつ答える。


「えーっと、紋さんはとてもきれいな髪ですが、他の女学生みたいに髪飾りはつけないのかなーと。とても綺麗な方なので…。」

「ああそんなこと。」


 はいそんなことです、すみません。なんて思いながら下を向く。紋さんは、うんと頷いて答えた。


「あんまり華美なものは好きではないの。見た目より大切なのは中身だから。」

「確かにそうですね。」


 ふんふん、と頷いて紋さんをじっと見る。あれ、よく見れば紋さんの制服。綺麗に手入れされてはいるが、少しだけ袖口やスカートの裾が擦れた跡がある。でもこれは最近というよりずっと前からあるような、時間が経っているように見える。この学校に通うってことはそれなりにお金持ちのはずなのに、制服を買い替えたりしないんだ。物を大切にする人なのかな。


「私の顔に何かついているかしら?」

「はっ。すみません。」


 しまった。凝視しすぎた。


「物持ちが良いんですね。」

「え?どうして?」

「いえ、制服の袖口や裾に少しですが擦れた跡が見えたので、手入れはしつつ大切に使用しているのかなって思ったんです。あ、違っていたのならすみません。」

「いいえ…、そう。なるほど。」


 紋さんは驚いた顔をして、それから腕を組んで何かを納得したように頷いた。


「行きましょう。」


 紋さんはちょっとだけ嬉しそうな顔をしていたが、それはどうしてなのか私にはよく分からなかった。


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