水の音の中で───第4話

【表記ルール】————————————————————————

  〇 ………… 場面、()内は時間帯

  人物名「」 ………… 通常のセリフ

  人物名M「」 ………… モノローグ

  無表記、セリフ内() ………… ト書き

    *   *   * ………… 短い時間経過

     ×   ×   × ………… 回想シーンの導入、終了

———————————————————————————————



【4-1】———————————————————————————


◯大学、教室前(朝)



   葉月と久弥、教室前に張り出されている紙を眺めている



葉月「お〜

 今日 教室違うとこなんだ」

久弥「うん」


葉月「──……」

   久弥の横顔を見つめる



葉月「どうかした?」

久弥「…え?(葉月の方に向く)」


久弥「何が?」

葉月「なんか…」


葉月「ぼーっとしてる?」

葉月「ちょっと疲れてるように

 見えたから」


久弥「──……」


   葉月から視線を外し、正面に向き直って

久弥「なにそれ

 悪口?(機嫌を損ねた様子でもなく、淡々と)」

葉月「え?

 なんでだよ」


久弥「そういうこと女子に言ったら

 気悪くされるよ」

葉月「え? マジで?」


久弥「うん

 “私の顔が疲れてるってこと!?”って」


葉月「マジかよ…

 …厳し〜」

   葉月の方をチラと見て

久弥「っ…(笑って)

 はは──」


葉月「お──

 やっと笑った」

久弥「──……(はたと真顔になる)」



久弥「──……」

   葉月から視線を外し、正面の虚空を見つめる


久弥「確かに…」


久弥「疲れてるのかも

 時々無性に──」


久弥「理由(わけ)もなく疲れるんだよ」

   正面を向いたまま、独り言のようなトーンで


葉月「──……」

   久弥の横顔を見つめる



葉月「じゃあ 今使う?」

久弥「え?(葉月を見る)」


葉月「こないだの“1貸し”

 “今度は俺が付き合う”って」


久弥「──……(一瞬考えて)」



久弥「…や──」

   悩ましげに、目頭を抑えるようにして


久弥「今は使わない」


葉月「(軽く不服そうに)なんで?

 サボらせるの申し訳ないから?」


久弥「もちろん それもあるけど──」


葉月「…?」



久弥「まず俺がサボりたくない」


   正面を向いたまま、独り言のように

久弥「サボれない──」


葉月「……」


葉月「どういう意味」


久弥「──……(考えて)」



久弥「…これくらい──」

久弥「“最低限”のことくらいしないと──」


   伏し目がちに、下方を見つめたまま

久弥「自分のこと

 もっと嫌になるから」


葉月「──……」

   久弥の横顔を見つめる



葉月「じゃあ 俺に付き合って」

久弥「え?(ぱっと視線を上げて、葉月を見る)」


葉月「“俺から”のお願い

 それならいいだろ?」

久弥「は…?

 …なんで」


   顔の前で手を合わせ、拝んでみせる

葉月「“友達”からの一生のお願いだから

 それなら──」


葉月「(得意げに)そっちのが優先事項じゃない?

 “最低限のこと”でしょ」


久弥「──……(葉月の顔を見つめる)」



久弥「嘘つけよ

 一生のお願いなんかじゃないだろ」


葉月「まあね」

久弥「っ…(鼻で笑って)」


   ぱっと真面目な顔になって

葉月「でも お願い」


葉月「俺がお前と行きたいんだよ」

久弥「……」


久弥「…行くって?

 どこに?」


葉月「どこか…

 場所はどこでもいいから」

葉月「とにかく どっか──」


葉月「“ここ”じゃないところ」


久弥「──……」



久弥「…今?(少し躊躇いがちに)」

葉月「今──」

   真っ直ぐに、間髪入れずに答える


久弥「──……」



久弥M「今 何がしたいのか

 今 言いたいこと


 そういうものが

 葉月はちゃんと

 全部 分かっているように思う


 それが眩しくて

 素直に羨ましいと思う」


   ×   ×   ×

   (回想)

   葉月と会話するシーン

   率直に感情を表現する葉月の様子

   ×   ×   ×


久弥M「俺はといえば


 やるべきこと または

 やるべきでないこと…


 言うべきでないこと──


 そういうものにばかり

 がんじがらめになって


 実際 自分は今どうしたいのか

 それすら見えなくなる

 分からなくなる


 …まるで──」


   ×   ×   ×

   (イメージシーン)

   屋内、窓際の席に腰掛けている久弥

   雨による結露で曇っている窓ガラスにそっと触れる


   久弥M「雨の日の窓ガラスみたいに」


   ×   ×   ×



葉月「な?

 行こう?(久弥の表情を窺うように)」


久弥「──……」



久弥「分かった(静かに頷いて)」


葉月「っ…(笑って)」

 安堵したように笑って頷く



【4-2】———————————————————————————


   ×   ×   ×

   (回想)

   教室前にて、久弥に“サボり”を提案する葉月


   久弥「…行くって?

    どこに?」


   葉月「どこか…

    場所はどこでもいいから」

   葉月「とにかく どっか──」


   葉月「“ここ”じゃないところ」

   ×   ×   ×


葉月M「あの時の俺は──


 とにかくお前を

 どこか別なところに連れ出したかった


 何を投げ捨ててもいいって

 それより大事にしていいものがあるって


 安心してほしかった

 上手く言えないけど…


 許してほしいと思った

 自分で 自分を──」



◯駅、券売機前



久弥「てか “どっか”って?

 どこ」


葉月「それは内緒」

葉月「いいから

 俺が言う切符だけ買って」


久弥「…そんなの──」

   券売機上の路線図を見ながら

久弥「金額で大体分かるだろ

 どこ行くか」


   久弥の顔を見て、ニヤッとして

葉月「分かんないよ?」


久弥「(怪訝そうに)はあ? なに…

 こわ…」


葉月「いいじゃん」

葉月「ミステリーツアーみたいで

 楽しいでしょ」


   切符を手に改札を抜け、ホームに向かって歩きながら話すふたり


久弥「怖い…」

久弥「俺

 未開の地でも連れてかれんの」


葉月「あはは──」


葉月「ジャングルの奥地みたいな?」


久弥「そう

 それで人身売買とかされんの」


葉月「それはもっと

 違うとこじゃない?」

久弥「え?」


葉月「ほら なんかこう…」


葉月「人気のない船着場みたいな…」

久弥「あー…」


久弥「“ウシジマくん”であったかもな

 そういうシーン」

葉月「そうそう」


久弥「って やっぱ

 本気で売ろうとしてる?」

葉月「はあ?

 んなわけない」


久弥「だって俺なら

 高く売れそうでしょ」


葉月「(軽く笑いながら)おお そうだよ」

葉月「その意気だよ」


葉月「そんくらい自惚れてるぐらいで

 丁度いいって」


久弥「っ…(笑って首を振る)」


久弥「冗談

 本気で言ってないって」


久弥「ていうか

 そもそも売られたくないし」

葉月「はは──

 そりゃそうだ」


  *   *   *



◯駅のホーム


   電車がホームに入って来る

   その風に吹かれる、揃って並んでいるふたり



【4-3】———————————————————————————


◯駅、改札前(昼)



葉月「はい

 じゃあ乗り換えな」

   言って颯爽と歩き出す


久弥「は?」

   唐突な説明に戸惑う

久弥「乗り換えって…

 そっち──」

   先を行く葉月の背に問いかけるも、届かない


  *   *   *



久弥「…って──」

   頭上の表示を見上げながら


◯フェリーターミナル


久弥「船 乗んの…?(戸惑い)」

葉月「そ──(後方の久弥に振り向いて)」


久弥「…やっぱ売ろうとしてる」

   怪訝そう、しぶしぶといった感じで券売機を操作する

葉月「あっはは──」


葉月「だ〜から違うって」

葉月「ほら

 買った買った」

   促すように、後ろから久弥の両肩をポンポンと叩く


久弥「──……(しかめ面)」


   隣から久弥の顔を見て

葉月「なに

 嫌だった? 船」


久弥「…いや──」


葉月「あ ひょっとして…!」

久弥「…?」


葉月「酔う…!? 船」


久弥「…そんなんじゃないよ

 ただ…」


葉月「“ただ”?(キョトンとして)」


久弥「…ただ──」



久弥「突拍子もなさすぎて

 びっくりしてる」

   言って、切符を手に先に歩き出す


   先を歩く久弥に追いついて

葉月「ごめんて

 怒った?」

久弥「いや?

 怒ってない」


久弥「ただ…」


久弥「ただ

 ちょっと戸惑ってるだけ」



久弥M「理由(わけ)なんてない癖に

 こんな無愛想な人間に やたら構ったり


 “貸し借り”の証明だとかに

 ムキになって──


 知らない人のとこまで

 本 催促しにいくし


 “お前は間違ってない”って

 “自分のこと信じろ”なんて言ってきて


 カラオケだってそうだし

 今日だって──


 唐突に連れ出されたと思えば

 船なんか乗ってる


 俺たちって──


 そんなに親しい間柄だったんだっけ?


 いつから こんな──」


   久弥と葉月、並んで歩くふたりの背中


久弥M「こんな距離感になったんだっけ」



久弥M「思い返せば いつもそうだった


 お前と出会ってからずっと


 こっちが構える間もなく

 気が付けば… いつの間にか──」


久弥「──……」

   隣を歩く葉月を横目でチラと見る


久弥M「こんな近くまで

 距離を詰められている


 それが唐突すぎて

 俺はやっぱり

 “仏頂面”になってしまう」



久弥M「でも 違うよ

 戸惑ってるだけで


 嫌じゃない 決して


 今日だって──


 本当は望んでた

 心の底では


 例えそれが

 無自覚だったとしても


 “連れ出された”なんて言って

 本当は逆なんだ


 本当は俺が──


 お前に望んでた

 どこかへ連れ出してほしいって」



◯船内


   葉月の隣席に腰掛ける久弥

久弥「こんなの──」


久弥「慣れてないから」


葉月「──……」

   キョトンとして、久弥の横顔を見る



葉月「なら そのうち慣れるって(楽しそうに笑いながら)」

葉月「たぶん俺

 ずっとこうだから」


久弥「──……」

   葉月の横顔を見る



久弥「…ずっと──」

   ポツリと、独り言のように


葉月「ん?(久弥の方に向く)」


久弥「ん?

 何でも?(何でもない顔をして)」

葉月「──……(久弥を見つめキョトンとして)」

   僅かに頷き、視線を外す



久弥M「ずっと──


 お前のその“思いがけなさ”に慣れるまで」


   久弥と葉月、ふたり並んで座っている背中


久弥M「こうして居られるのかな」


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