水の音の中で───第5話
【表記ルール】————————————————————————
〇 ………… 場面、()内は時間帯
人物名「」 ………… 通常のセリフ
人物名M「」 ………… モノローグ
無表記、セリフ内() ………… ト書き
* * * ………… 短い時間経過
× × × ………… 回想シーンの導入、終了
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【5-1】———————————————————————————
◯船内(昼)
葉月と久弥、ふたり並んで座っている
スマホを操作している葉月
葉月「(驚いて息を呑む)っ…!
やば…!」
久弥「…?」
顔を顰めて葉月の方を見る
久弥「どうかした?」
葉月「このドラマ──」
スマホ画面を久弥に向けて
葉月「配信 今日までだった…(ショック)」
久弥「いいよ 観れば?」
葉月「え〜…(眉を顰める、申し訳なく思う気持ち)」
久弥「別に 寝てるから」
葉月「あ じゃあ一緒に観よ!」
葉月「イヤホンあるから」
イヤホンの片方を、勝手に久弥の耳に着けて
久弥「(迷惑そうに)はあ?
俺 そのドラマ見てないし…」
向けられているスマホの画面を見て
久弥「もう8話とかじゃん…
…そっから見んのかよ」
葉月「大丈夫だって!
これ 一話完結型だから」
久弥「…本当かよ」
そう言いながらも、小さなスマホ画面を一緒に見るために、葉月の方へ少し詰める
* * *
ふたりでスマホ画面を覗き込んでいる
ドラマ内にて、女刑事が死亡者の家を捜索しながら語っている
女刑事『だって
おかしいじゃないですか!』
女刑事『死亡者は週末に
映画を観にいく約束をしてたんですよ?』
女刑事『それに食料品だって…』
女刑事『こんなに買い込んで──』
女刑事『そんな人が
自殺するなんて思えません!』
久弥「そんなの関係ない(ポツリと、独り言のように)」
葉月「え?」
隣の久弥を見る
ナレーション『明日のアサヒテレビは?』
スマホ画面、CMに入る
久弥「先の約束があっても──」
久弥「明日 食べるものを
買ってても…」
久弥「死ぬときは死ぬよ」
葉月「──……」
淡々と語る久弥の横顔を見つめる
葉月「なんで」
久弥「え?」
葉月「なんで そんなこと分かんの」
久弥「──……」
問いかける葉月の顔を見つめる
葉月から視線を外して
久弥「俺もそう思うから」
葉月「──……」
久弥「腐るようなもの買っても──」
久弥「友達と飲みにいく約束してても──」
久弥「それでも
死ぬときは死ぬよなって──」
葉月の方に向いて
久弥「そう思ってるから」
葉月「──……」
葉月「…俺──」
CMが明け、ふたたびドラマが始まる
男の刑事『おい! 三園!』
久弥「ほら 続き
見よ」
言って体勢を直し、イヤホンを着け直す
葉月「──……」
物言いたげながらも、促されるままに再びスマホ画面に視線を落とす
【5-2】———————————————————————————
◯船外、デッキ
葉月と久弥、ふたり並んで柵にもたれて立っている
葉月「前から思ってたけどさ」
久弥「?」
葉月「なんで そんな…」
葉月「自分のこと嫌いなの」
久弥「──……」
葉月「何回も言ってるけどさ」
葉月「俺がお前だったら──」
葉月「もう いつでも
“この世の春”って感じで──」
久弥「っ…(笑う)」
葉月「もっと調子乗って──」
葉月「人生 謳歌しまくってるよ」
久弥「はは──」
葉月から視線を外して、海を眺めながら
久弥「なんでかは──」
久弥「自分でも分かんない」
葉月「──……」
葉月「ほら
こっち向いて」
久弥「え?(葉月の方に振り向いて)」
葉月「ハイ チーズ」
スマホを構えて、久弥を写真に撮る
久弥「バカ お前──(軽く動揺して)」
久弥「勝手に撮るなよ」
葉月「(苦笑しながら)ごめん」
葉月「でも ほら」
葉月「めっちゃ良く撮れてんじゃん
こんなイケメン」
言いながら、スマホ画面を久弥に向ける
久弥「嫌だよ いいから
見せてくるなって」
葉月「なんでだよ」
葉月「ったく…」
葉月「魂 取られるとか…」
葉月「言ってた時代の武士かって
お前は」
久弥「っ…(笑って)
なんだそれ」
葉月「とにかくさ──」
葉月「もっと自分のこと
好きでもいいのにって──」
葉月「俺からしたら不思議なんだよ」
久弥「──……」
久弥「そんな風に言われても──」
久弥「俺だって分かんない
なんで こんななのか」
葉月「──……」
葉月「…別に──」
葉月「無理にどうこうしよう
とかはないけどさ──」
葉月「ただ…」
葉月「時々お前が
しんどそうに見えるから」
久弥「──……(葉月の方に向く)」
葉月「だから──」
葉月「あとちょっとでも
いいから──」
葉月「自分のこと
好きになってほしいって──」
葉月「そう思うんだよ」
久弥「──……」
正面の海を眺めながら話す
葉月「だってさ──」
葉月「別に イケメン イケメンじゃない
とかじゃなくてもさ──」
葉月「もっと最低な奴なんて
いっぱいいるじゃん」
葉月「そういう奴らに
比べたらさ──」
葉月「お前なんか
めちゃめちゃ善人だよ?」
葉月「もはや“聖人”の域じゃん」
久弥「っ…(笑って)」
葉月「だからもっと──」
葉月「自分のこと
肯定してやってもいいのに」
久弥「──……」
久弥「うん」
今一つ飲み込み切れていない様子の返事
海を眺めたまま話す
久弥「そうやって──」
久弥「お前は俺のこと
褒めてくれるけど」
久弥「でも 俺からすれば──」
葉月「──……」
久弥「自分って──」
目の前の海面に浮かんで流れていく、ゴミを見つめながら
久弥「そこに浮いてる
ゴミみたいに思えるんだよ」
葉月「“ゴミ”って…」
思わず言葉に詰まる
葉月「お前
過去に“いじめ”でもしたの?」
葉月「それか犯罪でもした?」
久弥「…っはは──(思わず苦笑して)
なんで」
葉月「だって…」
葉月「(不服そうに)じゃなきゃ おかしいだろ
そんな…」
葉月「ゴミとか…
…なんでだよ」
久弥「心配いらないって
別に──」
久弥「いじめも犯罪もしてないから」
久弥「でも──」
久弥「俺 よく思うんだよ」
葉月「──……」
語る久弥の横顔を見つめる
久弥「お前が言ったみたいに
この世の中──」
久弥「“いじめ”したり…
犯罪 犯したり──」
久弥「そういう人間も
いっぱいいるわけで」
久弥「だから 俺だって──」
久弥「この世界で
自分が一番嫌いなわけじゃないよ」
久弥「自分より嫌いな奴だって
たくさんいるよ」
久弥「それこそ犯罪者とか──」
久弥「そんなのよりは──」
久弥「自分の方がよっぽど
“ゴミ屑”じゃないって思ってる」
葉月「──……」
久弥「けど──」
久弥「この世界で
“一番俺のことが嫌い”なのは──」
久弥「俺だと思う」
久弥「それが なんでなのか──」
久弥「理由は分かんないけど」
葉月「──……」
久弥「理由が分かってれば──」
久弥「もうちょい楽なのかな」
久弥「そうすれば──」
久弥「もしかしたら 一個ずつ
潰していけるかもしんないのに」
葉月「──……」
葉月「なら試しに
一個 言ってみてよ」
久弥「え?(葉月の方に向く)」
葉月「お前が嫌だと思うところ」
葉月「お前がお前の嫌いなところ」
葉月「そしたら
俺が一個ずつ全部──」
葉月「そんなの
嫌うようなとこじゃないって」
葉月「全部 肯定してってやるから」
久弥「──……」
葉月を見つめる
久弥「…お前──」
葉月から視線を外し、そっぽを向いて
久弥「本当 変な奴だよな」
葉月「っ…(笑って)
なんでだよ」
久弥M「“なんで”でも──
その時はただ
そんな一言を言うので精一杯だった
それ以上 何か話せば──
泣いてしまいそうだと思ったから」
【5-3】———————————————————————————
◯船外、デッキ
久弥と葉月、ふたり並んで柵にもたれ、海を眺めている
久弥「そろそろ中戻る?」
葉月「ん?(久弥の方に向く)
ああ…」
葉月「──……」
ふと、久弥の腕にある線状の傷跡に目が留まる
久弥「よし──」
言って、もたれていた柵から身体を離す
葉月「待ってよ」
行こうとする久弥の腕を掴む
久弥「え?
なに」
葉月「…それ
どしたの?」
久弥「…それ?(驚き、意図が分からない)
なに──」
久弥「…これのこと?」
傷跡を見せるようにして
葉月「──……(久弥を見つめている)」
久弥「──……」
一寸見つめ合うふたり
久弥「もしかして──」
葉月「──……」
久弥「“リスカ”とか思ってる?」
葉月「……」
久弥「違うから
っ…(軽く鼻で笑って) そんなの──」
久弥「死ぬんだったら
もっと確実そうなとこ切るって」
葉月「──!
お前っ…」
葉月「…バカみたいなこと
言ってんなよ」
掴んでいた久弥の腕を投げ捨てるように放す
久弥「──……」
久弥「ごめんって」
久弥「──……」
ふてくされている葉月の横顔を見ている
久弥「大丈夫だよ
心配しなくても」
葉月「は…?(苛立たしそうに)
…何が」
久弥「死んだりしないから
取り敢えず今は」
久弥「仮に本気で
死にたくなったとしても」
久弥「それでも
…その時でも──」
久弥「実際には“死ねない”から」
葉月「──……(久弥の顔を見つめている)」
葉月「…なんで?」
久弥「(葉月の顔を見る)──……」
葉月から視線を外して
久弥「正直──」
身を返し、柵に背中を預けるようにして
久弥「もはや親は
どうだっていいけど──」
久弥「兄貴がいるから」
葉月「──……」
葉月「…お兄さんが
悲しむからってこと?」
久弥「まあ──」
久弥「それも もちろんあるけど」
久弥「お互い微妙に
“変わった”親の下で育ってきて」
久弥「これで俺が
死んだりでもしたらさ」
久弥「これ以上──」
久弥「余計なものとか
背負わせたくないから」
葉月「──……」
葉月「(軽く微笑んで)なんか…
よかった」
久弥「…?
何が?」
葉月「お前もそういう風に
思う人がいるんだなーって」
久弥「──……」
喋る葉月の横顔を見ている
葉月「そういう人がいればさ
そういう存在がいたら──」
葉月「そうやって踏み止まれるよな」
久弥「──……」
久弥「まあ…
そうな」
久弥を見て、軽く微笑んで
葉月「だから よかったよ」
久弥「──……(曇った表情)」
久弥「…よかったのか──」
久弥「…どうかは分かんないけど」
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめる
葉月「どういう意味?」
久弥「──……」
久弥「本当に死にたいと思うとき──」
久弥「いっつも思い浮かぶのは兄貴だよ」
葉月「──……」
久弥「その度に──」
久弥「引き留めてくれて
有難いと思う反面で──」
久弥「虚しくて笑えもする」
葉月「…なんで?」
久弥「(軽く苦笑しながら)こんなときまで
“人の気持ち”かよって」
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめている
久弥、視線を足元に落としたまま、独り言のようなトーンで話し続ける
久弥「“自分自身”は消えて
なくなりたいのに」
久弥「ただ“誰か”のため
だけに生きてるって」
久弥「幸せなこと
かもしれないけど──」
久弥「有難いことだって分かるけど──」
久弥「でも同時に虚しいよ」
葉月「──……」
久弥「──……」
足元を見つめたままでいる
久弥「だから お前も──」
軽く身を起こし、葉月の顔を見て
久弥「変なこと考えたりしないで
仮にいつか──」
久弥「俺が死んだとしても」
葉月「…え?」
久弥「仮に俺が死んでも」
久弥「お前のせいじゃないのは
もちろん──」
久弥「お前には
どうにも出来ないことなんだから」
葉月「──……」
見つめ合うふたり
久弥「なんか──」
柵に預けていた背を起こす
久弥「ちょっと寒くなってきたな」
久弥「先に中戻ってる」
言って船内にひとり戻っていく
葉月「──……」
去っていく久弥の背中を見つめている
葉月M「…もしも
もしも お前が死んだら──
俺は罪悪感を抱くんだろうか?
“止められたんじゃないか”
“救ってやれたんじゃないか”って」
葉月M「“お前にはどうにも
出来ないことだ”って──
確かにその言葉は刺さったけれど
それは 薄っぺらい偽善心を
見透かされた気がしたからとか──
そういうんじゃなくて
ただ寂しかったんだ
お前に──
まるで
“お前は関係ない人間だ”って
言われたような気がして」
葉月「──……」
柵にもたれ掛かったまま、海面を見つめている
葉月M「お前はさ──
ちょっとも
一瞬たりとも──
思い出したりなんてしない?
…そんな──
死にたいような瞬間ですら
──俺のことは」
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