第2話 神霊の力

 自殺を試みようとしたら、こどもが溺死しそうになったので助けた件――などと、ついマヌケなフレーズが頭に浮かんだが、ひとまずは救急車を呼んだ。スマホは海水に浸かってしまったので、近くにある公衆電話を使った。小銭があって良かった。

 後は、救急隊に子ども達の保護を任せれば、万事めでたしだ。

 やがて、一台の救急車がやってきた。サイレンを鳴らしていないのは、緊急性が無いという判断をしているからか?

 停車した救急車から、二人の救急隊員が出てきた。一人は大柄の男性だが、もう一人は長身だけど目元がよく見えないため、性別の判断が出来なかった。


「お待たせしました。処置をします」

「お願いします」


 心配だけど、後はプロに任せることにする。

 水色の髪の女の子から、「助けて」と言われたから、出来ることはしてあげたいけど、現状はこれが精一杯だろう。

 とか思ってたらーー


「では、あなたもこちらに」

「えっ?」


 そして、救急隊の男性に腕を引かれ、何故か俺まで救急車に乗ることになった。


 ◇◆◇◆


「えっ? えぇ……?」


 子ども達がまとめて乗せられているストレッチャーの隣の座席に座りながら、俺は唖然としていた。女々しく、そして情けない声が、勝手に口から漏れ続ける。

 いや、だってわかんないじゃん。

 別に保護者でもない赤の他人の俺が、なんで救急車に乗せられるんだ? 常識的に考えておかしい。状況説明なら、救急隊が着いてすぐにしているってのに。

 おかしいといえば、救急隊もそうだ。

 一台の救急車が一度に搬送できる患者は、二人までとされている。だから、俺の話をちゃんと聞いていれば、救急車は二台寄こすべきだ。救急車自体はどこでも見かけるイメージ通りの物だからつい信じて話したが、冷静に考えると、救急隊の対応はおかしかった。

 こんなに雑な対応をする救急隊は、間違いなく懲戒免職で良い――そう思った直後、


「よくやったぞ、秀作」


 俺の向かい側に座っていた救急隊員が、気安く声をかけてきた。帽子とマスクを剥ぎ取り、素顔を見せる。

 女性だった。黒のロングヘアーを手で梳き、ライオンを思わせる獰猛な笑みを浮かべている。

 俺はというと、呆気にとられるばかりだった。

 何故なら、彼女は俺の知っている人だからだ。


「姉ちゃん? 何やってんだよこんなトコで?」

 

 彼女の名は、火野昇子(ひの しょうこ)。

 火野三兄弟の真ん中で、長女だ。

 年齢三十歳。独身。職業は自営業……と聞いている。具体的な業務内容は、話してくれないからわからない。


「こっちのセリフでもあるんだがな」

「痛たっ!」


 指で鼻をピンと打たれた。

 姉ちゃんは昔からこんな風に暴力で俺を支配し続けた人だから、今も苦手だ。


「まぁ、今はお前のことなんぞどうでもいい。とりあえず、よくこの子達を助けてくれた」

「知ってんの? この子達の事……」

「まぁな。うちの組織が全力を挙げて保護しようとしてた子達だからな」

「組織って、会社のこと? いつの間に人助けなんて……ん?」


 何気なく目線を下げると、桃色の髪の女の子が、半分まぶたを開いてこっちを見ていた。


「気ぃ付いたか! 大丈夫かい、痛いトコない?」

「…………」


 質問してみたが、桃髪の少女は無言でこっちを見続けているだけだ。

 何か、変なことでも言ったのかな?

 コミュニケーションって、難しい……。


「な、何かあったら、言ってね。やれるだけのことはやるから」


 半笑いになっちゃったけど、とにかく相手を安心させなくてはならない。

 だから、とりあえず本心だけは伝えておいた。


「…………」


 桃髪の少女はしばらく瞬きをしていたが、やがて他の子を押しのけながら上半身を起こし、俺に向かって両手を伸ばした。


「……え~っと?」

「抱っこ」

「抱っこ?」

「ぎゅーってして」

「ぎゅーって……?」


 姉ちゃんに、視線で助け船を要請する。

 クソ姉はバカにするように笑いながら、こう言った。


「甘えたいってポーズだろ? お前も甘ったれなんだから、周りに甘えた分だけ甘やかしてやれ」

「そ、そーゆー言い方は良くないと思うんだな……」


 とりあえず、桃髪の女の子に対して、両手を伸ばして見せる。女の子は、こちらに身を乗り出してきた。落ちそうだったから、そのまま抱き上げ、膝の上に載せる。


「ん~……」


 すると、桃髪の女の子は俺の首に両腕を回すと、こちらにもたれかかるようにしがみつき、離れなくなった。


「わかんないもんだねェ。あんたみたいな、死にそうな顔した男に頼るなんざ」

「うっ……」

 

 姉ちゃんが出した手鏡を見て、ついうめき声をあげてしまった。

 目の下に、見たこともない黒さのクマが出来ている。今にも倒れそうに見える男に、どうしてこのコ達は頼ろうと思ったのだろうか? 俺は人が良さそうなルックスはしていないと思うし、なんだったら美形でもない。 

 俺が思っている以上に、切羽詰まった状態ということか?


「引き寄せられるものがあるということだろうな。よりによってお前に」

「どういう意味だよ……?」


「よりによって」とか言われてイラっときたけど、なんだか真面目に悩んでいるようなので、確認してみる。


「秀平、真面目な質問をするぞ」

「あぁ」

「幽霊の存在は信じるか?」

「信じて……は、いないけど、いても不思議じゃないとは思ってる」

「なんでだ?」

「いないって証明が出来ないから」

「そう。ならば、今からその認識を改めろ」

「えっ?」


 姉ちゃんは、こども達と――俺を指差した。



「お前達には、神霊しんれいが宿っている」

「しん、れい……?」

 

 神霊……神のこと。またはその神の優れた徳。人の魂。不思議なこと。

 大まかには、そんな意味があると記憶している。


「今、私が話している神霊とは、辞書に載っている言葉を意味するものじゃあない」

「じゃあ、何?」

「神話に名を残された生物、縮めて神話生物――その魂が形になった霊を、神霊という。神話生物の霊を略した呼び方だが、シンプルでわかりやすいだろう?」

「あの……急にどうしたの?」


 何か、悪い物を食べたとしか思えない発言のオンパレードだ。姉ちゃんは傍若無人な人間だけど、口に出す言葉ぐらいはまともだと思っていたのに……。

 ――とか思ってたら、また鼻ピンされた。


「なんかムカついた」


 理不尽だ。


「その、神霊だっけ? なんでそんなものがあるってわかんの?」

「私も当事者だからだ」

「えっ――うわッ!?」


 姉ちゃんの肩の上に、真紅の蛇が乗っていたことに気付き、驚いた。額にルビーのような宝石がはめ込まれており、背中には羽が生えている。

 いつの間に、そんなところにいたんだろう? 全然気づけなかった!


「私は、神霊と魂を重ねた人間、『神霊子しんれいし』。こいつが私の神霊……ウィーヴルだ。火を司るドラゴンで、宝石集めが趣味だ」

「あぎゃ!」


 赤い蛇が吠えた途端、急に車内の気温が高くなった。子ども達の濡れた衣類が、瞬く間に乾いていく。ある程度乾いたところで、気温は急に元に戻った。

 

「い、今の……」

「ウィーヴルの力だ。このままだと体温が奪われるだろうから、お前へのレクチャーがてら、お披露目したってわけだ」


 あっという間に、驚きがK点越えを果たした。なんだか、目の前にいる姉ですら、現実の存在として認識して良いか怪しくなっている。

 けれど、姉ちゃんはまだ説明を続ける。。


「神霊……こいつは、宿主の魂と一部同化を果たすことで機能する。つまりは、目に見えない生物とでも言うべき存在だ。そして、魂とは輪廻転生というメカニズムの中で受け継がれていくものだ。血の繋がりは関係なく、出せる奴は出せるし、出せない奴は出せない」

「姉ちゃんはもってるけど、他の家族には無いってこと?」

「話はちゃんと聞け」


 姉ちゃんは俺の頬を叩き、すぐに両頬を両手で挟み、強引に目線を合わせる。


「お前もまた、神霊子だ。だから、お前ももっているんだ」

「俺が、その、神霊子……?」

「論より証拠だ。見てみろ」


 姉ちゃんはスマホのカメラを起動させ、俺の顔を撮る。それを見せられた俺は、絶句した。


「お前、カラコンなんて付けて仕事してんのか?」

「いや、そんなバカな……」

「神霊が覚醒した、その影響だろう。肉体に変異をもたらす前例は、少ないが確実に存在している」


 俺の右目の瞳が、金色になっていた。左目と同じ黒だったはずなのに、何故か金色に変わっていた。目の下に濃いクマが出来ていたのも気にはなるけど、今はそんなのどうでも良かった。

 いつから、こうなっていたんだろう? 


「ただ、お前の場合は純粋な神霊とは少し違う」

「なぬ?」

「≪金翼≫と呼ばれる女神の欠片――力の一部が、お前の中にある。どうやら、それがお前の神霊――あるいは、その代わりになっているらしい」

「女神の一部って、それは神話生物って呼べるの?」

「≪金翼≫は神霊より高位の存在だから厳密には違うんだが、欠片だけでも神霊としての機能を発揮することが出来るようだ」

「一体、何が――」

「じゃあ試しに願ってみろ。こども達を救いたいってな」

「えっ?」

 

 命の危険があるとでも言いたげな姉ちゃんの物言いに不安を覚え、こども達の顔を覗き込む。多少、差はあれど、四人とも苦しそうにしていた。


「お前なら、治せる。回復させてやれるんだ。……そう言われたら、やるか?」

「……やるさ。やるに決まってる」


 そんなこと、言われるまでもないことだ。

 まだ、目を覚ましていない子もいるけど、彼女達は俺に助けを求めてきた。どうしてそう思ったのかまではわからないけど、それでも彼女達が俺を必要としてくれたことには変わりない。

 不思議なもんだと思う。単純だと思う。

 さっきまで死のうって思ってたくせに、今は少女達を守るために、全力を尽くそうって思っている。それは、忘れていた生きる目的であり、力だった。 

 それで彼女達を守れるのなら、そうしたい。

 

「ッ!」


 気持ちの昂りに応えるように、俺の右目が熱くなり、右手の甲に金色の翼が現れた。それは光の粒子となってこども達の身体を包み、溶け込んでいく。すると、こども達は安らかな寝顔を見せてくれるようになり、頬に紅みが出てきた。


「これは……!」


 自分の右手で、右目を抑える。もしかして、これが瞳の変色の原因なのか?


「ヒーリングのスキル、といったところか? 見込み通りだったな」


 姉ちゃんは、ストレッチャーに乗せられた三人の子どもの顔についた砂をハンカチで優しく拭い落とす。


「秀平。お前に手伝ってもらいたいことがある」

「手伝ってって、何を?」

「この子達を守ってほしい」

「俺が?」

「そうだ……おっと!」


 救急車が停車した。窓から外を見るが、さっきとは別の砂浜が見えた。病院に行くんじゃないのか?

 姉ちゃんが舌打ちをし、立ち上がる。


「車を乗り換える。ダミーとはいえ、救急車はさすがに目立つ」

「っていうか、今さらだけど犯罪じゃないの? 救急車に偽装なんて」

「本物に運ばれてたら、目を離した隙に追っ手に誘拐される」

「追っ手って――」

「話は後だ。お前は黙ってこども達を運べ。……時任ときとう、囮役は任せるぞ!」

「はいっ!」


 時任と呼ばれた運転席の男性は、俺達が降車したことを確認し、偽装救急車に乗ってこの場を去っていった。


「さて……じゃあ、ひとまずこども達が起きるまでこのまま待つか。さすがに、気絶した子達を担ぎながら歩くのは、何かとリスキーだからな」

「下手しなくても誘拐犯の所業だって思われるよ……」


 そういう意味では、人目に触れずにっていう方針には、賛成出来るってもんです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 本作における神霊とは、身も蓋も無い例えをするならば、聖剣伝説2に登場する精霊みたいな存在です。

 それが、実際の伝説に登場するような生物に力を借りて――ってカンジにしているつもりです。

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