第13話

 ――ソラがラーダーズ・スクールへ週に二回通い始め、ビキニは女将の熱血ダンス・トレーニングを、毎日二時間うけるようになってから半月ほどが経過した。

 季節は啓蟄を過ぎた仲春。俳句の季語も変わる。



【Status】

【NAME:ビキニよろい】

【JOB:マンボ・ダンサー Lv.9】

【GRACE WEAPONS:大地のひとしずく・白鯨の剛弓】

【ITEMS:ビキニ鎧】

【ITEMS:海賊コート】

【ITEMS:編み上げ冒険スウェードブーツ】

【ITEMS:ナデシコのスマホ】

【ITEMS:はちがねドットcom】

【GRACE ITEMS:ナデシコの腰巻】

【TAME:玄龍 Lv.2】


 今朝の彼女のステータスである。


 マンボ・ダンサーの上げ幅がえげつない。

 さすがは俺自慢のビキニ! さすがは女将・ゴオルドさんだ!

 ビキニを教えるようになってから、女将の肌ツヤも増しているように見える。きっと心の底から熱血キャラをエンジョイしているのだろう。

 困った性癖だ。



 新たに加わった『海賊コート』はキャプテン・ほのなえちゃんとお揃いだ。

 ソラがを果たした時に、彼女が「お祝いに」と贈ってくれた。


「――嬉しい、ですけど……マスターから頂いた外套が……」

 泣ける事をビキニが言う。

「俺の外套は貧弱すぎる。このコートはキャプテンいち推しのプロ装備だよ。これからの冒険に必要だ」


 彼女が旅立つ時に夜食代を犠牲にして渡したは、ステータス画面にも表示されない圧倒的なさだ。

 ビロード光沢は有るが、おそらく薄手の化学繊維。温度調節機能や防水防火など、優れた外的防御力を備える海賊コートに比べて、正直かなり見劣りする。


「そ、そうですね。わたし、これを着ます」


 厚手の黒に金糸が飾るスリムなフォルムは、彼女の白い肌によく似合った。


 なによりも、そう、このコート、とてつもなくカッコイイ!


(よく、あの外套一枚で、冬を越したものだな……)


 ビキニの丈夫な体に、ひたすら感謝だ。



 ――そして驚いたのが、ソラ。


 ヤツはの訓練をひたすら続けた結果、ついに『玄龍』へと進化を遂げた。


 ふだんの外見はとくに変化がない。

 定位置であるビキニの右手中指にくるんと二重で巻きついて、いつもの眠たい顔で「る?」と彼女を見上げる。


 しかし身体を伸ばした最大が、まるで変わっていた。

 長さは悠に三メートルを越える。細長い胴の太さも三、四十センチは有るだろう。

 黒曜石の欠片のように艶のある鱗と、体の割に小さく突き出た四本の脚。あごの後ろ、えらの様のな部分からコウモリに似た薄い翼が、これも小さく景色を透かして羽ばたいていた。

 額の両側に田螺タニシのような可愛いツノが飛び出して、テニスボール程まで拡大したターコイズの瞳は、ぱちぱち濡れて愛くるしい。

「る?」


「いやっほうっ!」幼稚園児のように飛び上がるキャプテン。

「ソラ……こんな……立派に……」

 ビキニは母親ポジで目頭を押さえる。リアクション準備してた? きみたち。


「まさかに成長するとは驚きだ……ビキニ君、これでもうソラに騎乗できるよ」

 竜騎士様が、太鼓判を押す。

「え? ほ、本当ですか」

「そうだよ、ビキニちゃん! ソラくんに乗ってみせてっ!」

「る? る、る?」


 巨大になったソラがビキニの目の前で「乗ってのって」と、くねくね舞い飛ぶ。


「は、はい」

 ビキニは、妖精の翅を広げて浮き上がり「お好きな席へどうぞ、お嬢さん」と、でろんと空中に横たわる三メートル強の背中へ声を掛けた。

「い、いいですか? ソラ」

「る!」


 後ろからソラへ跨ると、小さく出っ張る肩甲骨の前辺りへ腕を回し、胸をギュッと押し当てしがみ付く。うらやま。

「る!」


 教習所では減点対象になりそうなクラッチ操作で、急発進するソラ。

「ひゃっ!」

「るるっ!」

 そのままグングン天空へと駆け登る。


「ソラっ? ソ、ラ……ソ~ラ~ッ!!」

「るるるる・るっ!!」


 嬉しくてたまらないソラは減速しない。

 悲鳴を上げるビキニの視点から振り返ると、竜騎士様とキャプテンが見上げる岩礁の小島は、あっと言う間に薄雲に消えた。




 ――そして今日は、ソラがビキニを背中へ乗せて、光の壁登り訓練を始める初日だ。


 海賊コートが似合う細い背中に撫子色を豊かに流し、白い短弓をフル装備する緊張のビキニ。

 ライダーズ・スクールの岩礁から離れ、壁を見上げる滝つぼの手前で、竜騎士様の跨るカピバラ・えっくすと、頭にキャプテンを乗せたムーちゃんに挟まれ、ソラの背中に身を引き締める。


「――まず少ない事なんだが、稀にゲートの渦に巻き込まれた漂流物や魚が海底まで届き、滝を落ちてくる事が有るんだ」

 竜騎士・ヒノ・ハルトさんが怖い事を云い出した。

「避け切れないようなら……撃って軌道を反らすか、破壊しろ」

「え? で、できなかったら?」

 ピクリと少し、眉が動く。

「――騎龍の結界に守られているから、身体が傷つくことは無いだろうが……衝撃に、備えろ」

「は……はぃ……」


 ――不安。


「ボク、顔にタコが当たったことあるよ! あははっ」

 キャプテン衝撃の告白!

「えええっ!?」

「首が飛んだり、気絶したりはしなかったけど、鼻血がひどくてさぁ!」

 可愛い笑顔で腕白ワンパクを言う。

「うあぁ……」

「まぁ……ごくにだ。めったに有る事じゃない」

「は……はぁ」



「――じゃぁ行ってみようか! まずは壁の環境に馴染む事が大切だ。無理して登らなくてイイ」

「はい!」

 真面目なビキニは教科書通りの騎乗。

「ソラくん、ゆっくり侵入してね」

 キャプテンが、お調子者のソラへ釘を刺す。

「る?」


 すうぅ……と、ていねいに進んだソラが壁へ向かって速度を上げた。

 結構な向かい風が有る様だが、ビキニのナデシコ髪はなびかない。上空で砕け落ちる大雨の滝つぼに近づいても、彼女の周りでことごとく弾け、後方へと流れて行った。

 ソラとビキニの体を包む、薄いベールのようなモノがコーティングされているのだろう。


(これが『ソラの結界』か……雨粒程度なら、当たる感触も無いようだ)


 一度光の手前で停止したソラが、ゆっくりと侵入を開始した。


 ビキニにとっては初めて直に、脈と接触する事になる。


 ソラも慎重になっているようだ。


(はたして、タコほどのが、どれほど衝撃を与えてくるか……)


 ソラの円錐形の頭が入り……羽、首、肩、そして跨るビキニの体が少しずつ光の中へ消えて行く……。


『――〽 ないん、やで~』


 俺のスマホに設定した『月亭可朝』が、メールの受信をお知らせした!


 だれだ! この緊張の瞬間に、腰を砕く馬鹿者はッ!




 壁の中は以外に静かだった……と、いうか無音。


 どうどうと砕け落ちていた滝つぼの豪雨も、光の空間へ入った途端、ウソのようにピタリと止んだ。


 ムーちゃんと潜った暗黒の深海を思い出したが、コチラは真逆の光の静寂。

 ソラが今、飛行しているのか空中に留まっているのかすら判別できない。

 激しい下降水流に囲まれている筈だが、結界のおかげで何も感じず、景色の無い光の中でソラに跨りぽつんと一人だ。


「――これが……脈の中……ですか」

「ああ……なにも無い……」


 キョロキョロと周りを見回したり天を見上げたりしながら、十数分の孤独を過ごした。




「――おかえり、ビキニちゃん! どうだった?」


 どうやらソラは侵入した後その場に留まり、背中のビキニを気遣っていたようだ。

 いつもは無鉄砲な奴だが、ちゃんと分別は付くらしい。成長した。

 壁から抜け出ると目の前に、ほっとした表情のキャプテンが待ち構えていた。


「――タコ、落ちてこなかった? あははっ」

 ムーちゃんの頭からキャプテンが聞く。

「うふふっ、何事もなかったですよ。とても静かでした」

「――あれ? ビキニちゃん……髪……」

「え?」


 言われてビキニの髪を見ると、撫子のキューティクルをモゾモゾかき分け、なにかがぴょこんと顔を出した。

「――おっ? お土産か?」竜騎士様が驚く。


「あ、この子『竜魚』だよ! ペレス団長の仲間!」

「えっ!?」


 ビキニの髪から飛び出したのは、女将・ゴオルドさんが頭上に引き連れる、マンボウ・ペレス・楽団長の仲間。


 ――ちいさな小さな、金魚だった。



 〇 〇 〇



「ぽこぽこぽこ……」

「る、くるる……」

「ぽ、ぽ、ぽ……」


 ――二メートルの巨大マンボウが鏡に全身を映し、二十センチのソラと、三センチほどの紅白金魚を引き連れ、ぽこぽこ飛ぶ。


 女将の熱血指導を受け、汗が眩しいビキニの背中越しに、俺は鏡の前をはしから端へ横切る三匹を、ポケ~ッと口を開けて見呆けていた。



 ソラにくっ付き懸命に飛ぶ小さな金魚は、背びれが無い。

 丸く膨らむポッコリ体形。


「――これは……『蘭鋳らんちゅう』かな?」

「らんちゅう! かわいいです!」


 どうやら光の壁の中で『竜魚』と呼ばれる不思議生物をテイムしてしまったらしいビキニは、俺の金魚知識に大喜びだった。


 さっそく今朝から女将の真似をして、らんちゅうを引き連れダンスレッスンを開始した。


 ――そんな彼女の可愛い張り切りにも、俺の心は夕べから、ポケっとマヌケに呆けっぱなしだ。



 ビキニが脈へ入った時に、スマホへ届いた一通のメール。


 それは彼女の『過去』に、関わるものだった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 教習所の俳句。


『マント脱ぎ 冒険の肩 まろび出て』 ビキニ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る