第20話 真実

「死ぬな……みんな死ぬな……!」


 必死に、心臓マッサージや人工呼吸といった蘇生術を試みる。しかし、チータ達は目を見開いたまま、虚空を見つめるだけで、ちっとも状況は改善しない。

 でも、諦めるわけにはいかない! すぐに効果は出なくても、諦めさえしなければ――


「無駄よ。もうやめてあげて」


 トンネルの奥から、光子おばさんが姿を現した。しかし、その身は傷だらけになっており、今にも失血死するんじゃないかってくらい、青い顔をしている。

 隣には、茫然と立ち尽くす輝美の姿があった。


「……何をしたんですか?」


 自分でも意外なくらい、冷えた声が出た。


「秀ちゃん、あたし……!」

「輝美。俺は確認したいだけだ」


 チータ達を救うために出来ることがあれば、それを実行する。そのためにも、どうしてこんなことになったのか、その理由を確認することは重要だ。

 光子おばさんの目的も、その願いの強さも理解できるし、共感できる。だから、戦うことを目的にここまで来たわけじゃない。

 おばさんが切り捨てたものを、再び拾い上げる。

 そのために、俺にできることは何なのか? それを理解する必要がある。だから話をしなくてはならないのだ。


「……少女達の血を抜き取り、それを媒体として四神を彼女達の肉体から解放したわ。あなたも見たでしょう? 四神は新たな肉体を得て、野性を取り戻した。ああなったら、四神は今、世界にある全ての物を破壊し尽くし、自分達に適した世界に創り変えるつもりなんでしょうね」

「……その後は?」

「無論、輝美の命をあるべき形に戻したわ。少女達は、輝美の生命を貸し与えている状態で生き永らえていた。だから、その源を元の場所に戻すことで、あるべき形に直したわ。私の神霊、玄奘三蔵げんじょうさんぞうが司る、『願唱導がんしょうどう』のスキルと――」


 光子おばさんは、輝美の表情を覗き込むように、つぶやいた。


「輝美の……『創造』のスキルをもって、ね」

「えっ?」


 耳になじみのある言葉だからこそ、呆気にとられた。

 輝美のもつスキルが、『創造』?


「あの、すいません。『創造』のスキルって、確か――」

「そうね。あなたのもつ、金翼の欠片と同質のものよ。それが意味することは、あなたにもわかるでしょう? セイクリッドファントムなんて名前の、オリジナルの神霊を生み出したあなたなら」

「輝美の神霊は、黄龍だって思ってたのは……『創造』のスキルでそれを生み出したからってことですか?」

「そうね。だから、本物の黄龍が存在するかどうかはわからないけど、少なくとも輝美のそれは、『創造』のスキルを用いて生み出された、同名のオリジナルの神霊ということになるわね。四神の長たる存在として、自らを律するためにね」

 

 おばさんが、何かに怯えているように震える輝美の頬を、優しく撫でた。

 輝美は、チータ達の指導役だった。だから、自分がそれにふさわしい存在となるよう、黄龍を模した神霊を生み出した。『創造』のスキルをもって。

 

「なら、どうしてチータ達を助けてやれなかったんですか? 『創造』のスキルがああるなら、たとえば命を共有するとか、そういうことが出来るんじゃ……!?」


 言っている内に、気付いた。

 そうだ、俺の命をチータ達に分け与えることが出来れば、あるいは――、


「やめなさい! 死んでしまうわ!」


 おばさんは血相を変え、俺の言葉を遮った。


「それが出来れば……最初から苦労なんてしなかったわ!」

「なんで!? まだやってみないと――」

「わかるのよ! 私のスキルで見たんだもの!!」


 おばさんは、無力さに耐えるように、輝美を強く抱きしめた。


「確かに、あなたと輝美のもつ『創造』のスキルなら、それらしいことは出来るかも知れない。だけど、それぞれがもつ力には限度があるの。叶えられる範囲には、限度があるの。たとえ、金翼の力が完全に戻ったとしても、死者を蘇生させることは絶対に出来ないの……」

「なんで、わかるんですか?」

「『願唱導』……私のもつスキルは、対象となる者が願う未来に辿り着くために必要な条件を導き出す能力。未来予知の一種だと思ってちょうだい。それが、あなたの望む未来が実現不可能であることを、示してしまったの……」

「なんだよ、それ……?」


 絶望を叩きつけられたような気分になり、つい舌打ちをしてしまう。前世界の玄奘三蔵がどんな存在だったのかは知らないけど、少なくとも創造主の力を受け継いだ金翼よりも高位な存在とは思えず、つい見下したような態度を取ってしまった。

 そんな俺の胸中を察したのか、おばさんは苦笑する。


「あなたはきっと、玄奘三蔵の力が低いからこんな結論になったと思うでしょうけど、『願唱導』は自然の摂理に基づいて、その成功までのルートを導き出す能力なの。それが、自然の摂理に反しているような結果になると、その人がもつ希望以上の絶望が襲い掛かるようになる……そうならないように、結論を導き出すの。本末転倒にならないようにね」

「俺がしようとしてることは、そうだって言うんですか?」

「そうよ。だって、輝美もあなたのおんなじことを言っていたんだもの」

「輝美……」


 輝美を見ると、彼女は涙を流していた。よく見たら、彼女の目元は腫れあがっていた。


「チータちゃん達が生み出される過程で、人間のDNAが必要になった。その提供者のひとりが、輝美だった……言ってみれば、チータちゃん達は輝美にとって、ある意味娘みたいな存在だったから、放って置けなかったんでしょうね。だから、無茶をしてしまったの……」

「まさか、輝美は――」

「実行してしまったの。『創造』のスキルで、『生命の共有』を」


 ――スキル『創造』発動。変換『生命の共有』を実行。

 

 失敗。譲渡された生命は、流れ着いた先で止まってしまった。

 それが、輝美の「命が無くなった」という言葉の真実。

 チータ達が、この世に存在できた理由。


「だから、私は娘の命を選んだの。チータちゃん達を犠牲にするのは本意ではないけれど、それでも元の、あるべき形に直すために、私は恐れることを、恐れなかった……そのために邪魔なものは、全て排除してきたのよ」

「排除って……」

「幼い頃から、あなたが金翼の欠片の持ち主だということは、あなたが輝美と惹かれ合っていたその時に、既に気付いていたわ。だから、あなたが神霊子として覚醒すれば、あるいは別の道も生まれるかと思って、陰でいろいろ協力してきたわ」

「協力って……?」

「友角を殺害したのは、私達。逆恨みから生活の基盤を壊しかねないと判断したから沙悟浄に始末させたの」

「……友角は、体を溶かされて殺されたって話でしたけど?」

「沙悟浄は『強酸』を操るスキルをもっていたの。あなたが気付けなかったのは、私達にあなたを殺害する意図が無かったから。きっと、彼もわかってくれたのね」


 自分の命を犠牲にしてまで、俺達を止めようとしたっていうのか。あの荒神達は。


「なら、丘山先生は――」

「そこはわからないわ。後で調べてみたけど、彼は元々素養はあったけど、受容する心持ちが仇になったパターンね。狡猾な神霊に精神を犯されたんでしょうね」

「そっか……」


 受け入れるだけじゃ、生きていけない世界ってわけか。本当に、世の中っていうのは、理不尽で溢れかえっているもんだ。


「問題は、これから……」


 光子おばさんは、四神が暴れまわる本土の方向に視線を移す。


「私達がチータちゃん達をスムーズに捕縛出来たのは、対神話生物用に制作した特殊な麻酔薬。クロロホルムみたいに嗅がせれば、対象の意識を奪うことが出来た……それを四神にも使用することで、暴れる前に眠らせて、そのまま殺すつもりでいたのに……」

「スサノオのヤマタノオロチ殺しみたいにはいかなかったってわけか」


 見積もりが甘かったってわけだ。


「必死に抵抗を試みたけど、ダメだった。私は早々に四神に吹き飛ばされたし、荒神達も力不足……何もかも、甘かったわ」

「自分には使えなかったんですか? その『願唱導』ってのは?」

「そうね……そこは、私利私欲を捨ててひたすら仏教典を漢語訳することに明け暮れた、玄奘三蔵らしい性質よね」


 苦笑する光子おばさんを余所に、俺は動かなくなったチータ達の身体を、仲良く並べる。こうしてみると、安らいだ顔で昼寝をしているようにも見える。

 だけど、この子達はもう動かない。笑ったり怒ったり、悲しんだりすることもない。楽しそうにはしゃぎまわる姿を、見ることは出来ない……。


「俺はただ、この子達を守りたかっただけなんだ……」

「……言い訳はしないわ」


 光子おばさんは、一つ咳を入れ――血の塊を吐き出した。そのまま、輝美と共に前のめりに倒れ込む。


「ちょ、大丈夫ですか!?」


 俺は慌てて、おばさんのそばに駆け寄り、仰向けに寝かしつけた。

 コートの上からではわかりにくかったけど、おばさんの全身の傷は、想像以上に深かった。出血量が酷すぎて、コート全体の色を塗り潰しかねない勢いだった。


「罰が当たったってことね。でも、私は……」

「しゃべらないで」


 俺はセイクリッドファントムを通して、残る一つのスキルを使う。


 ――スキル『創造』発動。『ヒーリング』に変換。


 セイクリッドファントムから流れ出る桃色の光が、光子おばさんを包む。しかし、傷は癒せても、失った血は戻らない。


「ダメね……せっかくここまでしてくれたのに、申し訳ないけど……」

「お母さん……!」


 輝美が、両手を震わせながら、おばさんの肩に触れる。

 既に、傷口は塞がれている以上、これ以上彼女に出来ることはない、ということなのか。


「輝美、ごめんなさい……お母さん、結局あなたを苦しめただけだった……」

「やめて! そんなこと言わないで!! お母さん!!」


 慟哭を上げながら、母の肩を揺らす輝美。光子おばさんは、そんな輝美の姿を見て、涙を流した。


「輝美……お父さんとお母さんはね、あなたが生きていてくれる……それだけで良かったの。ただ、生きてさえいれば、人は何かに貢献している……それが不変の事実である以上、どんなことになっても、あなたには生きていて欲しかった……」


 おばさんが、輝美の頬に手を触れる。


「あなたがどんな選択をしても、きっとそれは、あなたのためにすること……そう。願っているわ。生きて……あなたの…………」


 光子おばさんの手が、糸が切れた人形のように、地面に落ちた。


「あっ……あぁぁぁ……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 輝美の絶叫が、猿蟹島に響き渡った。娘を救う――ただその一念でここまで戦った光子おばさんは、娘の生存を信じて、ようやく肩の荷を下ろせたんだ。

 母の死に涙する輝美を背に、俺は冷たくなったこども達の身体を抱き寄せ、強く念じた。

 皮肉にも、光子おばさんの生き様は、俺の決意を固めてくれた。

 

 チータ。

 スゥ。

 フーコ。

 シェン。


 幼くして命を落としたこども達を救うために、俺にチートがあるんなら、それを全て捧げても構わない。

 だから、頼む! 奇跡をくれ! 俺だけにしか出来ないことならば、それをはっきりとした結果に残させてくれ!


「秀ちゃん!? ダメ、やめてぇ!!」


 輝美の悲鳴が聞こえたが、俺の意識は朦朧となり、視界が黒く染まった……。





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