第11話

「――好きに使ってくれていいからね」


 キャプテンが案内してくれたのは、キッチン、バス、トイレ、リビングに加えて和室が二間ふたま

 我が『大・四畳半』とは比べようもない豪華さだ。

 窓からは竜宮の賑やかな港町の向こうに真っ青に輝く大海原が、壁を滑り落ちる滝で煙り霞んだ水平線を、彼方に囲まれ続いている。


「る!」


 ビキニの指で眠っていたソラが、シュルンと景色に飛びついた。

 恐怖の連続だった深海にも、楽団の過激な持て成しにも、疲れていたのか大人しく無反応だったが、こういう勘どころは呆れるほど鋭い。

 楽しそうな事には全参加だ。


「うわぁ! 本当に、ここに泊っていいんですか?」

「一人で住むには広すぎるからね。ボクも嬉しいよ」

 はしゃぐビキニに爽やかな笑顔。さすがあのイケメン竜騎士の弟子である。


「晩ご飯にはまだ早いから、先にお風呂へ行こうか? 疲れたでしょ」

「る?」

「はい。さっきは変な汗かいちゃった……うふっ」


(……まて……? ちょっと、まてビキニ)


「ここの露天風呂は広いよ~」

「わぁっ、たのしみです!」

「る!!」


(いや、待てビキニ! まさかキャプテンも一緒に温泉へ行くつもりかッ!?)


 それは、いろいろ……かなり、まずい。


 ――ごつ。缶コーヒーちゃぶ台に倒した。

 ぞ、ぞ、ぞうきんはどこだ。いやそれどころではない。


(どどどど、どうしよう……へへへ、部屋から出るか……そうだ。にげよう。そうしよう)


 自覚する程うろたえる俺に、ビキニが振り返る。


「マスター、今日の冒険はここまでです。お疲れさまでした~」

 ――にこり。


「え? あ……ああ、お、お……」

「る?」


 ――ぽ~ん。


 画面に『はじ・おせ』のロゴが浮かび、ゲームは終了された。


(……だよね)


 何とない寂しさが訪れる俺の耳に、ふいに背後から人の気配が届く。


「ちっ!」


 振り返ると、いつの間に部屋へ侵入していたのか、天才物理学者『ドクター・K』ことK博士が、腕組みの苦い顔で俺を見下ろし、睨みつけていた。




「こんなコーヒー臭い部屋では話もできん。メシに行くぞ、たまえ」

 と、クルリと玄関へ向かう。

「さっさとしろ、このヘタレがっ」


 勝手に部屋へ入ってきてゲームを覗き見し、挙句この理不尽。


(天才ってのは……まったく)


 社の接待費で落とせるだろうか? どうですか? 小濱編集長あらため真田編集長。



 〇 〇 〇



 正月にミスター・エムケイと食べた町中華へ博士を案内した。やはり餃子とチャーハンを注文する。


「――まったく君のヘタレ具合には呆れてモノも言えん! あそこは何とか言いくるめて、最後まで食らい付く場面だろう!?」

「はぁ」博士はご立腹だ。理不尽。

「異空間を繋ぐ相互通信が可能になったと聞いて駆けつけてみれば、このざまか、ヘタレめ! 君はあの画期的機能を、まったく活用できていないっ!」

「はぁ。すみません……」

「おいきみ、唐揚げも頼みたまえ。今は食べたい気分なんだ」

「はぁ……おじさん、から揚げ追加」

「あいよっ!」

「まったく! あ、チャーハンにはレンゲではなく、普通のスプーンを付けたまえよ。食べ辛くてかなわんからなっ!」

「はぁ……おじさん、聞こえた?」

「あいよ!」

「まったくっ! コレだから巨乳信者の引きこもりはっ!」

 自慢の髭をピンとはじく。


 なんだろう……理不尽。




「――脈……というのは面白いな、ふむもぐ。あの壁を抜けた途端、がらりと世界が変わった、もぐもぐ。興味深い」

 カレースプーンでチャーハンをかき込むK博士。この方こんなに、エネルギッシュだったのか。

「そうですね。あの光っていた所が境界だったのでしょうか? 解放感が凄かった」

「あの景色の変化は、もぐもぐ、海底から抜け出せたから……だけでは無いと思うぞ」

 餃子に箸を伸ばす。

「と、言いますと?」

「縮尺が、変わっただろう?」

「縮尺ですか?」


 博士が言うにはあの壁を越えた瞬間、ビキニたちの体は、ギュッと小さく縮んだらしい。

 机から出て来たお友だちの、未来道具『ガリバー・なんとやら』みたいなものか。


「深海と云っても、深さはせいぜい三、四千メートル。あれは巨大な構造物だったが、それでも直径、二、三百メートル程度のものだ」


 東京ドームの直径がおよそ二百メートル強。それと同じか、少し大きいくらい。

 なるほど、竜宮へ近付いている時は暗黒を照らす明るさに圧倒されて気付かなかったが、そんなものかも知れない。

 ムーちゃんはアレの周りを、グルグル降下していったのだ。


「そんな建物の中に、水平線まで見える海が入るかね? 街が栄える程の豊かな島があると思うか?」

「おおっ! そういえば!」

「巨乳信者は、視野が狭い」

 涼し気にサクリと餃子を、髭へ押し込む。


 俺は断じて信者でないが、返す言葉が見付からない。



「――あいよ唐揚げ」

 しゅわしゅわと衣が鳴る、揚げたてが届いた。

「おう来たか。君はレモンを絞る派かネ?」


 まずい! ここで選択を誤れば博士の機嫌を、また損ねてしまう。


「あ、お、俺はから、博士のご自由で、どうぞ」

「お、そうかね? では遠慮なく」


 ギュッと絞る、K博士。


(くそう、しくじった)


 じつは俺も絞る派。素直に言っとけば、食べられた!


「縮小した分、はっはふ、質量は増える。高圧……ふっ熱ッ……の海底に存在できるの、はふはふ、脈の力のおかげだな」

「な、なるほどォ……」

 揚げたてをモノともしない食欲を見せる博士。どうやら興奮しているらしい。天才って……。


「――私が思うに、あの場所では天候の変化もあるはずだ。もぐもぐ。かなり広大な空間のようだ」

「そういえば雲が浮かんでましたね……夜はどうなるのでしょう? あの壁は光りっぱなしの、ままでしょうか?」


「あっ! その辺りも見たかったのに、君の不甲斐ふがいなさの所為せいで台無しだ! なぜ何食わぬ顔で露天風呂に付いて行き、暮れゆく空を見上げようとしなかった! このヘタレめっ!!」


 やべぇ、再燃させてしまった。



「ふむ! とりあえず、あの『竜宮』とか云う場所は、だと思ってもいい。そういった場所を繋げる力が、脈には有るのだろう」


「そ! それじゃぁ!?」


「ああ。はむっ、ふむ、もぐもぐ……宇宙を移動するカギも……『脈』に有るのかも知れない」


(ビキニっ!)脳裏が白くなる。


 ――希望が……みえたよ。



 〇 〇 〇



 翌朝、宿の通用口でサッパリ笑顔のナデシコ髪が、ゲームをポーンと再開させた。


「おはようございます! マスター」


 昨夜は楽しい温泉宿を、十分満喫したようだ。

 ソラも心なし艶々と輝きを増して、彼女の頭上をクネクネと舞う。


「今日はキャプテンが、ライダーズ・スクールへ連れて行ってくれます!」

「る!」


「あ、あのさ、ビキニ!」


 俺はK博士が立てた仮説を、一刻も早くビキニに伝えたい。


「わたし、この旅館で働かせてもらえることになりましたっ!」

「き、きのう……え?」

「ディーナーショーの時に、女将さんにスカウトされたのです!!」


「え? ぇえっ!!」


 とんでもない話が飛び込んだ。


 彼女の説明によると、キャプテンと共にした夕食の時『マンボウ・ペレス楽団』のショーが始まると、ビキニは踊りながら迫り寄る女将・ゴオルドさんに手を取られ、舞台中央で云われるがまま、マンボダンスを披露したという。


 どうやら女将は彼女のビキニ鎧に、初めから目を付けていたらしい。


「マスターのくれた装備のおかげで、新しい道が開けました!」


 屈託のない、可愛い笑顔。


「び、びきに? 今『ステータス』って見れる?」

「はいっ!」


 つらつらと画面に流れる、半透明の文字列。


 【JOB:マンボ・ダンサー Lv.1】の一行が、新たに加わっていた。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 本日の一句。


『友と職 たまわる宵の カーニバル』 ビキニ。


 ※季語は、なんとカーニバル(謝肉祭)。こんなのもアリです。俳句ってスゴイ!

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