第21話 受け継がれる命の光
レイクルイーズといったか? カナダには、エメラルドグリーンに輝く湖があるらしい。世界遺産カナディアンロッキーの数ある湖の中でも特に美しい氷河湖といわれ、その輝きから「ロッキーの宝石」という別称があるんだとか。
俺は、いつの間にかそこにいた――いや、違う。
現実のレイクルイーズでは、空に桃色のオーロラなんて見られない。惑星のような物体が浮かんでいるなんてことは無いはずだ。
それだけじゃない。周囲には雪山があるけれど、麓が光に覆われていて、地面が見られない。今、俺が立っているのは、水の上だ。ボリビアにあるウユニ塩湖に来たら、こんな感覚になるんだろうか?
とにかく、変な場所だ。
一体、何がどうなっているんだろう?
「あの……」
振り返ると、そこには悲しそうな目をしたチータ達が立っていた。
「あぁ、みんな……!」
俺は彼女達を抱き寄せた。力いっぱい、ここにいるんだって実感を味わうように、ひとりひとりの華奢な体格を確かめながら。
「みんな、ごめん! 辛い目に遭わせちゃって、俺は……」
「シュウ……!」
「おにーちゃぁ~ん!」
スゥとフーコが、泣き出した。ふたりの背中を優しく撫でる。
「良かった……みんな、もう間に合わないって思っちゃったよ」
「その方が、良かったんだと思います……」
浮かない顔のままのチータが、振り絞るように声を出した。
「ボク達が生きているせいで、輝美さんが……世界も壊れるんなら――」
「お前達のせいじゃない!!」
声を張り上げ、チータの言葉を制止する。
世界の存続の危機だからって、こどもに「自分達のせいで」なんてこと言わせたら、何のために大人はいるんだ? って話になる。
「そんなの勝手な大人の都合だよ! 断じてお前達のせいなんかじゃない! お前達だけダメだなんて、そんなわけないよ!」
「でも、にーちゃん。オイラ達がいなくなれば――」
「話は簡単ってか? でも納得できない! 俺は!」
俺は少しだけ体を離し、四人の顔を一瞥出来るように姿勢を整える。
「みんなはさ、なんで俺の所に来たんだっけ? もう一回言ってみろ」
四人は、しばらく互いの顔を見合わせていたが、やがて、それぞれの希望を口にする。
「死にたくなかったから、です……」
「生きたかったから……」
「フーコ、みんなと離れたくなかった……」
「自由になりたかった……」
「そうだろ? 良いじゃないか! 立派な願いだよ。叶えて良いんだ!」
ちっぽけだけど、何よりも大事な願い。人が、人として生きるために必要な、当たり前に求めて良い権利のはずだ。
それを、世界が認めないのなら――、
「別に、良い子じゃなくたっていいって」
「「「「えっ?」」」」
四人が、目を丸くする。
「世界のためにー、だなんてご大層なこと言わなくたっていいよ。お前達がそうしたいってんなら、そうすれば良い。世界の存続なんて知ったこっちゃねえよ! 俺には、お前達のがよっぽど大事だ」
「お、おいにーちゃん……?」
「シェン、止めるな。確かに、お前達は良い子だ。わがままも言うしおやつは勝手に食べたりするけど、せいぜいそれだけ……周りに迷惑をかけないようにしてたのは、ちょっと振り返ればすぐにわかった。でも……」
俺は再度、四人を抱きしめる。
「今だけは、そんなことしなくていい。生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから、自分のことを考えれば良いんだよ……」
「おにーちゃん……」
フーコが、縋るような声を出す。そうだ、それでいい。
この子達は、最後まで抗っていた。捕まったらどうなるのかって、きっと薄々気付いていたのかも知れない。それでも今日までここにいるってことは、本心では死にたくないって思っているからに他ならない。なまじ賢いだけに、自己犠牲の重要性を理解してしまっていて、そうすることが正しいと思っている。
でも、保護者の俺だけは、それを全力で否定しなくっちゃあならない。
そうさ。これはきっと――
「これが、大人のわがまま」
輝美が反対方向からチータ達を抱きしめた。どこから現れたのかは知らないけど、現実に目の前にいる彼女は、間違いなく本物だった。
「あなた達に、教えてあげるわ。究極の、大人の女の、わがままってヤツをね」
「輝美さん……」
「テル……」
「おねーちゃん……」
「ねーちゃん……」
チータ達に笑顔を見せた後、輝美は俺に、笑顔のまま眉間に皺を寄せて見せる。
「秀ちゃんが何しようとしてたか、わかるよ」
輝美のウインクに、俺は苦笑しながら頷いた。
「君がしたことを、俺がする……『創造』のスキルを使って」
「それは不可能よ」
輝美は、あっさりと俺の決意を否定する。
「チータ達の命は、肉体は、あたしのものをベースにしているから。受け入れられる性質っていうのがあって、それは同質のものでなくてはならないわ。輸血とおんなじ原理よ。異なるものを流し込めば、それは異質となり、深刻な害を及ぼす」
「だから、俺には出来ないって?」
「出来てたら……お母さんはあたしに恨まれてでも、秀ちゃんを利用してたと思うわよ? そういう人だって、もうわかってるでしょ?」
「あぁ、なるほど……」
輝美の言葉には、説得力があった。確かに、始めから全ての事情を知り、協力を持ち掛けられていたら、俺は多分、それを受け入れていたと思う。
他ならぬ、輝美とこども達を助けるためなら、俺の命なんて惜しくないから。
それをしなかったということは、つまりそういうことなんだろう。
「だから……これは、あたしの役目」
「えっ――」
輝美の身体が輝き始め、その身から発した黄金の光が、四人のこども達に注がれていく。
それは、命の光――生命体が生きるために必要な、力そのものだった。
「お、おい何を――」
「これこそが、本来の形なの」
輝美の柔らかい口調に、俺は自らの言動を制止された。
止めたい。だけど止めることが出来ない。
何故か、そんな気持ちになっていた。
「一度、譲ったものを都合よく元に戻してもらうだなんて、それこそ傲慢。一度譲ったものは、きちんと返してあげなくちゃいけない……それが、この体に刻まれたルールみたいなのね」
「お、おい輝美……どういうことだ?」
「わかってると思うけど、あえて宣言するわ」
輝美は、こども達に微笑みかけながら、声高らかに告げた。
「チータ。スゥ。フーコ。シェン。あなた達は……あたしが生まれ変わった存在だと思いなさい」
「「「「えっ?」」」」
「あたしとあなた達の……想いは同じ。秀ちゃんのこと、これからはあなた達が支えるの」
輝美から命の光を与えられたことで、チータ達の心臓が動き出すのを感じた。
そして、輝美の肉体は黄金の光の球に変わる。そして、そこから一対の翼が生えた。俺の右手の甲に刻まれた模様と、同じ形をしている。
『秀ちゃん、受け取って。あたしの金翼の欠片を、あたしと一緒に』
「やめろ輝美! おばさんに生きてくれって言われたばっかだろ!?」
しかし、光になった輝美は、俺に近寄るのを止めない。吸い寄せられるように俺の身体に触れ、包み込む。
『これが、あたしのしたいことだよ。秀ちゃん』
暖かさと共に、輝美の思念が頭の中で木霊する。
『チータ達を……もうひとりのあたし達を助けて、あたしはあなたとひとつになる。これも、究極の愛ってヤツだと思わない?』
「そんなこと……そんな……」
『チータ達が秀ちゃんの所に来れたのも、きっとあの子達があたしとおんなじだから……志摩輝美としてのあたしはもう人間ではいられなくなっても、こうやって秀ちゃんの中にいられるなら、それも良いかな~って』
「お前……ずっと、そんな風に思ってたのか?」
『言ったら、拒否ってたでしょ?』
「当たり前だろ。お前、いなくなるんだし……」
『うふふ。でも、これで良いんだよ。きっとね』
一対の翼に、包み込まれる。なんだか、輝美に背後から抱きしめられたような感じがした。
『あたし達全員の共通する願いは……秀ちゃんとずぅ~っと一緒にいること。だから、あなたが死んじゃったら、あたし達どっちが生きていたとしても、それはもう成り立たない。絶対、自殺する。無駄死にだよ、そうなったら』
「そんなこと言うな……!」
『だから、これが結論。チータ達はこれからもあなたのそばにいるし、あたしはあなたと一つになる……』
「輝美!」
『幸せになって。そうしたら、あたしも幸せだから……』
「輝美、待て! 逝くな!!」
『いかないよ。これからも、よろしくね……あなた』
包み込むような温かさが消え、左手に燃えるように熱くなる。
左手の甲にも、右手と同じ、金の翼の模様が付いていた。
「……ここにいるんだよな、輝美」
左手の甲を、額に当てる。再び光るとかまた熱くなるとか、輝美の声が聴けるなんてことは、起きなかった。それはとても寂しい事だった。
だけど、泣くことは許されない。
俺は輝美に託されたんだから。
金翼の欠片の力を――彼女自身を。
そして、もうひとりの輝美ともいえる、4人のこども達を。
両手で顔を叩いて、気持ちを入れ替える。
「みんな、見てたか……? 輝美が、俺達を助けてくれたよ」
こども達は、静かに泣いていた。肩を揺らし、すすり泣きを続けるみんなに、語り続ける。
「みんなに、生きてくれってさ。お前達をさらった人、あれ輝美のお母さんだったんだけど、その人から生きてくれって言われて……それでもこうやって…………それは、みんなの中で、生きていくって決めたからなんだと思うんだ」
「……わかるんですか?」
チータが口を開く。
俺は、「当然だ」って答えた。
「輝美と一つになった。そのおかげで理解できたよ。あいつも、一緒にお前達が生きていくところを見たいんだって。そうやって、ずっと施設の中で、お前達を守って来たんだよ。輝美は」
チータ達は変わらず身を震わせ、やがて大声を上げて泣き出した。
目を伏せると、輝美とこども達の間にあった、五人だけが知ってる思い出の風景が、瞼の裏にスクリーン映像のように蘇る。
未知の存在、神話生物とのつながりをもっている神霊子。その素質をもっている人間は限られているけれど、もしも全ての人間が神話生物を認識し、手を取り合えるような技術を生み出せれば――そう考えて生み出されたのが、神話生物の器となるデザインベビー。すなわち、チータ達だった。
彼女達を産みだすために、自分のDNAが使用されたことを知った輝美は、好奇心から四人の指導役を引き受ける。しかし、度重なる実験の影響で、四人はふさぎこんでいた。
だから、輝美はひたすらに、世界を教えた。どんな人が、どんな場所があるのか、どんな関係性をもって日々を過ごしているのか、自らの体験を踏まえて説明し続けた。そうする内に、やがてこども達は外の世界に興味を示し始めた。
四人が一番好きな話は、輝美のこと。特に、女子らしく恋愛話に興味津々で、最後の方はほとんどそればかりだったようだ。俺のことを知ったのも、その影響が強かったのかも知れない。
だから、俺達の関係性は、輝美あってのものだった。
そんな彼女に、こんな結果を与えられたら――もう、守り抜くしかないだろう。
「みんな、これからもついてきてくれる? 俺は相変わらずだけど、みんなを守りたいって気持ちだけは、誰にも負けないから」
俺は、チータ達に手を差し出した。四人はしばし無言だったが、やがて可笑しそうに笑い始めた。
「どんな口説き文句ですか、それ?」
「でも、しょうがない。やっぱりシュウはわたしがいないとダメ……!」
「しょーがないから、フーコがずぅ~っといっしょにいてあげるー!」
「ったく、世話の焼けるにーちゃんだなぁー!」
「お、おぉー……?」
四人は、一度俺の右手に触れると、俺の身体にしがみ付いた。どういう受け止め方をしたのかは知らないけど、どうやら受け入れてくれたらしい。
「なぁ、にーちゃん」
「どうした、シェン?」
「この後……玄武たちと戦うんだよな?」
「まぁ、そうなるかな」
悩むように唇を引き締めるシェンに、俺は正直に告げた。
世界が不安定かどうかはわからないけど、現実問題、暴走した四神は街を破壊し続けている。それに、あいつらがいるために、世界が崩壊する恐れがあることは、いろんな人から言われていることだ。
戦いは、避けられない。
「シェン、何か気になることでもあるのか?」
「あいつらにっつーか、オイラのやりたいことになるんだけどさ」
「おぉ、良いねぇ。そういうの、もっと聞かせてくれよ」
この後の行動に関わる事かも知れないからね。
「にーちゃん、オイラも戦いたい!」
「戦うって――」
「にーちゃんと一緒に、戦えるようにしてくれよ! そんで、あいつらを自分の手で止めたいんだ!」
「シェン……」
意外だった。四神に対して「助けてくれ」って思うんじゃなくって、「戦いたい」と思っているときたか。
確かに、輝美から金翼の欠片を譲り受けたことで、俺自身の力は飛躍的にパワーアップしていた。単純な神力の強さだけでなく、同時に使用できる『創造』のスキルが、2つから4つに増えている。
シェンの要望に、応えられなくはないと思う。
「でも、なんで? 無理にお前が戦うことないと思うんだけどな」
「なんてことねーって。なんでこんなことしたがってんのか、話はできねーだろうから、拳で語ろうって思っただけ」
「賛成」
スゥが立ち上がり、シェンの意見に賛同した。
「あの子達が何を思ってるのか、自分で確かめたい……」
「そうだね。秀平さん、ボクもそう思います」
「チータ、お前まで……」
「フーコも……シロちゃんとおはなししたい!」
「あぁー、なんてこった……」
せっかくみんなが生きられるように出来たのに、また戦えるようにしなくてはならないだなんて。
だけど彼女達には神霊がいない。
どうしたもんかと思っていると、金翼の欠片が輝き始め、チータ達に光の粒子を浴びせた。
「わわっ!」
「何、これ……?」
「ほわぁー……」
「なんか、ふわふわしてきたっつーか……」
チータ達は煙のように宙に浮かび、俺の周りを流れる。
その光景を見た俺は、ふとひらめいた。
「逆の発想ってわけだ……」
チータ達は、四神がこの世で生きるために、その身を貸し与えた。
例えば、それを俺が『創造』のスキルで生み出した神霊に宿せるのなら……。
そのために必要な、イメージは出来た。
「よし……みんな、俺を信じてくれるか?」
目線を合わせ、導き出した結論をテレパシーで伝える。
チータ達は、四人で顔を見合わせ、頷き合い――俺の腕にしがみ付いた。
「あなたを信じます」
「ずっと一緒……」
「おにーちゃん、だいすき!」
「一生、ついてくぜ!」
チータ達は、満面の笑みで応えてくれた。俺が一番、見たかったものだった。
自然と、左手に視線を落とす。何故だか、そこで輝美が微笑んでいるような気がした。
これで、後顧の憂いは無くなった。
「みんな、意識を集中させて」
俺の言葉に、みんなが頷く。
「俺の心臓、鼓動を感じて……重ねてくれ」
心臓が動く音に合わせて、両手の金翼の欠片が光り輝き、やがて視界を白く染めあげた。
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