第7話 編入初日

「琴ちゃん、準備はいいかい?」

「良くないです!こここ心の準備が!」

「よし、大丈夫そうだね。じゃあ、行こうか。」

「奏さん、今私が言ったこと聞いてましたか?」

「うん、聞いていたよ。あ、遅刻するから急ごうね。寮長怖い人なんだよ。」

「あーちょっと、待ってください!」


 あれからあっという間に女学校への入学手続きをされてしまい、私は『一星女学校』に通うことになったのだが…。

 なんですか!この女学校は。すれ違う生徒たちが、「ごきげんよう」とか私が使ったこともない挨拶をしているし、なんか皆いい匂いがするし、髪綺麗だし、お肌つやつやだし、畑仕事なんてしたこともないんだろうなっていう綺麗な手をしているし。…異世界かな。同じ時代を生きる女子とは思えない。あと、何よりも隣を歩く『美羽奏』が校内中の女子の視線を集めている。彼女には熱い視線、そしてその隣を歩く私には刺さるような視線。視線だけで痛い。


「どうしたの、ほら、背筋伸ばして。」

「……無理です。」


 私より数歩先を歩く奏さん。足をとめて振り返り、私の頬を掴んだ。あ、今日の手は温かい。


「大丈夫だから。」


 ね、と付け加えて笑う奏さん。宝石のような瞳が光に照らされて今日はより一層キラキラして見える。そしてそれと同時に全方位から刺さる視線の矢。


「さあ、行こう。ああ、可愛いお嬢さん方、ごきげんよう。」


 ヒラヒラと手を振りながらすれ違う女生徒に挨拶をしながら進んでいく奏さん。私はその後ろを追いかけることに必死だった。数メートル進んだところで、一人の女生徒が奏さんの目の前で丁寧にお辞儀をした。


「奏様。ごきげんよう。」

「ごきげんよう。君は…。」

「あら、お忘れですか。花房はなふさみやでございますわ。」

「いやいや、ごめんね。君に見とれていてね。うっかり名前が飛んでしまった。」

「まあお上手。そちらの方は?」


 花房みやと名乗った彼女は、奏さんの後ろにいる私に視線を移した。整えられた綺麗な髪と大きなリボンが揺れる。毎日アイロンがかけられているのか、新品同様な制服。花が咲いたような可愛らしい顔立ち、上流階級のお嬢様という言葉が良く似合う。


「ああ、彼女の名前は日野琴子。」

「日野琴子さんね。初めて見るお顔だわ。」

「遠い親戚なんだよ。今日から編入することになっているんだ。」

「まあ、そうでしたのね。親しい中に見えましたので、てっきりその…、エスの関係なのかと思いましたわ。」

「その通りだよ。」

「えっ。」


 花房さんは大きな目をさらに大きくして私を見た。嘘でしょ、と言わんばかりだ。


「本当ですの。」

「うん。」

「そう、ですか。それでは私はこれにて失礼いたしますわ。」

「またね。」


 くるりと踵を返して歩き出す花房さん。数歩歩いたところで立ち止まり振り向いた。彼女の視線の先は奏さんではなく、私だった。


「………。」


 彼女は何も言わなかった。けれど、彼女の視線は明らかに私に敵意を向けていた。鋭い視線で睨まれ、彼女の口元は一文字に結ばれている。


「あ…。」



「さあ、琴ちゃん行こうか。寮はあっちね。」

「奏さん。今…。」

「ん?何?」

「いえ、何でもありません。」


 私が敵を向けられたと感じただけだから、もしかしたら違うのかもしれない。憶測だけで動くべきではない。私は口をつぐんだ。奏さんは首を傾げて、私の数歩先を歩き出した。私は出来るだけ周りを見ないように下を向きながら奏さんの後に続いた。


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