第7話
――『
「危険な海の冒険に出掛ける心構えは、出来ているのかい? お嬢さん」
ゆるゆると頭を下ろすタツノオトシゴから「とうっ!」と船着き場へ飛び降りると、ビキニの巨乳の背丈から見上げ手を伸ばし、彼女の細いあごをクイっと指先で持ち下げる。
ビキニの言う通りだ。妙に仕草が可愛らしい。
「――私、バスの旅は初めてなんですが、どんな危険が待っていますか?」
ビキニは少し前かがみになり、視線を合わせて質問だ。
「やっぱり海の中が、一番危ないのでしょうか?」
「なァに、『海中ゲート』へ潜る時はボクと、相棒の『ムーちゃん』に任せてくれれば問題ないゼ!」
小さな親指を大きく立てて、背後に控えた黄土色の巨大タツノオトシゴをグイッと指す。
「……ゲート海上までの航海中が、一番危ないかな。『ダツ』の群れがいる海域を進んで行くんだ」
「だつ……? ですか?」
「危険生物だゾ!」
――ダツという魚の危険性は、俺も自分の世界で耳にした事が有る。
確かサンマによく似ているが、さらにカラダは細長く、牙を並べた鋭い
光に突進する習性を持ち、海中ではライトを点けたダイバーが襲われ、船では釣り客などが、トビウオの様に飛んで来る尖ったあごに貫かれ、最悪、失明や命を落とすという事故が、度々報告されると聞く。
大きなもので一メートルを超える、そんな槍のように鋭利な魚が海面をジャンプし、光る物体をめがけて飛んでくるのだ。
ビキニの美しい藤色の瞳や、豊かにあらわになった白い肌など、絶好の標的。なんて恐ろしい!
「君は弓を持参しているけど、腕前に自信は?」
キャプテン・ほのなえちゃんが、ダツの群れは巨大タツノオトシゴ『ムーちゃん』の、黄金色に反射する金属板のような体に引き寄せられて、海中から次々飛翔して来ると言う。
「ボクが
(一見ゴー☆ジャスなコスプレ海賊王に見えるが、ちゃんと危険な事は隠さず説明してくれる、ベテラン船乗りのようだ……)
俺の不安が、少し和らぐ。
「――私は昨年の冬に妖精の里で、わはははバットの群れを退治しました」
ビキニは、ヤ・マ猫様の計らいで地脈の恩寵が付加された『大地のひとしずく・白鯨の剛弓』を背から抜き取り、誇らしげにそれを見せ付けた。
「この弓とソラが居れば、自分の身は自分で守れる筈です!」
「? そら?」疑問を口にするキャプテン。
「はいっ!」
「くるるっ!」
しゅるんとソラが、ビキニの指を離れ、波止場の上空へと飛び上がる。
「えっ! 雛龍っ!?」
「私のソラです! うふふっ、わたしの相棒ですよ!」
「くるっ!」
そのまま天を登り、ムーちゃんの細長く伸びた鼻先で、くねくねと愉快に踊り出すソラ。
きっと、挨拶をしているのだろう。
驚きのあまり少年の様な目と口を、ぽかんと丸く開けて呆ける、キャプテン・ほのなえちゃんであった。
「――驚いたな。まさかこんな可愛らしいお嬢さんが、雛龍のテイマーだったとはね!」
ざざん、と波を切りながら、首から上を海面に立てて泳ぐムーちゃんのツノの間で、前に跨るキャプテンが振り返った。
少年の様に可愛い彼女に容姿を褒められ、耳を赤く照れてしまうビキニ。
「こりゃあ竜宮にいる『師匠』にも是非、会って貰わないと。きっと喜ぶゾ!」
「ししょう、ですか?」
バスの運転手だろうか?
「竜宮の竜騎士様が、ボクのお師匠なんだ」
「え!? そうだったのですか!」
今度は、こちらが驚く番だった。竜宮の竜騎士様とは、まさにヤ・マ猫さんから預かっているチョコレートの、お届け先の人物だ。
「師匠はね、龍のオタク!」
「ええっ!?」
(さらにオタク!? 龍のっ!?)
「絶対、君たちを無事に竜宮へ送るよ!」
嬉しい張り切りを見せてくれる、笑顔のほのなえちゃん。
「ありがとうございます!」
「る」
立ち泳ぎのムーちゃんは、それほどスピードが出せないが波に揺られる事も少なく、海の冒険は快適な始まりだった。
「――そろそろダツの飛ぶ海域に入るから、周りの海面に充分注意してくれよ、お嬢さん」
用心深い声で
ダツが群れで多く住むのは海岸から少し離れた、海流のあまり早くない表層近くとの事。
どうやらこの辺りから沖へ向けて暫くの間、危険な海域が続くようだ。
どうしても危ないとなればムーちゃんのお腹へもぐりこみ、彼等の追って来れない海底深くへ逃げる事になるらしいが、巨大タツノオトシゴとは云え育児
「ヤツは青く細長い背中で、海面とほとんど同じ色だ。突然空へ飛び上がり、こちらへ向かってくる」
ほのなえちゃんの警戒の声。
ビキニは背中の剛弓を取り矢を番えた。
春の沖合は大きくうねるが、激しく波立つ訳でもなく、深さの有る暗い海面に、午後の日差しを反射したムーちゃんの、体の黄金色が明るく写り込む。
(この色は、確かに目立つな)
そう水面を眺めた俺は、きらりと光り動く何かを、海中に認めた!
「ビキニ、右だっ!」
「はい、マスターっ!」
びんっ!
70センチ程のダツへ矢が放たれたのは、海面から飛び上がるのと、ほぼ同時だった。
見事空中を飛来するダツを射止めて見せる。
「おっ! やるね、お嬢さん!」
「るっ!」
シュンッと高速で飛び上ったソラが、上空から海面めがけて、明るい火の玉を放つ。
まるでそれを目指す様に、海中から飛沫を上げてダツが飛び込んだ!
そうか、彼等は光を目指すから、明るいソラの火球は避けられる心配がない。
「くるっ!」
「おおっ! これは良い!」
明るいボーイソプラノが、大海原に美しく響く。
「左側と前方はボクに任せてくれ! 右と後は頼んだよ!」
――どんっ!
キャプテンの放った音速に近い
「るっ! る!」
ぼっ! ぼぼっ!
ソラが得意の、火球連射!
「ビキニ、右後ろ!」
「はいっ!」
びしゅっつ!
ド派手に鳴り響く衝撃音や破裂音。風を切り裂く矢羽根の音が、よく晴れた春の大海原をゆっくり進む、巨大なタツノオトシゴの周りを賑やかに続いた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
海上の一句。
『長きもの 吾のかた想ひ ダツ・さより』 ビキニ。
※季語は『さより』
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