第8話

 ――どむっ!!


 キャプテン・ほのなえちゃんの撃つ水弾丸ウォーターバレットが、広く海面に轟いた。


「――ソラ君が粗方始末してくれて助かっているが、今日の群れはチョットしつこいね!」

「私の方も矢が、そろそろ尽きてしまいますよ!?」


 右舷に睨みを利かせて、ビキニが応じる。

 ダツの大群が住む海域に入り戦闘になってから、すでに小一時間は経過しそうだ。


 ソラが上空から、あちらこちらへ迎撃の火球を放っている海上。

 立ち泳ぎで進んで行くムーちゃんは、相変らず何も考えて無さそうな長い顔で涼しげだが、その上で背中合わせに休めない二人は、さすがに少々息が荒い。


「もうそろそろ群れから逃げ出せても良い頃なんだけど?」

「ソラの援護も完璧じゃないから、気が抜けないですね」


 ダツの襲来は戦闘開始早々が最もピークだったらしく、今ではかなり落ち着いてきた。

 それでも上空を監視するソラの目を掻いくぐった鋭い個体が、金色に輝くムーちゃんの体を傷つける様、時折り海面を割って飛翔するので警戒は怠れない。


 いくらなんでも戦闘が長すぎる。一体どれほどの大群がこの海域に存在するというのか。

 このまま迎撃が長引き、消耗戦になってしまう事態は避けたい。

 ビキニの矢筒には残り四本。ほのなえちゃんの撃つ水弾丸にも、限界があるだろう。


「こんなに長い襲撃はボクも初めてだよ……今日のダツ達は、ずいぶん興奮しているみたいだ」

「そうなのですか?」


 ベテランっぽいキャプテンの少し弱気な発言に、ビキニが振り返った時。


「おお~い! 大丈夫か~!?」


 春の海原から、かすかに遠く声が届く。


「キャプテ~ン、無事か~!?」

「ええっ! し、ししょお~ぉ!?」


「「! 師匠!?」」

 ほのなえちゃんの可愛く裏返るボーイソプラノに、俺とビキニの声が重なる。




「――おおっ!? 火球を撃つ雛龍じゃないか! すごいな、キャプテンっ!」


 大きく手を振りながら海上を飛来しムーちゃんに接近した男が、上空でダツを狙い続けるソラを見上げ、感嘆の声を上げる。

「師匠、どうして此処へ?」

「おう! 竜宮の水脈が異常を知らせたモノだからな。スクランブルだ!」


 どうやら彼は、図体の割に小さな海鳥の翼を肩にのばした、アザラシのようにもカバのようにも見えるオレンジ色の動物に跨り、沖の水平線を越えて竜宮からやって来たらしい。


「なるほどなァ! ダツの異常行動はが原因かぁ」


 海上の日差しを受けて白銀に輝く金属鎧で全身を覆い、よく陽に灼けた精悍な顔立ちと短く刈り上げた黒い短髪。健康そうに明るく笑う、真っ白な歯。

 船長キャプテン・ほのなえちゃんの『師匠』という事は、この人がバレンタインチョコのお届け先である『竜騎士様』なのか?


 確かに美人巫女の『マ猫さん』が「はうはう」言って惚れそうな美丈夫イケメンだ。


「狙いも正確で威力も申し分ないが……あの攻撃はダメだなぁ」


 ムーちゃんの周りをのんびりグルグル飛びながら、ソラを見上げ苦笑う竜騎士さんだが、突然、輝く鎧をめがけ飛んできた一匹のダツを、「すぱん」と、背負った太刀で抜き打って見せた。


(すげっ!)


 何でもない涼しい顔で太刀を納め、ソラの迎撃をニヤニヤ見続けている。


(マ猫さんの言う通り、この人カッコいいぞ……カッコイイんだが……)


 ――竜騎士と言う位だから当然ドラゴンに跨っていそうなものだが、あの小さな羽を生やしたオレンジ色の動物は、まるで……。


「おい『カピバラ・えっくす』よ。あの雛に少し教えてやれ?」

 竜騎士様が、跨る動物の頭をポンポン叩いた。

「ぷき」


(そうそう、カピバラっ!)


「ぷ、うぷっ! ぷぎ~っ!!」

「る?」


 『カピバラ・えっくす』と呼ばれた獣が、ソラに向かって何かを叫ぶ。


「ぷぎっぷ! ぷきぃっ!」

「くるる!」

 これは、会話なのか?


 ――しゅるっ!


 風を切って海面近くへ降りてきたソラが、何を思ったか、水平線へ向け火球を撃ち出した。かなり大きい。


 ――ぼひゅ!


 それは、さっきまでダツを狙い撃っていた弾丸のようなモノではなく、ゆっくり海面を這うように飛ぶ、巨大、かつ明るい火球だった。


「る?」

「ぷぎ!」


 見ると驚いた事にダツの群れが、海の向こうへ飛んで行く火球を追いかけ、じゃぶんジャブンと移動しているではないか。


「あっ、そうか!!」

「え?」

 俺の叫ぶ声に、ビキニが反応する。

「なんです? マスター」


「――ソラが火球を撒いて迎撃してしまうと逆に、光に集まる習性のダツは、どんどん寄って来てしまうんだ!」


「ああ! そういえば!」


 ビキニも、その盲点に気が付いたらしい。


「る!」


 ひゅるん!


 ソラが沖へ向かう火球を追いかけ、海面を高速で飛ぶ。


 ――ぼっ!


 追加の火球を、前方へ撃ち出した。


 そんな事を繰り返しながら、ぐんぐん沖へ離れて行くソラ。

 五十センチほどに伸びた細長い体は、あっと言う間に見えなくなった。

 ただ水平線近くまで届いた火球が、ドンドン明るさを増していく。


 ――そして。


 ぱあっと、海全体が眩むほどの輝きを見せた後、マッシュルームの様な白い雲が、暗い海面に、もくもく大きく立ち上がった。


 十秒ほど遅れ、低い唸りが聞こえてくる。


 ……ず・ごごごご……。


 ソラが、集めた火球を一気に爆発させたらしい。


「――お見事」

「ぷきっ」


 アレほどいたダツの群れが消え去り、静かになった春の海原にプカプカと浮かぶ竜騎士様とカピバラ・えっくすが、満足そうに微笑んだ。


 俺とビキニも、キャプテン・ほのなえちゃんも、細長いムーちゃんの頭の上から、立ち上る水柱を呆然と見つめている。


「――るるるる ♪ くるっ!」


 ――歌う様なソラのご機嫌な声が海の向こうから、小高い丘のように盛り上がる波を引き連れ、飛んで帰って来た。




「――すみません師匠っ、ボクは気付きませんでした!」

「なに、これも経験だ。気にするな、キャプテン」

 素直に未熟を謝るほのなえちゃんに、竜騎士様は爽やかな笑顔で応える。

「何故、ダツの迎撃に水弾丸ウォーターバレットを使うのか、よく分かっただろ?」

「はいっ!」


(――好い、師弟関係だな)


「――ソラもカピバラさんに、ちゃんとお礼を言いなさいネ?」


 撫子の髪の周りで「褒めて、ほめて!」と、しつこく纏わり付くソラへ、ビキニがやんわりと釘を刺した。

「る?」

 ソラは、しゅるんと竜騎士さんの跨るカピバラ・えっくすの元へ飛び、その大きな顔の前で、くねりくねりと踊ってみせる。


「くるる?」

「ぷき」


 どうやらコチラでも、ささやかな師弟の会話が成されているようだ。



「この雛龍は、お嬢さんの相棒かい?」

「はい! ダツの攻撃方法を教えて頂き、有難うございました」

 ムーちゃんの頭上から、ペコリと礼を言うビキニへ片手を上げ、さらなる爽やかな笑顔を向ける竜騎士さん。

 少し焦る。


「ちょっとアドバイスしただけで完璧な仕事をこなしたね! かしこい子だ」

「あ……ありがとう、ございます」

「る?」


 ――焦る。


「俺は竜宮で竜騎士を務めている『ヒノ・ハルト』だ。よろしくな」


 ――名前もカッコいい。


「び、ビキニよろいです……この子はソラ……」

「くる」


 ――内心穏やか、では、ない。



「ビキニ君とソラ君か……竜宮へ行くのは、その子ののため?」

 竜騎士ヒノ・ハルトさんが見上げる。修業?


「いえ? アナタにお届け物です」

「俺に?」


 ビキニはナップサックから、『猫のお菓子屋さん』で受け取った水玉模様の紙袋を取り出す。


「――地脈の巫女様の『ヤ・マ猫』様から『バレンタイン・チョコ』を、お預かりしてます!」

「ぅええっ!! あのさんがっ!?」


 イケてる顔で仰天する、ヒノ・ハルトさん。


「そ、そ、そ! な! ま、ま、マジかっ!?」


 日焼けした精悍な顔を真っ赤に染め上げる彼をジト目に、ほのなえちゃんが低いボーイソプラノでボソリと呆れる。


「――なに嬉しそうに、してるんですか? 師匠」

「だ、だ、だって、あの美人だぞ!」


(おや? キャプテンも、内心穏やかでない?)


「――嬉しいに決まってるじゃないか!」

「お手紙も入ってますよ?」

「る?」


 ふらふらとビキニの元まで浮かび上がったカピバラに跨り、紙袋を受け取る竜騎士。


「そ、そうか。あ、ありがとう」


 ほのなえちゃんが、低くつぶやく。



「――奥さんに言いつけてやる」


「えっ! それはチョット待ってくれ、キャプテンっ!!」


(――結婚してるんか~いっ!!)



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 大冒険の後の俳句。


『盛り上げて そして流れる チャルメル草』 (――合掌)ビキニ。

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