水の音の中で───第2話

【表記ルール】————————————————————————

  〇 ………… 場面、()内は時間帯

  人物名「」 ………… 通常のセリフ

  人物名M「」 ………… モノローグ

  人物名() ………… 内心のセリフ

  無表記、セリフ内() ………… ト書き

    *   *   * ………… 短い時間経過

     ×   ×   × ………… 回想シーンの導入、終了

———————————————————————————————



【2-1】———————————————————————————


◯大学、学食(昼)



   葉月と久弥、それぞれ食事の乗ったトレーを持ち、レジ前のカウンターに並んでいる



葉月「(レジ前の店員に向かって)いいです 一緒で」


   隣の久弥の方を軽く見て

葉月「じゃあ ここは俺に奢って」

久弥「は?

 なに…」


店員「っ…(咳払い)」

   煩わしそう、会計を急かすように


久弥「…あ

 すみません…」


久弥「はい…

 これで…」

   会計トレーにお金を出す


  *   *   *



◯学食、席スペース


   葉月と久弥、トレーを手に席スペースに向かって歩いている


   先を歩く葉月を追いかけながら

久弥「“じゃあ”ってなに?

 意味が分からない」


葉月「いいじゃん 借りだよ

 その代わり──」

   立ち止まり、久弥の方に振り返る

久弥「…?」


葉月「俺はこの“借り”

 絶対 返すから」


久弥「は…?(呆れと驚き)」



久弥「え… なに?

 もしかして──」


久弥「その証明のためだけに

 今 奢らせたってこと?」


葉月「うん」

   言って、目の前のテーブルにトレーを置く


久弥「なんで?

 わけ分かんない…」


葉月「何が?」

   言いながら椅子を引いて座る


久弥「だって…」


   トレーを手に、立ったまま会話を続ける

久弥「なんで お前が

 そんな躍起になんの?」

久弥「俺にそんなこと

 証明する必要ある?」


久弥「それ 証明して

 どうしたいの」

葉月「──……(久弥の顔を見る)」



久弥「ひょっとしてアレ?」


久弥「自分も“そういう奴”だと

 思われてるのが癪だってこと?」

久弥「俺は違うって

 証明したいってこと?」


葉月「っ…(苦笑、鼻で笑う)」



   久弥から視線を外し、正面を向いたまま話す

葉月「(釈然としない表情で)だって腹立つだろ」


葉月「それが多数派だからって

 それが正しいなんて──」


葉月「そんな風に思ってほしくない」

葉月「そんなの おかしいから」


久弥「──……(葉月の横顔を見つめる)」



   横に立っている久弥の顔を見上げて

葉月「“自分の方が正しいんだ”って──」

葉月「“やっぱりこれで

 間違ってなかった”って──」


葉月「そういう風に思ってほしい」


久弥「──……」



久弥「だから…

 “それ”が なんで…?(腑に落ちない表情)」


葉月「…?」


久弥「俺にそんなことする義理ある?」


久弥「俺が がっかりしないように──」

久弥「“自分は合ってるんだ”って

 安心できるように?」


久弥「俺にそんな風に思わせてやる

 義理なんかないだろ?」

久弥「別に…」


葉月「──……」

   軽く困惑したような表情、横目で久弥を見上げている



葉月「(僅かに視線を落として)…別に──」


葉月「理由なんかない」

葉月「ただ そうしたいと思ったから

 そうしただけだよ」


久弥「──……」


葉月「じゃあ いいよ

 理由が必要なら──」

   久弥の顔を見て

葉月「その“義理”ってのが

 何か必要ってのなら──」


葉月「“同じ講義取ってる身だから”」


葉月「どう? 満足した?」


久弥「──……」



葉月「いいから もう──」

葉月「早く食べないと」


   正面に向き直り、箸を手に取る

葉月「冷めるし

 授業も始まる」

   久弥も食べるよう促すように、横目で久弥をチラと見る


久弥「──……」

   納得のいっていない表情のまま、葉月の隣席に腰を下ろす



【2-2】———————————————————————————


◯大学、図書館(昼)



葉月「──……」

   本棚を見ながら歩いている


葉月「…!」

   少し離れた場所にいる久弥の姿に気付いて



久弥「──……」

   本棚を見ている



葉月「久弥!」

   少し離れた場所から呼び掛ける


久弥「──!」

   声の方に振り向いて



   葉月、久弥の下へ歩いていく


久弥「バカ…!

 声がデカいよ」

   周囲を見回しながら、隣の葉月を小声で嗜める

葉月「…ごめん(バツが悪そうに)」




久弥「(ため息混じりに)なんで学部違うのに

 やたら会うんだよ」

葉月「(不服そう)なんで やたら嫌そうなんだよ」


久弥「理由もないのに

 “やたら”絡んでくるから?」

葉月「だから…」


葉月「そういうのって理由必要?」

久弥「さあ?」


葉月「“さあ”ってさ──」


久弥「…あ──」

   本棚を探っていた手を止める

葉月「?」



久弥「…チッ(舌打ち)」

葉月「おい…!

 ガラ悪いな」


久弥「だって しょうがないだろ

 ほら」

   葉月にスマホの画面を見せながら

葉月「…ん?」

   スマホの画面を覗き込む


   スマホ画面には、図書名、ステータスなど、大学図書館のシステム画面が表示されている


久弥「次のレポートで

 この文献取り扱いたいのに──」

久弥「もう1ヶ月ずっと

 借りられてんだぞ」


葉月「あ〜…(納得と同情の気持ち)」



葉月「途中 入れ違いで

 借りられてったとか?」


久弥「だったら

 そんなキレてないって」

久弥「ひとりの奴が

 ずっと借りてんだよ」


久弥「…最長2週間なのにさ」


葉月「あー…

 延滞しまくってんのか…」



久弥「そう」

   手近な本を手に取っては眺めながら話す

久弥「入れ違いで借りられたら

 困るからって──」


久弥「この1ヶ月しょっちゅう図書館来て

 都度チェックしてんのに──」


久弥「…時間も労力も

 どんだけ無駄にしてんだって話だよ」


葉月「──……(久弥の横顔を見ている)」



葉月「見せて それ」

   久弥の手元のスマホに視線を落とし、手招きするようにして

久弥「?」


   久弥、葉月にスマホを渡してやる

   葉月、スマホ画面を覗き込んで

葉月「…なにこれ

 “青少年の性との相関性”って…」


葉月「お前 そういう趣味だったの?(神妙な表情)」

   顔を上げて久弥の顔を見る


久弥「アホか(呆れ)」

久弥「授業に関係あるからに

 決まってんだろ」


葉月「(笑って)っ…

 ごめん だよな」

   言いながら、スマホを返す


久弥「はあ…」

   再び本棚に視線を戻し、ため息をつく


葉月「──……」

   そんな久弥の様子を見ている



【2-3】———————————————————————————


◯ 屋外、キャンパス内の道(昼)



   久弥と葉月、向かい合って立っている



久弥「なに? 用事って」


葉月「渡したいもん あってさ」

久弥「──……」


葉月「はい これ

 こないだ言ってた本」

   カバンから取り出した本を差し出す

久弥「…え?」


久弥「(驚き)なんで?」

葉月「なんで持ってんのかって?」


久弥「──……」


葉月「借りてる奴の名前は分かんじゃん」

葉月「だから探して会いにいった

 “返してくれ〜”って」

   言いながら、近くの植え込みの縁に腰掛ける


久弥「は…?

 マジで言ってる?(驚きと呆れ)」

久弥「そこまでするか フツー…」


葉月「だって別にいいだろ

 そもそもが延滞なんだし」

葉月「むしろ善い行いじゃない?」


久弥「そりゃ そうだけど…」



久弥「向こうが変な奴だったら

 どうすんだよ?」


葉月「(笑って)っ…」

葉月「海外ドラマとかで

 よくあるヤツみたいに?」


葉月「キレて殴られるとか?」

久弥「──……(納得のいっていない様子、ため息をつく)」


葉月「だあいじょうぶだよ」

葉月「全然変な人じゃないってか──」


葉月「むしろ

 単に忘れてたみたいで──」

葉月「逆に感謝されたし」


久弥「それは たまたま

 そうだったってだけだろ」



久弥「…なんで

 そこまでするんだよ」


葉月「──……」

   ぱっと少し真面目な顔になる


葉月「ただ食事

 奢り返すんじゃなくて──」


葉月「何か違う形で返したかったから

 奢ってもらったこと」

久弥「──……」


久弥「なんで?」


葉月「──……(キョトンとして)」



   久弥から視線を外して

葉月「うーん… なんでだろ…」

葉月「…その方が──」


葉月「“ギブアンドテイク”っぽいから?」


久弥「──……」


葉月「単に貸してもらったもの

 返すってだけじゃなくて──」


葉月「お互い形の違うものを

 交換し合うっていうか」


葉月「俺はちゃんと──」

葉月「“お前がしてくれたこと

 覚えてるよ”って」


葉月「その方が示せる気がしたから──」

   久弥の方に向いて

葉月「──かな?」



久弥「なんで?」

葉月「え?」


久弥「なんで そこまでして

 証明したいんだよ 俺に」


葉月「──……」


葉月「…分かんないけど──」


葉月「でも 信じるの…

 止めてほしくないから」


久弥「──……」


葉月「俺はお前の考え方が

 間違ってるなんて思わないし」

葉月「だから──」


葉月「自分は間違ってなんかないって──」


葉月「信じててほしいから」


久弥「──……」



久弥「…俺が──」

   ポツポツと話す


久弥「信じなくなったら…

 自分のこと」

久弥「そしたら──」


久弥「お前に何か

 “損なこと”ってある?」


葉月「──……」

   久弥の顔を見つめる


   久弥から視線を外して

葉月「うーん…

 …損っていうか まぁ──」


葉月「哀しくなるかな 俺は」



葉月「お前みたいに

 …純粋っていうか──」

葉月「真っ直ぐっていうか──」


葉月「そういう人には

 そのままでいてほしい」


葉月「お前には──」

   再び久弥の顔を見て

葉月「今の綺麗なままで いてほしいよ」


久弥「──……」

   一寸見つめ合うふたり



久弥「っ…(軽く鼻で笑って)

 “綺麗”って…」


久弥「俺のこと落とそうとしてる?」


葉月「っ…(笑って)

 はは──」

葉月「そうかも?(おどけてみせる)」



葉月「ああ そうだ」

   立ち上がり、久弥の下に近付く

葉月「あと これもな」

   久弥の持っている本の上に、カップのカフェラテを乗せる

久弥「え…」


葉月「レポート頑張れ」

葉月「ほら 行かないと

 (校舎の方を軽く指差して)授業遅れる」


久弥「──……(物言いたげ)」


葉月「じゃあ 俺のが先行くよ?」


葉月「そんじゃな」

   言って踵を返し、校舎に向かって歩いていく



久弥「っ…

 …入っ──」

   葉月を呼び止めようとするが、途中で詰まる


   ×   ×   ×

   (回想)

   学食にて、テーブルを挟んで話している久弥と葉月


   葉月「まあ いいよ」

   葉月「それよりさ

    下の名前で呼んでよ」

   ×   ×   ×



久弥「──“葉月”!」

   葉月の背中に呼び掛ける


葉月「…!」

   声に驚き、振り返る


久弥「ありがとう!」

   届くだけの大きな声で再び呼び掛ける


葉月「(ニカッと笑って)…おう!」

   久弥に手を振る



久弥「──……」

   歩いていく葉月の背中を見つめている



   手元の本とカフェラテを見ながら

久弥「…昼飯奢るより

 よっぽど超えてるだろ」

久弥「借り返すどころか──」


   葉月の去っていった方を見つめて

久弥「余計に貰ってるよ

 俺の方が」


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