第4話 仕事帰りの誘拐

あれから数日が立った。店では、この前の話なんてなかったかのように皆いつも通り仕事をしているし、普段と変わらず話しかけてくれる。ただ何となく空気が重くて、居心地が悪い。気を使われているような気がするけど、それを口にすることは出来ずにいた。黙って黙々と作業をする日々。いつもあっという間だった時間がとても長く感じる。


「はい、今日の仕事はそこまで。みんなお疲れ様。」

「お疲れ様でした。」


 そうして時間に仕事を終え、何となく重い足取りで帰路を歩いている途中、事件は起こった。


「いましたわ!」

「本当ですわ!」

「確保ですわ!」


 威勢のいい声と共に突如現れた黒色のメイド服に身を包んだ三人組。私が返事をする間も与えず、一人は私の手をとり、一人は私の後ろに回り退路を断ち、もう一人は車のドアを開けた。驚きのあまり口をパクパクさせている私をよそに、三人は手際よく私を車の中に押し込んだ。押し込んだと言っても、私の体が車にぶつからないように丁寧かつ迅速に事を運んでいく。

急に乗せられた車。今まで座ったこともないようなフカフカのシート。それに高級感のある香りがする。私が車に乗ったのを確認すると、私の左右にメイドが座り、最後の一人は運転席の傍に座った。

「さあ、参りましょう。運転手さん、車を出してくださいまし。」


 一人のメイドの掛け声と同時に走り出す車。待って。これってもしかして誘拐では。

 私は身をよじって声を上げた。


「ちょっと、何なんですか!」

「申し遅れました。私、美羽家の使用人のコルリと申します。」

「私はメジロでございます。」

「私はヒバリです。」


 私たち、よく顔が似ていると言われますけれど血は繋がってませんのよ、と声を揃えて笑う三人。えーと、髪の毛が真ん中分けなのがコルリさん、右分けがメジロさん、左分けがヒバリさん…ってそんな場合じゃない。誘拐だとすれば逃げないと。恐怖で血の気が引いていく。頭から背筋にかけてすっと冷たくなっていく私の体。そんな私の顔を覗き込んだコルリさんは、綺麗な営業スマイルを浮かべた。


「ご安心ください。私たちのお屋敷へ案内するだけですわ。」

「お屋敷?」

「はい。お嬢様があなたを気に入ったのです。こんなこと初めてですわ。」

「誰ですかお嬢様って。」

「お嬢様はお嬢様ですわ。」


 お嬢様に会った記憶なんてない。


「人違いじゃないですか。」

「それはありえませんわ。」

「そうですわ。」



 使用人と名乗る三人に乗せられた車は、静かに街中を通り過ぎていく。

 車から下りようと試みたが、体を動かそうとした瞬間両隣に座る使用人が私の左右の手首を掴んで制止する。ちなみに、使用人は涼しい顔をして笑っているが掴まれた手首は折れるんじゃないかってくらい強い力で握られる。思わず顔が歪む。


「あまり手荒なことはしたくありませんの。ねえ?」


 顔は笑顔なんだけど圧力がすごい。観念するしか無さそうだ。っていうか腕が痛い!

私はコクコクと小刻みに頷いた。それと同時に、使用人たちも掴んだ手を離してくれた。

それから車に揺られること三十分くらいだろうか。車は大きな屋敷の前で停車した。




「さあ着きましたわよ。」


 三人にエスコートされる形で車を下りれば、目の前には城か?と思ってしまうくらい大きなお屋敷があった。手入れが行き届いている庭には綺麗な花が咲き誇っている。こんな大きな屋敷に住むような知り合いは思い返しても一人もいない。やっぱり人違いでは…。


「あの、やっぱり人違いだと思うんですけど。私帰ります。」

「それはありません。さあ、お嬢様がお待ちです。行きましょう。」

「わ、ちょっと待ってって。」


 意外と強い力で引っ張られていく私。さっきの車の中でも思ったけど、この使用人たち…可愛い顔をしていながら、かなり力持ちだ。抵抗しようにも完全に両脇から一人ずつ腕を組まれているし、もう一人は逃がすまいと私の後ろで荷物を持っている。


「ささ、参りましょう。」


 有無を言わさずに私は屋敷の門をくぐるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る