第8話 不穏
高尾山での一件から、十日が過ぎた。カレンダーは五月に切り替わり、明日からはゴールデンウィークに突入する。
いわゆるサラリーマンとは違う状況になったことで、その間は必然的に、四神の神霊子であるこども達と一緒に過ごすことになった。おかげで、だいぶ彼女達の個性を理解できた気がする。
大きく印象が変わったということはないけど、ひとまずは整理しておこう。
まずはチータ。
彼女は、一言で言えば学級委員タイプだ。真面目で規律を重んじる、だけどいざという時にはルールに縛られない大胆な行動を取ることに躊躇が無い。だからこそ、他の三人から、リーダー的存在として扱われているのだろう。
趣味は武道で、早朝の体操、槍術や太極拳の修行を欠かさない。ちなみに、神霊子は神霊の肉体の一部を変化させた武器――神具(しんぐ)というものを扱うことが出来ることを、彼女から教わった。槍術の練習に用いているのは、青龍の神具である青龍偃月刀だ。俺の神霊子としての知識は、チータとの交流を通じて得られたものが大きいので、たぶん、これからもお世話になるだろう。
二番目は、スゥ。
ぼんやりとした子で、あまり感情を表情に表すことはない。その分、誰よりも冷静に状況を観察している。みんなで外食に出た時も、スゥは何度か、フーコやシェンの落とし物に気付いている。時間についてもきちんとしており、俺が料理をしている時、パスタの湯で時間を忘れた時に、正確なタイムを教えてくれたこともあった。
それと、少し心配性。例えば、俺が料理中にお湯が指にひっかかって軽い火傷を負った時に、朱雀の力を使って(初見だからビビった!)、治療をしてくれた。こうした些細な問題でも力を出し惜しみしないのは、彼女の優しさ故だろう。ちょっと肩の力を抜いても良いとは思うけどね。
趣味は、まだわからない。基本的に、俺のそばから離れようとしないからだ。じぃ~っと俺のすること――それこそ家事やゲームといった趣味の時間にもそばにいるもんだから、彼女自身の趣味嗜好を調べる機会が無かった。まぁ、本人は楽しいって言ってたから、別に良いんだけど。
三番目は、フーコ。
フーコは、天真爛漫という言葉が服を着て歩いているような女の子だ。基本的には運動するのが好きで、暇さえあれば外で走り回っている。一方で、自分に出来ること、出来ないことはしっかりと把握をしている。一度、おつかいを頼もうとしたんだけど、行くのはいいけどお金の計算が苦手ということで、その時はしっかり者のチータに同行を求めていた。自分を客観視出来なければ、しないことだ。。
そんな性質の子だから、誘拐を心配したこともあったけど、それは俺ではなく、他の子達から否定された。
なんでも、フーコはあれでかなり人見知りする性格であり、滅多に他人に近づこうとはしないらしい。誘拐犯の常套手段である「物で釣る」といった手段は、フーコにとっては悪手ということで、一度それを試みた怪しい男に、ひっかき傷をくれてやった――なんてエピソードもあるらしい。
以前に聞いた、夢のお告げとやらは、彼女にとって重要なものだということか。でなければ、俺とこうして同じ屋根の下で生活することは出来ないはずだ。
最後にシェン。
いたずら好きってカンジの笑い方をよく見せるシェンは、フーコと一緒に外を駆け回っていることもあれば、部屋の中でアニメやマンガを見る等、多趣味な子だ。
シェンの神霊である玄武は、バズーカ砲やライフルといった現代の要素を取り込んでおり、神霊が単なる神話生物の再現ではないことを証明している。シェンは、そんな玄武の能力を活かし、時には発展を促すためにも、日本のマルチメディアをチェックすることは重要なのだと話していた(ちょっと屁理屈っぽく聞こえなくもない)。
しかし、この十日間で俺を一番驚かせてくれたのは、シェンだった。
結論から言おう。
シェンは女の子だった。
俺が風呂に入っている時、シェンも一緒に入ると言って浴室に駆け込んだ時……まぁ、はい。確認しました。「何が?」とは訊かないで頂きたい。
その後は、「不可抗力なんで、通報やめて」――などと、誰に対してかよくわかんない言い訳を頭の中で並べたてながら、無心で彼女の身体を洗う手伝いをしていた。
少し混乱するようなこともあったけど、こども達は基本的に良い子ばかりで、思っていた以上に手間がかからなかった。
だからこそ、余計な心労はかけたくない――そう思っていた時に、テレビから嫌なニュースが流れてきた。
『昨夜未明、高尾山の麓の森にて、男性の遺体が発見されました』
朝食の準備をしていたところに、見覚えのある男の顔写真が表示され、息をのむ。
「友角……!」
以前、転職したばかりの俺をイビリ、適応障害になるきっかけになった男――俺を殺そうとした友角が、変死体として発見された。
目玉焼きを作るために付けたキッチンの火を止め、ニュースに集中する。
ニュースによると、検死の結果、死亡したのは十日前と判明。
死因は――頭部の溶解による、ショック死。
訳の分からない死に方だが、文字通りの意味ならば、惨い死に方だと思う。当然、自殺とは考えにくいため、警察は薬品を使っての犯行と予想し、殺人の線で捜査を進めていくという。
「一体、誰が……?」
俺が加えた外傷は、手足の骨折くらいのもの。致命傷には至らないはずだ。それが原因で事故に遭ったとしても、頭が溶けて死んだなんてことにはならないはずだ。高尾山は火山じゃないから、温泉が吹き上がるなんてことも無い。
「施設の追っ手、でしょうか……?」
運動を終えたチータが、テレビを見ながら眉間に皺を寄せる。髪を縛っていないので、ウェーブがかった水色の髪が、滝のように下へと流れている。
「この写真の人……秀平さんを襲ってきた男のものですよね?」
「そうだね……」
「死因に、リアリティが無さすぎる……でも、ボク達にとっては、ある意味普通のこととも言える……」
「やっぱり、新霊子が絡んでるって思う?」
「そう考える方が自然だと思います」
「そうだな」
遅れて、キャミソール姿の姉ちゃんが、寝癖をそのままにやってきた。
「大方、口封じってところじゃないのか? 話してみて思ったが、
「そうか……」
「なんだ、テンション低いな? お前のせいじゃないだろうが」
「わぁーってる。そんなつもりじゃないさ」
姉ちゃんの予測が正しければ、友角の死は自業自得だ。裏切ったから、他人を犠牲にすることを当然と思っていたから、自分もそうされた。因果応報――それだけの話だ。
俺が気になっていたのは、自分達以外の神霊子が、本気で動いたらどうなるかってことだ。ニュースを見て思ったけど、神霊子が絡むと、日本の警察はまるで頼りにならない。真相究明のためにやろうとしていることが、見当外れもいいところだ(そのために必要な能力を使えないのだから、仕方のないことだけど)。
警察が当てにならない以上、チータ達を守るため――足手まといにならないためには、力が必要だ。改めて、そう思った。
「対策しなきゃな……」
「良い心がけじゃないか」
姉ちゃんは冷蔵庫から取り出した、オレンジジュースのパックを直飲みし、ぷはーっ! と豪快に息を吐いた。それ、みんなも飲むヤツなんだが……?
「そんなお前のためにも、今日は良い所に案内してやろう」
「急にどうした?」
「そうだな、急だな。でも、向こうも急に予定が空いたってことで、早くもチャンスが巡ってきたわけだ」
「いや、だから何の話だ?」
こういうもったいぶるような態度は、あまり好きじゃない。
だが、そんな俺の不機嫌そうな表情を見て、姉ちゃんはさらにおかしそうに笑った。
「リーダーが、お前達に会いたがっている」
「えっ?」
ここで、以前に聞いた組織に関する話の中身を、思い出す。
≪シーズン≫のリーダーって、確か……綱吉悟って言ってたよな?
「お前の神霊を見せたら、喜ぶと思うぞ?」
「!」
言われて、少しだけ心臓が跳ね上がった。
あれから、俺の神霊とされる金翼の欠片――そのスキルである『創造』の力は、2つまでなら同時に行使できるようになった。しかし、片方が理想のヒーローを召喚して操る『セイクリッドファントム』で固定されてしまったのだ。
『セイクリッドファントム』の見た目は、綱吉悟の開発したゲーム、『星母物語』の主人公をベースにデザインされている――っていうか、ほとんどただの衣装チェンジだ。
あ、マズイ。著作権侵害とかで訴えられないか? ていうか、サインとかもらったら失礼かな?
不安と欲望が渦巻き、頭の中がこんがらがっていく……。
「秀平さん……興奮し過ぎないようにしてくださいね?」
「にやけ顔がキモイぞ? 整形するか?」
なんか言われた気がしたけど、そんなことよりも失礼のないよう、準備をしなくては!
そのためにも、まずは腹ごしらえだな。頭が回らない状態では、会話も出来ないからね。めんどいから、今日は焼いたトーストの上に目玉焼きを乗せる、通称ラピュ〇パンでも食べて、会話のイマジネーションを研ぎ澄ませるとしよう。ソースをかけると、おいしいんだよね。
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秀平の神霊について、ちょっと整理します。
神霊名:金翼の欠片
使用スキル『創造』
~説明~
思い描いた能力の実現。状況に応じて、再設定可能。
本体の成長に応じて、複数の能力を使用できる(現在は2つ)。
現在の設定は、『セイクリッドファントム』、『なし(状況に応じて行使)』
スキル『セイクリッドファントム』
~説明~
スキル使用者の英雄のイメージを具現化し、操る戦闘術。パワーは、本体が注ぐ神力の量によって決められ、特に制限は設けられていない。
魔法使いが扱う杖のような機能を有しており、セイクリッドファントムを通じて他のスキルを使用することも出来る。
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