第9話
「――だから何度も言ってるでしょう? 師匠は自分で思っているより、ずっとモテるんですってばっ! 油断しないで下さい!」
「な、な、なにをバカな事をキャプテン! お、俺の相棒カピバラ・えっくすは産まれてこのかた……め、メスに求愛された
腰に手をやり、ちっちゃな腕でビシリと詰問するほのなえちゃんを頭に立たせ、悠然と大海原を進むムーちゃん。
その細長い顔の高さにゆっくり並び、ふとい図体の割にカモメのような美しい翼をパタパタ伸ばすカピバラと、鞍上で圧されぎみに上体を逸らし、冷や汗ダラダラのイケメン竜騎士。
「いい加減その『俺とカピバラ・えっくすは一心同体』っていう、おかしな自己満足を改めて欲しいんですケド! それに、なんで自慢げなんですかっ!? だいたいカピバラ型の
「ぴきっ!」
「る?」
キャプテン・ほのなえちゃんにガンガンまくし立てられる竜騎士・ヒノ・ハルトさんのオロオロっぷりを、ムーちゃんの頭に座り、こちらもオロオロと心配するビキニ。わかるよ、うん。
「――あ! あ、あのぉ……お、お届け物も渡せたし……わたし、竜宮へ行く必要なくなっちゃった……えへへっ」
『てへぺろ』っぽい事を言って、なんとか話題を逸らせようと試みる……わかるよ。
「――あっ! そうだった、ビキニちゃん」
お、キャプテンが乗ってきてくれた?
「……って呼んでイイかな? せっかく知り合ったんだから、しばらく竜宮に滞在していってよ」
海賊の三角帽子をひょいと傾げて、振り返るほのなえちゃんが明るく言う。
「ボクが色々、案内してあげる。今回の騒動のお詫びさ!」
「え? で、でも……」
「ボクは『スパ・竜宮』の送迎もやっているから、部屋をもらっているんだ。そこに泊って!」
「え、え? すぱ?」
まさか、また、しょうこりもなく温泉エピソードなのか!?
……少し、うれしい。
海面近くまでカピバラで落ち込み、項垂れる飛翔をしていたヒノ・ハルトさんも、ビキニの眼前へむくむく浮上してきた。
「おう、それはいいな……この雛龍は、なかなかセンスが有りそうだから『ライダーズ・スクール』へ通って『騎竜』に仕上げる事を勧めるよ!」
「――騎竜!?」
「る?」
(な、なんだそれ!? ビキニが『ドラゴン・ライダー』になるのか!?)
「――俺が、指導してやるぜ?」
ニカリと白い歯を見せる、竜騎士様である。
〇 〇 〇
「――アレが竜宮の入り口! 『ゲート』だよ」
少年のような冒険心あふれる声が、ウキウキと水平線を指し示す。
「げーと……」
見ると水平線の手前、春の午後に暗く輝く海面に、さらに眩しい白い帯が寄り集まって、ひとつに
(うず潮だっ!)
世界三大潮流のひとつ『鳴門海峡の渦潮』は、瀬戸内海と紀伊水道の干満差で現れる。
大潮の時には最大直径30メートルにもなるらしいが、あれはそれよりも巨大に見えるぞ。まだかなり距離が有るというのに、あきらかに大きく渦巻いて海面を白濁する潮流をごうごう飲み込んでいる様子がうかがえる。
大体こんな大海原のど真ん中で、渦が出来るほど海流がぶつかり合うなんて。
海の底に穴でも開いているんじゃないか?
「――竜宮は『水脈』が集まってるからな。あの美人巫女の『マ猫』さんが住むお社で『地脈の
よく日に灼けたイケメンがビキニの隣りへ並び飛び、爽やか笑顔でイケボ解説。そういうとこだぞヒノ・ハルトさん。俺のビキニに、あまり近づかないで欲しい。
「そういった脈どうし繋がる場所があってな。あの渦は海面で『天脈』と『水脈』が繋がっているんだ」
遠くに大きく唸りを上げる巨大渦潮は、水脈のへそのようなモノだという。
(この惑星は、まるでひとつの生命体だな……)
そんな感想を強く抱いた。
「――あの中へ飛びこむのは訓練された騎竜とパイロットじゃないと危険なんだ。その点、ボクのムーちゃんはお腹に袋が有るからね! お客を安全に竜宮へ運んであげられるのさ!」
成程そういう理由で『バス』なのか。
相棒を自慢するキャプテン・ほのなえちゃんが嬉しそうで、なんともほほ笑ましい。
「ビキニちゃん、そろそろムーちゃんのお腹へ移動して!」
ムーちゃんの『育児嚢』へ、滑り込むようストンと降り立ったビキニの視線で辺りを見渡す。
部屋の壁は体を覆う金属板のような皮膚の延長らしい。生き物っぽい
驚いた事に外側はガラスみたいに透き通っていて、海の中のようすが水中眼鏡越しの景色の様に、クッキリ眼前に広がり見渡せる。
大きな金魚鉢の中に入れられて、海を漂っている気分だ。
海面からは2~3メートル程だろうか? 周りはまだ十分明るく、少し先を小魚の群れがチカチカと陽の光を透かして反射しながら通り過ぎ、更にその先では、うず潮の真下から細く伸びた水泡の帯が、暗く冷たくなってゆく海底へ向かい、生き物のように深くふかく潜って行く。
――どこまでも深い暗い海。
こごもる音の、静寂。
銅板の皮膚の向こうからは、ざわり、ざわりと、ムーちゃんの血流が部屋全体を包んで響く。
(これから、あの真っ暗な深海へ降りていくのか……)
こころなしかビキニも緊張している風に両手を胸に、渦の沈みゆく暗闇を見つめていた。
「――ビキニちゃん、今から潮に乗るよ!」
ムーちゃんの頭上にしがみ付き、ゲートへのアタックを試みるキャプテンの声が、壁伝いに部屋へ届く。
「少し、揺れるかも!」
「――マスター……」
「――だいじょうぶだ、ビキニ……キャプテンを信じよう」
「……はい」
「ボクはムーちゃんの結界に包まれるから、しばらく話が出来なくなる」
キャプテン・ほのなえちゃんが明るく言う。
「少し一人にしちゃうから心細いかも知れないケド、心配しないでね!」
「分かりました! よろしくお願いします」
「らじゃー! また後でねっ!」
「はいっ、お気を付けて!」
横方向へ軽く傾いてからビキニを乗せるムーちゃんの育児嚢は、渦の中心を斜め前方へ見て、ゆっくり円周状に進入を開始した。
〇 〇 〇
水脈の『へそ』である竜宮のゲートへ突入してから30分は経っただろう。
直後に聞こえていたゴウゴウという海流の泡立つ音も、今はすっかり聞こえなくなり、辺りは闇の静けさに囲まれていた。
ムーちゃんの身体がわずかに発光しているらしく、ぼうっと燐光のようなクリームソーダ色の光が、外を見続けるビキニの華奢な背中だけを、壁から聞こえる脈動の音に合わせて、ざわり、ざわりと照らしている。
おそらく外は激しい下降海流に晒されているだろう。しかし今この部屋は、揺れる事もない闇の中、静かに何も感じ取れない。
まるでビキニが暗黒の夜空にただ一人、ぽつんと小さく立ち浮かんでいる様だ。
「――海の中は真っ暗なんですね? マスター」
「あぁ……宇宙ってところも、きっとこんな感じなんだろうな……」
――ミスター・エムケイがくれたスマホは、なんと深海からでも通話が届くらしい。
通常スマホの電波は、水中数センチで消失するはずだ。何という高性能!
「……懐かしい……気がします」
「そうなの?」
胎内記憶というヤツかな?
――ざわり、ざわり……。
「――ずっと……ずっと、ひとりでした……」
「……ビキニ……?」
「あっ!」
暗黒の潜水を続けるムーちゃんの育児嚢から、はるか遠く海底に、かすかに光る星のような光を見つけビキニが叫ぶ。
「あれが、竜宮!」
霞んで見えた光の粒は、徐々に輝きを増して大きくなり、まるで
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
竜騎士様の俳句。
『もておとこ
※季語は細螺。おはじきにされる事は無いと思いますが、女性には十分お気を付けて。
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