第9話 憧れの人
全員が朝食を済ませた後、全員で車に乗り、出かける。姉ちゃんのナビゲートの通りに車を走らせ、辿り着いたのは、火野家の実家があるY市K区内にあるアウトレットモール、そこに隣接するベイサイドマリーナだった。日本最大級のマリーナと言われるこの施設海には、とにかく船舶する船の数が多い(金持ちの税金対策らしい)。クルージングや釣りはもちろん、船舶免許の資格やヨット・ボートの乗り方を学べるスクールなんてものまで行なっている。俺達火野家の父は、ここで障害児向けのヨット体験のボランティアに参加しており、何かと縁のある場所だ。
そんなところに、今日は我が永遠のバイブル『星母物語』の生みの親である、綱吉悟が訪れているという。
駐車場に車を停めた後、施設内の浮き桟橋への出入り口付近を歩き続ける。
「なんか、緊張してきた……」
俺にとっては神様のような人とお会いするということで、普段は気を遣わないおしゃれに大分気を遣ってきた。黒いサマージャケットに、白いTシャツ、デニムに赤いコンバースの靴。これが精いっぱいだった……。ファンであるなら、『星母物語』のTシャツを着てきた方がアピールになるかも知れないが、それは姉ちゃんに止められた。
対して、姉ちゃんはピンクのアロハシャツとスカイブルーのワイドパンツといったゆったりとしたコーディネートで、こども達はそれぞれの四神の意匠をもついつもの服装だ。
なんだろう、張り切っている俺が馬鹿なのか?
「人に会いに行くだけだろー? なんでそんなビビるんだよ?」
「そんなこと言うな。俺にとっては、ある意味家族以上のVIP的存在なんだ」
シェンが呆れるような目で見てくるが、こればっかりは好みの問題なので、どうしようもない。
「ねーねー、どこ行くの~?」
フーコの質問は、俺や他のこども達の言葉でもあった。姉ちゃんは海沿いのルートを歩き続けるだけで、具体的な行き先を告げていない。有名人だからなるべく目立つ場所は避けるだろうから、レストランでは無さそうだけど……。
「もう着いている」
「「「え~?」」」
俺とフーコ、シェンとで、「何言ってんだあんた?」みたいな反応を見せてやった。俺だけデコピンされた。
「もうすぐ着くはずだ。時間にはきちんとした人だから――っと、噂をすれば」
姉ちゃんが海の方を指差したから、目でその先を追う。
海の上を走る灰色のビッグボートが、こちらに向かってくるのを見た。
それを見た俺は、姉ちゃんの言葉の意味を理解した。
「もしかして、あの大型のボート……!」
「そう。リーダーのものだ」
「ってことは、オイラ達あのボートに乗れんの!?」
シェンが、目を輝かせながら姉ちゃんを見る。
「そうだぞ。みんな、落ちないようにな?」
「いやっほー! はっじめっての、ボート~♪」
「わぁーい!」
シェンとフーコが、俺の周りをグルグルと走り回る。どうやら、冒険心をくすぐられているようだ。
いや、子どもに限った話じゃない。俺だって興奮している。ボートの存在は知っていたし、ドラマとかでよく映像は見ていたからどんなものかは知っているつもりだったけど、知識と体験は違う。金が無いから縁が無いと思っていたのに、実際に乗れるとわかると、気分が高まってくる。
ビッグボートから、ピンクのポロシャツとベージュの短パン姿の大柄の男性が現れ、サムズアップをして見せた。
彼の顔は、見覚えがある。
「あの人、もしかして」
「あぁ、
「良かった、無事だったんだ」
彼は、初めてチータ達と出会った時、救急隊員に扮していた、姉ちゃんの仲間の人だ。そういえば、まともに素顔を見たのは初めてだな。
「敵の追っ手がショボかったってのもあったけど、あいつはあいつでやるもんだ。つっても、今日の所はリーダーに集中しろよ? 追って、紹介してやるから」
「う、うん……!」
姉ちゃんに先導されながら、俺達は浮き桟橋に移動し、そこから一時的に停まったボートに飛び乗った。
俺達が乗り込むと、ボートはすぐに水上を走り出し、ベイサイドマリーナから離れていった。
◇◆◇◆
「うっひゃー! すっげー、にーちゃん!」
「さかながいっぱぁい! キャハハ! 飛んでる飛んでるー!」
俺達を乗せたボートは、ベイサイドマリーナが小さくなるくらい離れたところで、スピードを緩める。ちょうど今、トビウオらしき魚の大群が、一斉に海面から飛び出してきたのを見ていたところだ。チータとスウも、声には出さないものの、新鮮な光景に目を輝かせている。楽しそうで何よりだ。
俺も楽しい。全てが新鮮だからね。
だけど、本題はここからなんだ。
「秀平、客室(キャビン)に来い。リーダーが呼んでいる」
「あぁ、わかった」
俺は姉ちゃんに誘導され、ブリッジから客室に入る。食卓テーブルを囲うような形で設置されたベンチに、姉ちゃんと同じアロハシャツ姿の初老の男性が座っていた。人懐こい笑みを浮かべている彼は、白髪の混ざった短髪をワックスで固めて、逆立てている。少しふっくらした鼻は、彼のトレードマークだ。少しやつれているようだけど、それ以上にエネルギッシュな雰囲気を漂わせており、今もなお社会の第一線で活躍している風格を見る者に感じさせる――そんな男性だった。
彼こそが、
本当に、彼が姉ちゃんの所属する組織のリーダーなのか。
「はじめましてー! 君が、火野秀平くん?」
「は、はい! 初めまして、火野秀平です!」
勝手に背筋が伸び、90度のお辞儀をしてしまう。本来は、45度が最敬礼ってことになるから、これはむしろ失礼に当たるのだろう。
しかし、綱吉さんは笑って見過ごしてくれた。
「アハハハ! そう固くならないで、挨拶が遅れて申し訳なかったけど、僕はもう君とは仲間のつもりなんだから」
「あ、ありがとうございます!」
思った以上に、気さくな話し方をされる人だった。おかげで、ガチガチだったらしい俺の精神が、ゆっくりとほぐされていくのを自覚出来た。
「ずっと、星母物語のファンで、その時からずっと尊敬してました!」
「嬉しいなぁ~! ささ、それも良いけど、まずは座って座って。大事な話もあるからさ」
「し、失礼します!」
ソファに座ることを勧められたので、遠慮なく腰を下ろす。綱吉さんはテーブルに付属された椅子に、姉ちゃんは馴れ馴れしいことに、ベッドに腰を掛けた。もっとも、綱吉さんはそんな姉の蛮行を気にする素振りも見せない。大人だ……。
向かい合って座る綱吉さんは、微笑を浮かべたまま、探るような目で俺を見る。
「……うん、教わった通りだね」
「えっ?」
「そうだね……じゃあ、せっかくだし、僕のゲームにハマったきっかけでも聞こうかな? そう言ってくれる人が多くて、いろんな人に聞いてるけど、一個一個が嬉しくてね。良いかな?」
「は、はい! えっと、初めては、十歳のクリスマスの時に――」
それからは、他愛のない会話が続いた。
ゲームを通じて、子どもの頃の話を。
大学生から社会人になってから、仕事の話。
家族についての話。
そして、最近経験した、転職の失敗と適応障害になったこと……。
「その件については、本当に申し訳ない」
そう言って、綱吉さんは頭を下げた。
「え、あ、いや、ちょっと……どうしたんですか、急に?」
謝罪をされる理由がわからず、俺は困惑してしまう。
これについては、すぐに姉ちゃんからのフォローが入った。
「友角を使って、お前を退職に誘導したことだよ」
「承認したのは、僕だからね。責任は僕にある」
「あ、あぁ……なんだそれか。いや、本当に気にしないでください。必要なことだったって、今はもう納得してますから」
俺の中では決着がついていること――つまりは過去のこと。必要以上に振り返る必要はないことだ。未だに不思議に思うことはあるけど、ああなっていなければ、チータ達は助からなかったかも知れないんだから。
「でも、そのことで君を追い詰めてしまったのは事実だからさ。こうやって、ちゃんと謝りたいって思っていたんだ」
「なら、えっと……えらそうかもしれないけど、許します!」
「フフ……ありがとう」
綱吉さんが、握手を求めるように右手を伸ばす。
俺は、彼の手を握り返した。
「四神の子達のことも、ありがとう。彼女達を守ることは急務だったから、それを果たしてくれたことについては、組織だけじゃなく、全ての人類を代表して、お礼を言わせてもらうね」
「そんな、大袈裟な――」
「それが、そうとも言い切れないんだ」
綱吉さんはテーブルの上に置かれたタブレットを手に取り、一枚のイラストを表示し、俺に見せた。
それは、ドラゴンやグリフォン等、神話に登場する様々な生物が暴れまわり、人間を駆逐していく、実際に起こったら阿鼻叫喚ものの光景だった。
俺は、身震いした。
それが、現実のものとして実現するわけがない――と思えなくなったからだ。
「お姉さんから、僕が予知能力のスキルをもつ神霊子であることは、聞いてるかな?」
「はい。そう聞いています」
「そう。これはね、僕が夢という形で見た予知……メッセージなんだ」
「メッセージ……?」
「中央、よく見てごらん?」
「真ん中……えっ?」
俺は、見覚えのある神話生物の姿に、愕然となる。
暴走しているであろう全ての神話生物の中心になっているのは――四神だった。
「……どうしてこんなビジョンが見えたのか、その理由はわからないけど」
綱吉さんは、真上にあるブリッジを見上げる。会話が止まると、こども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
「夢に出てきたメッセージがあるんだ。「世界の為、一度火野秀平を壊せ」って」
「えっ?」
「それだけじゃないよ。「四神の子らを守れ」だとか、「高尾山に行かせろ」とか……さ」
つい、息をのんでしまった。
これらのメッセージは、全部俺達が経験してきたことだ。姉ちゃんを通じて俺達を動かしていたのは、綱吉さんだったのか。
「壊せ……そのメッセージは、俺の神霊が目覚める準備をさせる……ていうか、そのために必要な要素を、知ってたってことですよね?」
「そうなるよね。現に、君は神霊を目覚めさせて、敵を倒していた」
綱吉さんも、今朝の友角が殺害されたニュースを知っているようだ。
「そういうわけで、意味することの全容はまだわからないけど、今回見た予知は、世界の存続に関わる重要なものだと思ったんだ。そこで、当事者たる君にも、少し協力してもらいたいことがあるんだよ」
「何でしょうか?」
改まって、綱吉さんが真剣な面持ちを見せる。
「四神のこども達の保護……これからも続けられそう?」
綱吉さんの言葉の意図を、俺はすぐに理解できた。
これは、きっと儀式みたいなものなんだろう。≪シーズン≫の一員として、世界の安定を図るため、キーパーソンとなるチータ達を監視する。彼女達がどのような理由で世界に混乱をもたらすのか、あるいは違う要因があるのか、それはわからないけど、何かが起きるその時に備えられるようにしたい。
おそらくは、その基盤を担うこと――世界の混乱、人類の全滅を防ぐこと。
そのためにも、力のある神霊――その宿主であるチータ達を守る。
あるいは、倒す。
綱吉さんは、それを俺に託そうとしている。
答えは――言うまでもないけど、はっきり言おう。
「俺に出来るのは、あの子達を守ることくらいです」
膳立てはあったものの、俺は彼女達がいなければ、きっとふんわりした人生を送っていた。
今ならわかる。整体師を目指していた頃の俺は、それを貫こうという姿勢に欠如していたって。だから、友角ごときにボロボロにされたんだ。
それに気付けたのは、チータ、スウ、フーコ、シェンを守りたいって思ったからだ。俺を必要としてくれている彼女達が、少しでも幸せになれるようにがんばろうって、思えるようになったからだ。その気持ちの強さを思えば思う程、これまでの人生、いかに漠然と生きてきたのかがわかる。
俺は、チータ達に救われた。
大人として、恩返しはしなくっちゃあならない。それ抜きにしても、大人ならこどもを守らなくちゃいけない。
「良かった。良い返事が聞けたよ」
そして、俺の返事を、綱吉さんは快く受け入れてくれた。
「こんな俺で良かったら……その、これからもよろしくお願いします!」
俺は、綱吉さんに頭を下げた。姉ちゃんを通じて、俺とチータ達をめぐり合わせてくれたのは、この人のおかげだからだ。
思った通りの人だった。心の底から、他人を信じたいと思った。
綱吉さんは、「これからもよろしくね」と言い、俺の肩に手を置いた。
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