第3話 自己紹介

 10分くらい経過したところで、ようやくこども達が目を覚ました。


「ん~……おっちゃんとおねーちゃん、だれだぁ?」


 短く切った暗めの灰色の髪の子が目を覚ました。パッと見は少年に見えるが、声がソプラノっぽいから、もしかしたら女の子かも知れない。社会人になってからというもの、小学生くらいのこどもの性別を上手く判断できる自信が無くなっているのはなんでだろうか。

 それはともかく、なんで俺はおっちゃんで、年上三十路の姉ちゃんはそのまんまなんだ? 男はくたびれると、見た目より老けて見えるということだろうか? いや、心療内科のお世話になった時点でまともには見えないだろうから、そう思うとぐうの音も出ないんだけどね。

 ただまぁ、間違っていることは修正する必要があると思う。


「君は知らないだろうが、隣の女はこのやつれたおっちゃんより年うごふっ!」


 横から、のどにチョップを叩きこまれた。


「安心しろ、お姉ちゃんとこっちのオッサンは君達の味方だ。今、君達が追われていることも、その事情も知っている。私達は、奴らから君達を守るために来た」

「そうなんだ?」

「ちょっと黙ってろ」

「んぶぇっ!」


 アッパーくらった。舌を噛まなかったのは奇跡だ。


「あんたら、芸人さん?」

「そんなわけねーじゃん」

「ホントかよ?」


 灰色の髪の子が、ジト目を向けてくる。そりゃ、疑いたくなる気持ちもわかるけど、俺だってロクに事情を知らされていないのだ。無理もない反応だと、後でもいいから納得してもらいたい。


「おいコラ秀平。お前のせいでいらん誤解を招いたぞ」

「誰かさんの説明不足が発端だと思うんですけど?」

「んみゅう……うるさい……」


 肩まで伸ばした白髪の女の子が、目元を擦りながらつぶやいた。それに伴い、水色の髪の少女も目を覚まし、体を起こした。


「おなかすいたぁ……」 

「ここは……と、そこの女性は?」


 水色の髪の女の子は、姉ちゃんと周囲を警戒しながら、何故か俺のそばに近づいてきた。用があるのは、俺が抱っこしてる女の子か。


「スゥ、起きて。状況が変わってる」


 水色の髪の女の子は、桃髪の女の子――スゥの頬を軽く叩いた。


「んん……チータ?」

「おはよう。夜だけどね」


 チータと呼ばれた水色の髪の少女は、スゥが目を覚ましたことに安堵しながら、今度は白髪と灰色の髪の子を手招きをした。ふたりは顔を見合わすも、すぐにチータの指示に従う。

 三人が、俺を囲むように立ち、姉ちゃんと対峙する。

 

「えっと……これはどういう?」

「ありがとうございます。後は、ボク達に任せてください」

「あ、いや、だから姉ちゃん《この人》は、警戒しなくて大丈夫だからね……?」


 自分で言うのもなんだが、今の俺の顔は、明らかに普通じゃないと言われているような――ていうか正しく病人だ。そんな人間に頼るのは、危険だと思わないのだろうか? 確かに、海から引っ張り上げたのは俺だけど、それだけでここまで気を許される理由にはならないと思う。


「ハハッ! 初めてのモテ期ってヤツか?」

「茶化すなクソ姉」

「今のうちにいろいろ経験しとけ? ただし、手を出したら犯罪だからな?」

「いらんこと言うんじゃねえ!」


 俺にだって、人生に三度あると言われるモテ期くらい、一度は経験……ありませんでした、はい。


「お姉さん、ですか?」

「うん」

「施設の人間ではなく?」

「施設……ってのは、よくわかんないけど、少なくとも君達を「連れ戻す」って言葉は全然使ってないよ。事情は知らないけど、大丈夫だと思うよ」


 チータが、値踏みするような目で姉ちゃんの言動を警戒する。


「大丈夫だよ。俺に君らの保護を命令してるくらいだしね」

「…………」


 チータはなかなか警戒を解かなかったが、俺がもう一度だけ「大丈夫だよ」と伝えると、ようやく頷き、俺の後ろに回った。


「だいぶなついたみたいだな」

「そ、そうなの……?」

 

 俺は、白髪の子と灰色の髪の子に尋ねてみる。


「次、フーコも!」


 白髪の女の子が、俺の左腕を引っ張る。

 そうか、このコはフーコと言うのか。


「オイラはガキじゃねーし、そんなことしないもんねー!」


 灰色の髪の子は、頭の後ろに両手を回して笑った。


「スウ、チータ、フーコ……君の名前は、なんていうんだい?」


 いい加減、髪の色だけで判別するのもしんどいので、尋ねる。


「シェンって呼ばれてた」

「呼ばれてた?」

「施設では、そう呼ばれてた。名前なんか知んねーし、にーちゃんもそう呼んで良いぜェー」

「そ、そうか……」


 なんだか意味深な言葉だったけど、本人が割り切っているのなら、今の時点で深く問う必要はないだろう。


「なら、よろしくな。シェン」

「うん!」


 シェンは朗らかに笑った。

 良かった、この子とも仲良くできそうだ。


「なあなあ、にーちゃん。これからどこ行くんだ?」

「どこ……にしよう?」

 

 まさか、実家に連れて行くわけにはいくまい。

 常識人というか、世間体を気にし過ぎる傾向にある両親の元にこの子達を連れて行き、事情を話したら、即! 児童相談所に送り出されてしまうだろう。


「姉ちゃん。一応、聞いておくけど……児相はマズイよな?」

「当たり前だ。私のいる組織以外の公務員は、たとえ総理でも信用するな」

「総理もダメか」

「一応聞いておくけどお前、マジで総理大臣が日本で一番偉いとか思ってないだろうな?」

「そんなわけないぢゃん」


 でも、ならばどうしろっていうんだ?


「その前に、一旦隠れるぞ。そこの神社の境内だ」


 近くに遭った神社の境内――そこにある大木の裏に、道路側から隠れるように移動する。

 二分くらいして、黒い車が三台、目の前を通り過ぎていった。明らかに、法定速度をオーバーしている車両が三台も続くって、どうなってんだ? あれは、暴走族ってカンジじゃなかったぞ。


「追っ手だよ。この子達を狙ってる。今は時任の運転している車を追っているはずだから、撒くなら今がチャンスだ」

「……いい加減、その辺の話をしちゃくれないかな?」


 このまま、訳も分からないまま移動するのは、心身共にツラいものがある。こども達だって、回復はしただろうけど、精神的には疲れているはず。あまり長時間こんな行動を取り続けるのは、良くない結果を生むと思う。


「わかっている。今の奴らを振り切ることが出来たら、しばらくは平気だろう」

「根拠はあるの?」

「ウィーヴルに上空から監視をさせている。視覚を共有して確認したが、もう追っ手の姿は無い。ひとまずは安全といったところだろう」

「それは……何よりだね」


 神霊って、思った以上に便利なんだな。俺の力もこども達を助けるために使えたし、練習すればもっとすごいことが出来るかも?


「てなわけで、もうちょいで拠点に着く。あと10分ちょい、歩けるな?」


 とか言いつつ、姉ちゃんはこちらの返答を待たずに歩き出した。その独断専行っぷりは、おそらく死ぬまで直らないんだろうな。


「ったく……みんな、平気そう?」

「はい」

「うん」

「はぁーい!」

「おう!」


 チータ、スゥ、フーコ、シェンの四人は、それぞれの性格そのまんまな返事をしてくれた。この素直さが、今の俺にはとても眩しく見えた。

 ただし……スゥは俺にしがみついたまま離れてくれなかったので、しょうがないから抱きかかえたまま歩く破目になった。

 

 ◇◆◇◆


 歩き始めて、五分くらいしたところで、先頭の姉ちゃんが足を止めた。


「着いたぞ。しばらくこのレストハウスで身を隠す」

「へぇー……」


 拠点とやらは、一軒家だった。海の上に敷かれた道路に沿う形で建築された、白い家。少し少女趣味が入っているんじゃないかってくらい、整えられた庭の花々は、とても色鮮やかで見る者を楽しませてくれると思う。

 古い家屋が並ぶ住宅街の中では浮いたデザインだけど、ここまで目立つと、かえって注目されないのかも知れない。


「ん?」


 姉ちゃんが門戸を開こうとした時に気付いたが、ここには既に『志摩(しま)』という表札がつけられていた。

 それを見た俺は、ちょっとだけ胸が苦しくなった。


「過去のことは気にするな。あいつは、お前なんかにはもったいない女だからな」

「う、うるさいな……」


 志摩。それは、俺の幼馴染と同じ名前だった。

 志摩輝美しまてるみ――俺の幼馴染。小学校三年生の頃、父親の転勤で俺の実家があるY市を離れなくてはならなくなり、それ以来疎遠になってしまった。本人の家は今も近所にあるけれど、彼女は俺が戻って来た高校二年の頃には学校の寮に入っていたため、顔を合わせていない。

 一度、転勤から戻って来た時に挨拶をしに、志摩家を訪ねたことがある。

 そこで見せてもらった写真――大きくなって、美人になった輝美が写っていた。日系アメリカ人の母親の遺伝を受け継いだ金髪を、腰まで伸びたポニーテールにまとめていた。発育が良いのか、スリーサイズはもちろんのこと、俺より背が高いかも知れない。俺は178センチあるけど、もしかしたら同じくらいかも知れない。

 それでも、エスカレーター式に大学、就職ときたものだから、俺の中の輝美は、未だにチータ達よりも年下の少女のままだった。


 きっと、立派にやっているんだと思う。

 それに比べて、俺は……。


「シュウ……?」


 スゥが上目遣いで俺の表情を覗き込んできた。

 あー、いかんいかん。

 今はこの子達を守ることを考えなくては。ていうか、俺のことはシュウって呼ぶつもりなのか。別に構わないけどね。


「ごめん。みんな、入ろう」


 みんなで、仮想(?)志摩家にお邪魔する。靴を脱いで揃えたところで、俺はチータたちが裸足だったことに、初めて気づいた。


「気ぃ利かなくてすまん! みんな、足、痛かっただろう?」


 気配りの足りなさに、申し訳なさを覚える。スゥだけ抱っこして、他のみんなを歩かせてしまった。砂利とか瓶の破片とか踏んづけて、怪我とかしてないだろうか?

 

「いえ、気にしないでください」

「フーコ、靴キラーイ」

「にーちゃんのせいじゃねーし!」


 こども達は、揃って俺を慮ってくれた。自分達も大変なのに、俺のことを気遣ってくれるだなんて(靴嫌い発言については、ちょっと真剣に話し合う必要があるかもだけど)。

 自分より体が小さい人達相手に、俺は素直に尊敬の念を抱いた。


「ほら、こっちだ」

 

 左側の通路から、姉ちゃんの声がした。向かってみると、そこは和室で、人数分の布団が敷いてあった。


「今日はもう寝る。私は疲れた」

「はい!?」

「食料とアメニティは勝手に使え。じゃ、おやすみ~」

「あ、ちょ、バッ……」


 姉ちゃんは素早くスーツを脱ぎ捨てて黒の下着姿になると、そのまま布団に入り、寝息を立て始めた。組織だとかこども達に関する説明をするって話はどうなったんだ!?


「あ、いかん……」


 そんな姉の姿を見たせいで、俺もどっと疲れが出てきた。

 なんか、悩んでいる姿をバカにされている気さえしてきた。


「……寝るか?」

「は、はい……」 

「んっ……」

「フーコ、なにかたべたーい」

「オイラもー」

「あぁ、そう言ってたもんね……」

 

 ひとまず、食卓に置いてあったバナナをフーコとシェンに食べさせ(ふたりとも五本も食べた!)、シャワーを浴びてもらって、歯を磨いたところまで確認して、布団に案内する。

 四人とも、すぐに寝息を立て始めた。やっぱり、相当疲れていたみたいだ。

 

「さて……」


 俺は今日一番のため息をついた。

 そして、両親に連絡を――する前に、向こうからメールが届いていた。なんでも、姉ちゃんが事前に説明をしていたらしく、こっちから切り出す前に向こうは了解してくれた。


「何が起こってんだよ? ったく……」


 ロクな説明もなく、不思議な子ども達を保護して、他人様の家(?)で夜を越す。  

 自発的に出かけることをしないインドア派な俺にとって、今日以上の冒険は無かった。

 だけど、思い知った。

 世界には、俺が思っている以上にわからないこと――闇があるということを。

 

 子ども達が逃げてきたっていう『施設』。

 彼女達を追ってきた、『何者か』。

 姉ちゃんが所属する『組織』。

 そして、不可思議な存在――『神霊』。


 何もかもが、わからないことだらけだ。

 そんなものに関わっている子ども達を、これからは俺が保護をしなければならないという。理由も知らされないままに。


 怖い気もする。

 だけど、数日前までのことを思えば、そう大したことのない話のようにも思えた。


(もう、他にやることないしな……)


 少なくとも、今は誰かのために頑張れるって意識がはっきり出来るし、そのために出来ることだってあるはずだ。そう思うことが出来ている。どうせ死ぬつもりだったんだから、俺を必要としてくれているチータ達のために、がんばるのも悪くはない。

 その感覚を信じて、明日からまた頑張るとしよう。


 今日は、眠れそうな気がした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここで出てくる住宅街のモデルは、横須賀市の観音崎周辺です。

 横須賀美術館を訪れた時に散歩した時にも思いましたが、家の近くに海があるって環境、「いいな~」って思います。



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