第12話

「――!? ビキニちゃんっ、凄いよ! ソラくん、もう見えなくなっちゃった!」

「ああ……驚いたな。とんでもない逸材だ」


 キャプテン・ほのなえちゃんと竜騎士・ヒノ・ハルトさんの驚きに、ナデシコ髪の蟀谷こめかみをポリポリと掻いて、大いに照れるビキニである。

「ぇ、えへへ……」




 ――キャプテンがムーちゃんを操り連れて来てくれたのは、竜宮の水平線に近いライダーズ・スクール。滝のように流れ落ちる壁を眼前に見上げる、小さな島であった。


 竜宮が、かなり広大な空間なのだろう事は、K博士の見立てで解かっていた。

 水平線の終わりで光の壁は予想通り、垂直に高くそびえて遥かに続く。

 滑り落ちる滝の水もこの高さでは、風に砕けて土砂降りの様に水面をけぶらせ遠く広がっている。

 内海を囲う彼方へ左右に別れて白く霞んで、壁から二、三百メートル離れた岩礁の小島にも音と飛沫が、に舞い散り漂っていた。



 ――ライダーズ・スクールの教練は、先ずソラが単体で、光の壁をひたすら登る事から始まった。


 これを繰り返す事で身体は成長し、人を乗せて飛翔できる『騎龍』に仕上がるのだと言う。

 光の壁には天脈と水脈、二つの脈から精気が流れ込むので、脈の子である雛龍は、強く大きく育つらしい。


 最終的にソラは、体の周りに結界を張ってビキニを護り、光の壁を頂上まで登り詰める。更にその先、ゲートの細く伸びる下降水流を遡り、遥か海上の渦から空へ至るまで辿り着ければ、一人前の騎龍として合格だ。


 このとき同時に跨るビキニも、ドラゴン・ライダー……晴れて龍騎士の仲間入り、となる。すげえ。



「――どうです、ソラ? あの壁、登って行けそうですか?」

 教官の竜騎士様の説明を聞いたビキニが、頭の横でのん気にクネクネ踊っていたソラへ、軽く声を掛けた。


「るるるっ!」


 途端にひゅんと風を切り、一直線に壁へ向かって高速飛行したソラが、沸き立つ滝煙りの中へ消えて行く。


「あっ! ビキニちゃん、あそこっ!」


 驚くキャプテンの指し示す先を見ると、そそり立つ壁の中をひときわ明るい輝く光点が、ものすごい勢いで登って行くのが確認できた。


 三百メートル程先の光の壁に、打ち上げ花火の様に長く尾を引くソラの軌跡を、あきれて見上げる三人であった。


「――ソラ……あなたって……お調子者なのですね」




「――る……」

 はるか上空からソラの鳴き声が届いた気がして、うなじを反らすビキニが悲鳴を上げた。

「ひゃっ!」

「る?」


 空から真っ直ぐ落ちてきたソラが、胸の谷間へちゅるんと潜り込んだらしい。うらやま。

「冷たいですよ、ソラっ」

「る?」


「すごいよソラくん! 初めてで、あんなに高い所まで登っちゃったの!?」

 大興奮のキャプテンがビキニの前へ駆け寄って、ワシャワシャと何かやっている。

「る! くる!」


 どうやら胸から顔を出す、ソラの頭を撫でまくっている様だが、ビキニの背中越しから見るとワンパク海賊少年が、お姫様に対して良からぬイタズラをして、困らせている絵面えづらだ。


「あっ、ちょっ、キャプテン……鎧がズレます……」

 竜騎士・ヒノ・ハルトさんも、思わず視線を逸らしてしまう。わかるよ。


「う、ごほん。い、今のひと泳ぎで、かなり成長できたはずだ。こりゃぁ、騎龍に仕上がるのも、あっと言う間かもな!」


「る?」


「よし、ひと休みしたら、もう一本いってみよう!」

「がんばってね! ソラくんっ!」


「る?」


 ライダーズ・スクール登校初日は午前中、光の壁を何度も登って、ビキニの谷間へ落下する……を、繰り返して終了した。



 〇 〇 〇



 ――午後からは『スパ竜宮・本館地下ダンス・スタジオ』に場所を移して、踊りのレッスンだ。


 待ち構える女将・ゴオルドさんは、アップにまとめた栗色の髪と、光沢ブラックの全身タイツ。

 気合のこもった『赤べっ甲』のトンガリ眼鏡に、金のチェーンがしゃらんと光る。

「――アタクシの指導に、ついてこられて?」


 何かが軽く、憑依ひょういしているらしい。


 姿勢を正す生徒のビキニは外套を脱ぎ、なでしこ色の腰巻のみのビキニ鎧だ。

 久し振りに目にした紐ビキニの輝く背中が、独り身の四畳半に、胸をかきむしる程ひどく眩しい。



「ぽこ、ぽこぽこ……」

「るっ、くるる……」


 相変らずポコポコうるさいマンボウ・ペレスは、スタジオ奥の壁に貼られた大きな鏡に体を映し、ソラを引き連れぽこぽこ飛んでいる。


「ぽこ!」

「る!」


 部屋の隅までゆるゆる着くと、キビッ! っと二匹で向きを変え、ふたたびぽこぽこ・くるくると、鏡の前を引き返す……を、繰り返していた。

 コチラでも何かのレッスンが行われているようだ。しらんけど。



「――ワン・トゥ・ワン・トゥ・ワン・トゥ・ワン・トゥ……」

 マンボウとソラの愉快な行進を眺めている内に、かなりアップテンポな手拍子が始まった。

「手足を伸ばして、すぐ戻る! 反対側にも、くるりとターン!」

「はいっ!」

「笑顔よ、ビキニ! ステージの上では常に笑顔! 表情だけではダメ! 指の先まで、笑顔で踊りなさいっ!」

「はい、先生!」

 かなりな熱量、モーレツ指導。


(うわぁ……)


 激しいリズムに容赦のない言葉。それでもあふれる笑顔で体を動かし、必死に食らい付くビキニの根性に、大きく感動した。

 ダンスの切れも、美しさも、とても初心者だとは思えない。

 ぐっと拳を握って応援する俺の視界で、ビキニの体が突然ゆらいだ。


「! っあぁっ……」

 ――どさり。


 足をもつれさせ、たおれるビキニ。

 上体を起こす両腕に、ひもビキニの胸から真珠の汗が、揺れてぽとりと一粒落ちる。


「立ちなさい! 立って踊るのよ、ビキニ!」

「で……でも……」

くじけてしまうのは今じゃない! 人生最後の瞬間に、まとめて挫けて逝けばイイっ!」

「う……う、く……」

「悔いを残して逝きたくなければ、諦めるな! 崖っぷちの今こそが、空へ羽ばたく大チャンスなのよっ!」


 ――『SHUZO-MATSUOKA』っぽい格言まで飛び出した! 熱い、暑いぞ女将!


「飛躍の一歩を躊躇ためらわないで! ステージの前でお客様方が、あなたのダンスを待っているわっ!」

「……は……はい……」


 よろよろと、ダンス・スタジオと言う名の四角いジャングルに立ち上がるビキニ。


「アナタの受難パッションを、あなたの情熱パッションに変えるのよっ!」

「はいっ! 先生っ!」


 熱血女将・ゴオルドさんの、あつい指導が再開される。


「ワン・トゥ・ワン・トゥ……」



「――ぽこ、ぽこぽこ……」

「――くるるるる……」


 ビキニとソラの修業の日々は、こうして熱く始まった。


「ぽこっ!」

「るっ!」

 ――キビッ!



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 今日の俳句。


『むねけば 潜りおどける 春の空』 ビキニ。

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