第5話
公園通りに面した『ウサギのパン屋』と並ぶ『猫のお菓子屋さん』は、偶然にもビキニが定宿にしている『Sさんの教会宿』の、すぐご近所に在った。
彼女は、宿のご主人『Sさん』に、ふたつの店の評判を聞いて知っており、以前から一度は訪れてみたいと願っていたらしい。
「日替わりで色々なネコちゃんが出迎えてくれて、お菓子もその子たちが考えて用意してくれる様なのです!」
宿から出てくるなり、朝から元気な笑顔のビキニである。
「へぇ? 本当に猫のお菓子屋さんなんだ……」
今日のお届け物の受け取りを、ずいぶん楽しみにしていたという。
「マ猫様が、あのお店を指定して下さった時、実はとても嬉しかったのです」
なでしこの髪を耳へかき上げ、恥ずかしそうに頬を染める。
新装備のインカム『鉢金ドットcom』で、彼女の美しい髪が顔にかかる頻度は減ったが、はにかんだ時に見せるいつもの癖は、可愛らしく健在だ。
「ふだんは行列が出来て、お店に入るのも時間が掛かりそうですが、今日は予約のお菓子の受け取りなんで、後ろの窓口でネコちゃんに会えますよ!」
「ビキニは、ネコ、好きなの?」
「はい!」
――うん。『ヤマネコ』は怖がっていたクセに、この都合の良さは、さすが、女子。
インカムとスマホの装備で自由に会話が出来るようになり、すぐに気が付いた。
彼女は目が覚める程の美少女だが、意外と気さくな性格らしい。たまにボケをかまして、くれたりもする。
黒いビロードの裾から、髪と同じ色の巻きスカートをちらちらと覗かせ、楽しそうにお喋りをしながら前を歩く。
まるで、まだ肌寒い初春の朝陽に照らされる公園通りを、ふたりで散歩をしているようだ。
「るる?」
「ソラも、猫ちゃん好きですよね~?」
右手の中指に巻きついたソラに、口を近づけ話し掛けている。
仲良くなる度にビキニの魅力を益々感じ、それが眩しく愛おしい。
「――あ、あの私……予約を……」
開店を待つお客が数名並んだ入り口を過ぎ、パン屋さんと隣り合う店の横へ入っていったビキニが、勝手口近くの小さな窓でぺたんと正座する小柄な姿に動きを止めた。
「ち、チョコの……う、受け取りに」
「?」
グレー勝ちの雉トラ柄に、お腹と胸の白い毛並みが八割れになった小さい顔。
ピンクの鼻の両側から薄い緑の丸い瞳が、不思議そうに首をかしげてビキニを見上げる。
「?」
「そ、そうだ、予約券!」
慌てて外套の内ポケットを探り、マ猫さんから預かった『バレンタインチョコ・予約整理券』を取り出すと、仔猫の前にそうっと置く。
「?」
彼は何を思ったのか立ち上がり二、三歩進み出ると、置かれた予約券ではなく、差し出されたビキニの指へ巻き付いたソラに、小さな鼻面を押し付けた。
「る?」
「に?」
ソラは巻きつく体を少し解いて首を上げ、赤ん坊の指先の様な仔猫の鼻を、チロチロと舌を伸ばして舐め上げる。これは挨拶、だろうか?
「る」
「!」
キジ白の仔猫はクルリと店内へ振り返り、小さなカウンターが造られた窓から、トンと厨房へ軽く走り去って行った。
「……かわいらしい……」
「る?」
誇らしげに高々掲げた、小柄なシッポを見送るビキニとソラである。
「――ヤ・マ猫様ご予約品の、お受け取りですね?」
焼き菓子の甘い香りが漂ってくる厨房の奥から、かっぽう着姿の美しい女性が、柔らかい笑顔で姿を現わせた。
来客を知らせに走った仔猫が彼女の胸に抱かれて丸く収まり、薄緑の丸い瞳が相変らず、コチラをキョトンと見つめている。
「これがご注文いただいた『バレンタイン限定・肉球チョコ・水玉スペシャル』です!」
受け取り口で待っていたビキニの元へ、黒目がちの優しい瞳を細くして歩み寄ると、シャボン玉が描かれた可愛らしい手提げの紙袋を、そっと手渡す。
四畳半に拡大して、よくよく見てみると虹色の丸い玉の中に、猫の肉球型のモノが紛れていた。芸がこまかい。
「中身を確認して、くださいね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
ビキニの小柄な後ろ姿は、肩を丸めて紙袋を覗き込んでいる様子だ。
「あれ? あの、お手紙が付いていると聞いていたのですが……」
オーナー・パテシエと思われる女性の胸で、仔猫がぴくんと耳を跳ね上げた。
腕から飛び降りタタタと、少し慌てた様子で厨房へと駆け戻る。
暫くして、一通の封書を咥えて戻ってきた。
仔猫が咥えられる程の、ちいさな小さな、桜色の手紙。
「まぁ、ちびらくん、ありがとう」
仔猫から封筒を受け取った女性はビキニに向かい、ペコリと頭を下げて謝罪をした。
「大切なお手紙を入れ忘れてしまっていたようです。申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、気が付いて良かったです」
手紙を受け取るビキニが、つられてぺこりと髪を揺らす。
「そうだ! これから『竜宮』へお届けに行くのですよね? 少し待ってて貰えますか」
「え?」
ふたたび厨房へ戻るかっぽう着を見送り、受け取り口にはビキニと、彼女を見上げる『ちびら』と呼ばれた仔猫が残される。
「うふふ……歯形、が残ってますよ?」
ビキニは桜色の封筒を見て苦笑いだ。
ビキニがソラを指に巻く右手を、仔猫のアタマに軽く乗せる。
「かわいい子ですね、ソラ」
「る」
「に~」
ころころと仔猫のノドが、俺のスマホにも届いて聞こえた。
「――待たせてしまってスミマセン。海までは遠いでしょうから、持って行って頂けませんか?」
そう言って女性が手渡してくれたのが、竹の皮に包まれた小荷物だった。
「今日の日替わりのお菓子の『三色お団子』です。お詫びに、休憩の時にでも食べて下さい」
「え! イイんですか?」
「もちろん! うちのお店のヒット作なんですよ!」
笑顔の美しい、かっぽう着の女性。この方がきっと、オーナーの『水玉さん』なんだろうな。
「お当番の『ミケちゃん』も、喜んで許して下さいました! 心が広いでしょう? ウチの『お猫さま』がた!」
え? あれ? オーナー……じゃないの? お店の偉い人、じゃないの?
「海の底にある竜宮へ行くのは、凄い冒険になると思います! どうか『お猫さま』の作ったお団子を食べて、百人力で頑張ってください!」
ちびらも小さい白い鼻面に、ピンクの鼻と、緑の瞳の三色揃いで見上げている。
「に~!」
「あ、はい……有難うございます……」
大きさの割にズシリと重さが有りそうな……ご利益の有りそうな竹包みを撫子髪に押し頂いて、明るい笑顔の応援を受けたビキニであった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
バレンタインデー俳句。
『目鼻毛色 三色いただく バレンタイン』 ビキニ。
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