水の音の中で───第3話
【表記ルール】————————————————————————
〇 ………… 場面、()内は時間帯
人物名「」 ………… 通常のセリフ
人物名M「」 ………… モノローグ
人物名() ………… 内心のセリフ
無表記、セリフ内() ………… ト書き
* * * ………… 短い時間経過
× × × ………… 回想シーンの導入、終了
———————————————————————————————
【3-1】———————————————————————————
◯大学、教室(昼)
久弥「──……」
席でひとり、課題のプリントに取り組んでいる
葉月「お疲れ」
隣席にやって来た葉月を見上げて
久弥「…ああ
お疲れ」
葉月「ああ それ!」
久弥「?(不思議そうに見上げる)」
葉月「その課題
来週までだっけ?」
久弥「ああ うん」
葉月「お前は?
もう終わった?」
言いながら席に座る
久弥「まあ…
ぼちぼち?」
久弥「あとは結論だけまとめたら
終わりってぐらい」
葉月「マジかよ!
神様 仏様…!」
感激したように顔の前で手を組む
久弥「は…?(怪訝そうに)」
葉月「なあ!
ちょっとだけ俺のも手伝って…!」
久弥「はあ?
ちょっとだけって…」
久弥「この手のは
自分でやんなきゃ意味ないだろ」
葉月「はあ…!?
なんで…」
葉月「なんで急にそんな
親みたいなこと言い出すんだよ…!」
久弥「っ…(笑って)
別に──」
久弥「(しらっとして)お前のこと産んだ覚えも
育てた覚えもないけど」
葉月「(軽く拗ねたように)じゃあいいだろ?
無駄に俺に厳しくするなよ」
久弥「なんだよ それ」
葉月「なあ この部分だけ──」
女子生徒に言葉を遮られる
女子「──雨沢くん」
ふたりの席の前に現れた女子生徒、上方から久弥に呼び掛ける
葉月「──……」
久弥「?」
ふたりともキョトンとして、女子生徒を見上げる
女子「それ…」
机上のプリントを目で指して
久弥「──……」
プリントに視線を落とす
女子「雨沢くんたちも一緒だよね?」
女子「私もまだ
その課題終わってなくて」
久弥「──……(無言で僅かに頷く)」
女子「だから…」
女子「良かったら
一緒に協力してやらない?」
女子「その…
協力って言っても──(もじもじしている)」
女子「一方的に手伝ってもらうだけに
なっちゃうかもだけど…」
久弥「──……」
無言のまま女子生徒を見上げている
葉月「──……」
その様を横目で見ている
久弥「ごめん」
久弥「自分ので手一杯だから」
葉月「──……」
断る久弥の横顔を見ている
女子「あ…
…そっか(気まずそうに)」
女子「ごめんね?
無理なお願いして…」
久弥「いや?
別に」
事もなげに、軽く首を振って
その場を離れ、教室を出ていく女子生徒
葉月「なあ
なんで?(怪訝そうな顔で)」
久弥「は?」
葉月「ちょっと冷たくない?」
責めるようにではなく、軽いトーンで
葉月「別にいいんじゃん?
課題一緒にやるくらい」
久弥「──……(一瞬考えて)」
久弥「そういうことすると──」
葉月「“すると”?」
久弥「変に好意 持たれたりするから」
葉月「…!」
葉月「さっすが…
やっぱイケメンは違うんだな(感心)」
久弥「バカにしてんなよ(冷めた顔で)」
葉月「してない してない…!」
慌てて顔の前で手を振る
葉月「どっちかって言わずとも
真剣に尊敬してるから」
久弥「っ…(鼻で笑う)
なんでだよ アホか」
久弥「──……」
正面を向いたまま話す
久弥「俺だって別に
こんな風にしたかないよ」
久弥「もっと無条件に──」
久弥「ただフツーに
他人に親切にしたいけど」
久弥「でも違うんだろ?」
葉月「?」
久弥「ただ単純に
親切にしただけでも──」
久弥「“特別な”好意だって思われる」
久弥「なんてことない行動なのに
特別なことに捉えられる」
葉月「──……」
久弥「“そういうことは
特別な人にしかしないもんだ”って」
久弥「“なんとも思ってないのに”──」
久弥「“そんな風に
優しくしてくれるな”って」
久弥「そのうちには
お互いに微妙な思いすることになる」
葉月の方に向いて
久弥「だから始めから
無闇に優しくなんてしないんだよ」
葉月「──……」
葉月「なんていうか…
お前は──」
久弥「?」
葉月「優しすぎるんだよ きっと」
葉月「人と“親切”の基準が違うんだよ」
葉月「だから
お前が“普通に”したことでも──」
葉月「人は
“特別に”優しくされたって思う」
久弥「(顔を顰めて)そうか?
俺は自分のこと──」
久弥「…そんな風に思わないけど」
葉月から視線を外して
久弥「別に…」
久弥「人として当たり前のことしか
してない筈だけど 俺は」
葉月「──……」
久弥「…まあ これもまた──」
久弥「俺が“例外”で
おかしいのかもしんないけど」
葉月「そうだよ
お前は“例外”的に優しいってこと」
久弥「──……(葉月を見る)」
葉月「でも それが悪いとか──」
葉月「間違ってるとか
言いたいわけじゃない」
葉月「むしろ
それがお前のいいところだよ」
葉月「ただ世間の当たり前とは
違うってだけで」
久弥「──……」
葉月「だからさ…」
久弥「…?」
葉月「俺のは手伝ってくれるよな?」
ニコッとして、課題のプリントを手に持って見せながら
久弥「っ…(笑って)」
久弥「(笑いながら)現金なヤツ」
葉月「ふふふ」
* * *
◯学食、席スペース
葉月と久弥、向かい合わせにテーブルに座り、課題のプリント等を広げている
葉月「俺はいいの?」
久弥「は?」
葉月「“課題”手伝うの」
久弥「…自分からゴリ押しといて
なんだよ 今更」
葉月「だって あんまり
あっさりOKしてくれたから」
久弥「っ…(鼻で笑う)
お前はいいよ」
葉月「なんで?」
久弥「そりゃそうだろ」
軽く笑いながら
久弥「お前は俺のこと
好きになんか なりっこない」
葉月「(とぼけたような顔で)なんで?
分かんないじゃん」
久弥「はあ?
(呆れ顔で)ないだろ」
葉月「(ニヤけて)そんなの分かんないだろ」
久弥「なに…」
久弥「(ムカついている顔で)なんで そんな笑ってんだよ」
葉月「(キョトンとして)お前こそ」
葉月「なんで怒ってんだよ」
久弥「──……」
プイと葉月から視線を外して
久弥「知らん」
久弥M「自分でも──
このときの何がそんなに
腹立たしかったのか分からないけれど
ただ──
絶対に有り得ないことを
チラつかせるようなことを言うから
無性に腹が立ったんだ」
久弥M「ないだろ?
例え何周回ったとしても
そんな終着点には辿り着かない
なら言うなよ そんなこと
現実には有りもしないことを
有るかもと──
無駄にあれこれ考えることが
俺は一番嫌いなんだよ」
久弥M「だって肩透かしを喰らうだろ?
当てが外れたって
俺ひとり その場に
取り残されたみたいな気持ちになる
って…
“当て”にしてるって?
俺が? 何を…
俺がお前に思ってるって?
俺のことを──
好きになってほしいなんて」
久弥「──……」
下を向いて課題をしている葉月を見つめている
葉月「…なに?」
久弥の視線に気付いて顔を上げる
葉月「顔に何か付いてる?」
久弥「……」
久弥「“1ミリも分かってない”って
書いてある」
葉月「は…!?」
葉月「なんでだよ…!
んなことないって!」
プリントの文章をシャーペンで指して
久弥「じゃあ ここは?
どの説に基づいてんの?」
葉月「それ…
は──(口籠る)」
葉月「これ?」
シャーペンで文章を指しながら
久弥「違うよ
これは──……(冷静に間違いを正す)」
葉月に勉強を教えてやる久弥、ふたりの引きの画
【3-2】———————————————————————————
◯大学、教室前(昼)
葉月、ほかの生徒らと同様に、教室前に貼り出されている紙を見ている
葉月「え〜…!
休講かよ…」
男子生徒「マジマジ
なんか急用だって」
葉月「…はあ〜」
膝に手をつき項垂れる
葉月「俺 この授業のためだけに
早起きしてきたのに…」
男子生徒「ドンマイ」
葉月の背に手を置いて
男子生徒「でも2限は別に
早起きじゃないけどな」
葉月「うるさいよ」
顔を上げ、男子生徒を軽く睨む
男子生徒「お前も次4限だっけ」
葉月「そうだよ〜…(気落ちして)」
男子生徒「どうする?
どっか飯でも食い行く?」
葉月「ん〜…」
葉月「──……(考えを巡らせる)」
* * *
◯大学、学食前
久弥、キャンパス内の道を歩いている
学食前までやって来て、ふと足を止めて
久弥「──……」
立ち止まったまま、学食内を見つめている
久弥「──……」
徐に学食の中へ入っていく
◯大学、学食
久弥「──……」
静かに学食内を見回す
???「よっ!」
久弥「──!?」
背後からの呼び掛けに驚いて振り返る
久弥「ビっ…ビった…!
お前かよ…」
葉月「はは──」
イタズラっぽい笑顔で、中腰になり久弥の顔を覗き込むように
葉月「お前のそういう顔 初めて見たかも
ビビった?」
久弥「…ビビった」
さっと真顔に戻って
久弥「マジで
ストーカーされてんのかもって」
葉月「ああ もう…」
葉月「すぐ また仏頂面になんだから」
葉月「さっきまで
可愛い顔してたのに」
久弥「キモ
ますますストーカー?」
葉月「いや どんだけ直球なんだよ」
久弥「っ…(軽く鼻で笑う)」
葉月「てか どしたの?
今から昼飯?」
久弥「──……」
はたと静止して
久弥「…あー いや…」
久弥「…お前は?」
葉月「俺?(キョトンとして)」
葉月「2限 来たんだけど
休講になってさ」
葉月「その次4限だし」
葉月「めっちゃ時間
空いちゃったな〜って」
葉月「だから ここ来たら──」
葉月「お前いたりしないかなーって」
久弥「──……」
葉月の顔を盗み見るように
久弥「そう」
葉月「お前は?
次 何限?」
久弥「次?
5限」
葉月「は…!?
それで なんで今ここにいんの…!?」
歩き出しながら
久弥「“なんで”って?」
久弥「別に 1限終わりだよ」
葉月「1と5って…!」
葉月「お前 そんな非効率な
組み方する奴いないって…!」
久弥「“効率”って」
久弥「ただ 取りたい授業
取っただけだけど」
葉月「…はあ〜」
久弥「なんのため息」
葉月「(はっと気付いたように)…あ じゃあ
めっちゃ時間 空いてるってこと?」
久弥「?」
軽く後方の葉月を振り返る
葉月「(軽く微笑んで)なら ちょっと付き合ってよ」
久弥「…?」
意図が分からない、不思議そうな顔で葉月を見つめる
* * *
久弥「…で──」
寄りの画、久弥の胸元のショット
◯カラオケ店、受付
久弥「…なんでカラオケ?」
受付で渡されたマイクを手に、後方の葉月を振り返って
葉月「いいじゃん」
葉月「たまに無性に
行きたくなんだよな〜」
伝票を手に、立ち止まっている久弥の横を通り抜け、先を歩いていく
久弥「俺 歌わないから」
葉月の後を追うように歩いていく
久弥の方に振り返って
葉月「は? なんで?
そういう宗派?」
久弥「…どういう意味だよ(呆れ)」
* * *
◯カラオケルーム内
久弥と葉月、角を挟むようにしてソファに腰掛けている
久弥「いいよ
好きに歌えよ」
久弥「聴いといてやるから」
葉月「や〜 ここまで来たんだから
歌おって」
デンモクに視線を落とし、操作しながら
久弥「…勝手に連れてこられた
だけだけど」
葉月「え?(顔を上げる)」
久弥「(手で払うようにしながら)いいよ 選べよ
何も言ってないって」
久弥「そもそもインストとか…」
久弥「歌入ってないやつ
ばっかしか知らないんだよ」
葉月「じゃ 校歌入れる?
大学の(真面目な顔で)」
久弥「嫌だわ」
* * *
葉月「キー下げて キー下げて」
言いながらデンモクを操作する
カラオケのイントロが流れ出す
久弥「バンド?」
葉月「いや?
アイドル アイドル」
久弥「へー…
アイドルとか好きなの」
葉月「や──
メンバーひとりも分かんない」
久弥「は?
(軽く苦笑して)なんだよ それ」
葉月「曲が好きなんだよ」
マイクを手に楽しげにノる葉月
久弥(本当──)
そんな葉月の様を眺めている
久弥M「なんで唐突に
こんなとこに来てんだか…」
歌う葉月
葉月「“魔法も神様も おとぎ話の中
前髪も決まらない”」
久弥「──……」
歌っている葉月をぼんやりと眺めている
久弥M「どうして お前に言われると」
× × ×
(回想)
学食にて、葉月の課題を手伝ってやる久弥
プリントを前に頭を突き合わせているふたり
× × ×
久弥M「気付けば言うままになってるのか
全く分からないけど
ただ──」
葉月「“この雨が上がったら
ほんの少しだけ未来”──」
葉月「“青空に光る虹が架かる前に”──」
久弥M「ただ…」
葉月「“どうか嫌いな私を
洗い流して rain melody”」
久弥M「少し予想外なくらい──
歌うお前の声が心地よかった」
引きで部屋の外からの画
ドアの窓ガラスに透けて見える、歌っている葉月と、それを聴いている久弥
* * *
久弥「歌うま(軽く笑いながら)」
軽く拍手しながら
葉月「へ?
そんなの言われたことないけど」
嘘でしょという風に、軽く笑いながら
久弥「上手いよ
声がいい」
葉月「初めて言われたわ」
久弥「──……(一瞬考えて)」
久弥「俺 3年後とかに
この曲聴いたら──」
久弥「泣きそうになったり
すんのかな」
葉月「は? なんで?(不思議そうに笑って)」
久弥「──……」
久弥「…懐かしいなって
センチメンタルな気持ちになって?」
葉月「なんで
別に“懐かしく”はないだろ」
葉月「そりゃ曲は古くなる
かもしんないけどさ」
葉月「でも3年後もこうやって
俺が隣で歌ってたらさ」
葉月「その時も──」
久弥の方を見て軽く微笑んで
葉月「過去じゃなくて
“現在進行形”じゃん」
久弥「──……」
葉月を見つめる
葉月「これ十八番だから」
楽しげに笑いながら
葉月「たぶん3年経っても歌ってるよ」
久弥「──……」
ひとり物思いに耽る
久弥M「なんで?
なんで──
そんな不確定なことを
そんなに真っ直ぐ言い切れるんだよ」
久弥M「誰かのそんな“約束事”に
何回 期待して
何回 水(ふい)になったか分からない」
久弥M「そういう言葉はもう信じない
信じたくもない
…のに──
なんでだろうな
この歌と同じかもしれない
お前のその声に言われると
本当に有り得るかもと思ってしまう
不意に期待してしまう」
久弥M「そんな自分の心が
恐くて
でも少しだけ──
温かくもなったりするんだ」
【3-3】———————————————————————————
◯カラオケ店、入り口前(夕)
葉月、カラオケ店の入り口から出てくる
葉月「払わなくて良かったのに」
バッグに財布を突っ込みながら、ガードレールにもたれている久弥の背に話し掛ける
葉月「俺が誘ったのにさ」
久弥の隣にやって来る
久弥「いいって」
ふたり並んでガードレールにもたれるようにして話す
久弥「俺も楽しかったし」
葉月「(笑いながら)俺の美声が聞けて?」
久弥「っ…(軽く笑って)
そうそう」
久弥「──……」
久弥「…じゃあ
その代わり──」
葉月「?」
隣の葉月の方に向いて
久弥「今度は俺に付き合って」
葉月「──……」
軽く驚いたような顔で、久弥を見つめる
久弥「今度 俺が暇したら
…いつか俺が呼んだら」
久弥「その時は──」
久弥「お前 来てくれる?」
葉月「──……」
見つめ合うふたり
葉月「っ…(笑って) なんで
そんな真面目な顔して」
葉月「そんな頼みくらいさ
いいよ もちろん」
久弥「──……」
少し気まずそうに、視線を逸らして
葉月「じゃあ“1貸し”な」
人差し指を立ててみせて
久弥「?」
葉月「暇なときでも
何でもいいから──」
葉月「今度は俺が お前に付き合う番」
葉月「ん──
ほら」
久弥の手を取って
葉月「“指切りげんまん”…」
小指を結び、歌に合わせて手を揺らす
久弥「──……」
ふたりの手を見つめている
葉月「な?
約束」
小指を結んだ手を見せるようにして、久弥の顔を見る
久弥「──……」
葉月を見つめる
指を解き、ふたりとも手を降ろして
久弥「“約束”?」
葉月「ん──」
ニッと口を結んで、軽く頷く
久弥「…じゃあ──」
葉月「?」
久弥「3時でも連絡するから」
葉月「“3時”?」
葉月「(怪訝そうに)…別に
…いいけど──」
久弥「言ったな?」
久弥「昼じゃなくて深夜の方な」
葉月「はあ!?」
葉月「んな時間に
どうやって来いってんだよ…」
久弥「知らない
徒歩?」
葉月「はあ?
(苦笑して)…どんなSだよ」
久弥「っ…(笑って)」
ふたり並んだまま笑い合う
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