第18話 イケニエ
会議が終わった後、俺は輝美とチータ達を連れて事務所を後にした。
今日は消耗が激しかったので、『テレポート』のスキルは使わず、ゆっくりと電車に乗って帰ることにした。途中で、シェンが品川駅構内にある立ち食いソバを食べたいと言ったため、少し小腹を満たしてから京急線の赤い電車に乗りこむ。幸い、帰宅ラッシュは避けられたこと、品川駅発だったこともあり、6人全員で座ることが出来た。ただし、4人席になるため、俺はスゥ、輝美はフーコを、それぞれの膝の上に乗せる形にはなったが。
「なぁ、にーちゃん。駅にある立ち食いソバ屋って、なんであんなうめーんだろうな? 味付けそのものはチープなカンジなのにさ」
「あぁ、わかるよそれ」
そばはパサパサしてたし、つゆはどこかジャンクフードっぽい味付けに思えた。それなのに、この世で一番とさえ思える旨さだった。ネギをたっぷり入れたのと、かき揚の味付けとの相性が抜群だったからだろうか?
「俺が思うにな。ああいうのは、どれだけ美味いかじゃなくて、どれだけ飽きずに食べられるかってことなんだよ。美味い物でも飽きたら食べたくなくなるけど、飽きなければそれ無しに生きていけない。店やってりゃ、それがいかに強いかわかるってもんだろう?」
「あー、なんかわかる気すんなぁ」
「フーコ、うどんもすき!」
「いつも思うけど、あんた達よくそこまで食べられるわよね。三十過ぎて太らないように気をつけなさいよ?」
「輝美が見てた頃から、こんな感じだったのか?」
「もっと大人しかったわよ。秀ちゃん、甘えやすいって思われてるんじゃないの?」
「保護者だからな」
こども達4人、ひとりずつの頬を軽く指でつまむ。みんなくすぐったそうにしていたものの、拒否はしなかった。
「なんか、いろいろあったなぁ……」
朝から、神話生物が暴走して、その対応に追われて。それから、チータ達を追う何者かの企みを感じ、そのために周囲が敵に回るかも知れなくて……。
今まで以上に、面倒なことになりそうだ。
「シュウ」
「ん、どうした?」
スゥが、俺の胸にしがみ付きながら、身を震わせる。
「怖いの……?」
「何が?」
「……失うこと」
「失うって……」
あえて、確認することはしなかった。
スゥは聡いから、自分達のせいで俺が社会的に孤立してしまうことを危惧しているんだと思う。
だけど、そういう考え方をしている時点で、間違いだ。
「スゥ。人間にはさ、優先順位っていうものがあるように思うんだよ」
「ゆーせん……?」
「何が大事で、そのために何をするべきか。何を先にするべきかって考えるものだと思えば良いよ」
「うん……」
「今の俺にとって、その一番上にあるのは、みんななんだよ。改めてだけど、言っておくよ」
スゥ達が、目を見開いた。
「もしかして、事務所での話、聞いてた?」
「……んっ」
スゥが頷いた。他の三人にも目線で尋ねると、みんな頷いた。
そういうことなら、一度確認し合ったことが揺らぐのではないか? と思ってしまうのも当然だ。
だから、もう一度確認し合おう。
「みんながいてくれるから、今の俺があるんだ。そんで、俺は今の生活をすごく気に入ってる。だから、邪魔する奴らは容赦しない。そういうことだよ」
「綱吉さんが相手でも、ですか?」
チータが痛い所をついてきたけど、それでも即座に頷いて見せた。無論、そうならないことをお互い望んでいるわけだけど、チータ達の安全を脅かすような選択を≪シーズン≫がするのならば、俺だけでもそれを止める。
「なら、問題はねーちゃんだよな」
「えっ? あたし!?」
輝美は、心外だと言わんばかりに驚いていた。
「秀ちゃんが選んだことなら、あたしだってそれについていくわよ」
輝美が、こども達に見えないように俺の腕を掴んだ。
唯一の懸念が、これで解消された。
「だから、何も怖くないよ。俺もさ。みんながいるからさ」
なんだか照れ臭くなってしまった。みんなもおんなじカンジみたいだけど、時には言葉にしないといけないことだと思うので、グッとこらえる。
そういう風に思えることこそ、幸せなことなんだ。
こうしている間にも、きっと敵は俺達の生活を脅かそうと、あれこれ画策していると思う。
だけど、今の俺達ならば、どんなことだって乗り越えていける。そう確信した。
やがて、最寄り駅に辿り着き、電車から降りる。それからホームの改札口を抜けて、海岸沿いの歩道を歩く。星空が綺麗で、波の音も穏やかで心地よかった。ここの近くに温泉スパがあるんだけど、そこの露天風呂から眺める光景は最高だと思う。
その途中で、サングラスをかけた女性が現れた。全身を帽子とコートで覆った、いかにも怪しさ満点の人間だった。水を差されたような気分になり、少し大げさに女性を避けて歩こうとした時、声をかけられた。
「輝美。それに、秀平君も。久しぶりね」
女性が、帽子とサングラスを外す。そこから流れ落ちた長い栗色の髪を見た俺と輝美は、彼女が誰なのかを理解した。
もっとも、輝美は出会った瞬間に気付いたと思うが。
「お母さん……」
「おばさん……?」
「そっ」
そう、彼女は、輝美の母親――
「どうして、こんなところに? こんな時間に、温泉スパに来たわけでもないでしょうに」
「そうね。少し、残業を片付けないとって思ってて」
おばさんは、チータ達を見る。すると、チータ達はすかさず神具を手に取り、おばさんを威嚇した。
「お、おい!? 急にどうした?」
「秀平さん! この人です!」
「えっ?」
チータの言葉に、俺は目を丸くする。
そんな俺の態度を見たシェンが、「あぁもう!」と苛立ってしまう。
「オイラ達を追いかけ回してきたヤツ! コイツはそのリーダーだ!」
「リーダーって――」
「お母さんが?」
俺と輝美は、この状況をすぐに飲み込むことが出来なかった。だって、おばさんはいつも俺のことを気にかけてくれた優しい人で、輝美がいない間も、ウチの家族と仲良くしてくれた。
そんな人が、チータ達を追い回していた、森羅研の過激派メンバー?
そんなバカな……。
「よく、この子達を保護してくれました。恐れ多くも、世界を代表して御礼申し上げます」
おばさんが指を鳴らすと、俺達の背後に三人の男が現れた。
しかし、彼らは普通の人間ではなかった。
「その姿……荒神?」
「そう。だけど、彼らは自らの意思で、神霊に命を託したのよ」
一人目は、赤い柔道着を着た猿のような男で、手に赤い棒を持っている。
二人目は、原始人のように身体中に布を巻いた。肥満体型の大男。
三人目は、着物を着た細身の男で、
おばさんを含めた彼らは、どこか西遊記の孫悟空一行を連想させる。それぞれ、孫悟空、猪八戒、沙悟浄モドキと認識する。
「みんな。どうか、無駄な抵抗をしないで。世界を守るためには、仕方のないことなのよ」
「近寄らないで!」
チータが、怯えを隠すようにおばさんを睨む。他の三人も同様に、自分の神具を出して、相手の出方を伺っている。
「ボク達は……死にたくないんだ! どうして殺されなくちゃいけないんだ!?」
「わかり切ったことを言わないで欲しいわ」
口の中が一気に乾いて、言葉が出ない。輝美に尋ねようにも、彼女も混乱しているようで、自分の母とチータ達を交互に見るだけだ。
訳がわからない。
「用があるのは、あなた達の神霊なの」
おばさんが手を上げると、孫悟空モドキたちが一斉に動き出す。
彼らの殺気を感じ取り、俺はようやく体を動かすことが出来た。
「セイクリッドファントムッ!!」
雄叫びに合わせて、俺の身体から浮かび上がり、実体を伴って現れる少年のようなセイクリッドファントム。チータ達ににじり寄る孫悟空モドキたちの足元に、金属棒による刺突を叩きこみ、足を止める。
「何をしているの、秀平君?」
涼しい顔で、おばさんが尋ねてきた。
「……事情はわかりませんけど、この子達が怖がっています。話し合いなら、別の機会にしてもらえませんか?」
「急いでいるの」
「人命が懸っているんですか?」
「そうよ。この神話生物暴走事件の、解決に必要なことなのよ」
「はっ?」
目上の相手に失礼な反応だったが、そうせずにはいられなかった。
おばさんのチータ達を見る目は、明らかに異常だ。上手くはいけないけど、何かしらの執着みたいな感情が見え隠れしているように見える。
「……仕方ないわ。あなたと戦うのは本意ではないのだけれど」
おばさんの一言を受け、孫悟空モドキたちが神力を解放した。
「殺してはダメ。ただし、それ以外の結果は問わないわ」
「ッ!」
一気に、孫悟空モドキが俺との距離を詰めてきた。
無意識にセイクリッドファントムを操作し、孫悟空モドキにアッパーを仕掛けさせた。しかし、孫悟空モドキはこちらの出方を予想していたのか、片手で攻撃を防ぐ。そのままバックステップで距離を離したと思ったが、すぐに片手の毛を毟り取ってこちらに飛ばした。
「うあッ!」
投げ飛ばされた毛は針となって、俺の顔面を突き刺さった。幸い、眼球に命中はしていないようだが、肉を切り裂かれてしまい、血液が目元にこびりついて視界を覆われてしまう。わずかに残った視界から、相手の動きを確認したが、孫悟空モドキはその場に仁王立ちするだけで動かない。
「うわぁー!」
「ッ! シェン!?」
シェンの悲鳴が聞こえ、反射的に声がした方向に動く。だが、孫悟空モドキが俺の行く手に立ちはだかり、蹴りを入れてきた。顎を蹴り飛ばされてしまったせいで、体が言うことを聞かなくなり、倒れてしまう。
「くっ……セイクリッド、ファントム……!」
しかし、遠隔操作が可能なセイクリッドファントムならば、敵を止めることが出来る! しかし、どこに向かわせればいい? 視界が奪われ、シェンの声も聞こえなくなった。みんな、口をふさがれてしまったのか?
「て、輝美……あいつらを止めてくれ……ッ!」
一縷の望みを託し、輝美の名前を呼ぶ。しかし、輝美はその場に立ち尽くすだけだった。自分の母親が相手だから、強く出れないのか?
「そう……もう、限界なのね」
おばさんは、呆然としている輝美を背後から抱きしめた。
「待っててね、輝美。すぐにお母さんが助けてあげるから……」
「助けるって、どういうことですか!?」
意味深な言葉遣いに、つい声が大きくなってしまう。
何か、猛烈に嫌な予感がする。
「秀平君。あなた、輝美のことは好き?」
「えっ?」
「お願い、答えて」
光子おばさんが、今にも泣きそうな表情を浮かべる。その意味がわかりかねたから、胸の内を曝け出すことへの羞恥心が高まり、思うように声が出なくなる。
だけど、おばさんは満足そうに微笑みながら、口を開いた。
「輝美はね……生命力を失っているの」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
輝美が、「生命力」を失っている?
「死んでいるわけじゃない。だけど、自分の肉体だけで命をつなぐことが出来ない状態になっているのよ。それを解決するためにも、四神の子達が必要なのよ」
「そのためって、なんでそこでチータ達が出てくるんですか!?」
「簡単なことよ」
おばさんが、さらに衝撃的な言葉を口にする。
「四神の子らは、デザインされた人間。そして、彼女達を産み出すために使われてしまったのが、輝美の命だからよ」
「……デザイン? 使われ……?」
なんだか、現実感が無くなってきた。足元がおぼつかなくなり、立っているのがやっとの状態になる。
きっと今、俺は気が動転している。固くなった地盤が、足元から崩れ落ちるような、そんな錯覚に陥った。
出会ってからずっと、こども達は俺と会話をしていた。ご飯だって食べていた。お風呂に入るのも好きだったし、睡眠だってきちんとしていた。いろんな遊びを楽しんで、いろんなものに触れてはしゃいで、時には喧嘩をして、すぐに仲直りしたりと、やっていることは年相応の子どもそのものだった。
それが……輝美の命を使ってしていることだったって……!?
「四神は、あなた達の表現するところの、前世界の生き残り。その存在は、この現世界の理を歪めてしまう。今朝、現れた神話生物達は、わかりやすく言えば、そんな四神の存在によってゆがめられた世界のシステムの不調によって現れた、バグのような存在なのよ」
「か、過激派の人達がしたことじゃ――」
「神に誓って言える。今日の騒動に、私達は関与していないわ。過激派といっても、世界の滅亡を望んでいるわけではないし、何より私が過激派に所属している理由は、森羅万象研究所の研究員達には、輝美を元に戻そうとする意志を感じないからなのよ。世界のために、輝美の死を望む。デザインベビーを生み出すための、必要な犠牲として扱おうとしている。私にはそれが耐えられなかった……!」
おばさんは白い清潔そうなハンカチで目元を拭い、申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、秀平君。あなたがどれだけこども達のことを大事に想ってくれていたのかって思うと、本当に申し訳ない気持ちになるけれど……」
おばさんは踵を返し、俺から離れていく。
「必要なことなのよ。世界や娘のためなら、いくらでも罪を背負うわ。それが、先に輝美に全ての命を与えて先立っていった、夫との約束でもあるのだから」
「お、おじさんまで……!」
「だから……恨んでちょうだい。あなたの決意を踏みにじるような真似をして、ごめんなさい」
早口で、言いたいことだけ言って、おばさん達は去っていった。少し冷静さを取り戻し、『創造』のスキルを発動。『ヒーリング』のスキルで顔面の怪我を治療し、目元にこびりついた血を手で拭い、目を開ける。
輝美とチータ達は――いなくなっていた。
「みんな……」
俺は、しばらくその場から動くことが出来なかった。
俺はまた、成し遂げられなかった。
チータを、スゥを、フーコを、シェンを――守ることが、出来なかった……。
そして、輝美はもう、死んでいる?
頭の中が、真っ白になった。その場で膝をつき、項垂れる。
どうしたらいいのか、完全にわからなくなった。
◇◆◇◆
コンクリートの壁を背もたれ代わりにして、座り込む。衝撃的な事実の羅列が、俺から思考能力を奪う。
どれくらい、そうしていただろう。
茫然自失となった俺の意識は、スマホの着信音によって呼び起こされた。
「……時任君?」
重要な情報の提供を知らせる、特別な設定の着信音が鳴り響いたため、スマホを手に取り、応答する。
『もしもし! 聞こえるかい、秀平君!? 大変なことがわかったんだ!』
「たいへん……?」
『森羅研の過激派の正体がわかったんだ! 今すぐ対策をしないと!』
「……誰?」
『志摩光子さん……輝美さんの、お母さんだ……!』
「あぁ……」
想定通りの答えだった。
『志摩光子の狙いは、四神の捕縛にあるらしい! それと、他の過激派のメンバーの遺体が、ロンドンで発見された。たぶん、それも彼女が……』
「あぁ、そうかもね……」
時任君が、息をのむ音が聞こえた。俺の返事、変だったのかな?
『秀平君。もしかして、もう――』
「やられた。負けちゃったんだ……」
事実を口にする。それは、否応なしに現実を認めているということで。
動悸が激しくなるのを感じる。自らの情けなさに、押し潰されそうになる。
『何が、あったの……?』
「ごめん……今は、聞かないで。どう説明したらいいか、わかんないんだ……」
『そっか……』
「それより、なんでおばさんは四神を狙ってたんだろう? そこはもうわかる?」
こっちも詳細を聞いているわけじゃないから、まずは相手の目的を確認する。
すがるような思いで聞いたことだけど、残念ながら良い情報ではなかった。
『うん。どうやら、四神は前世界から今の現世界に残った神話生物らしくってね。それが、なんというか、そうだなぁ……世界をジグソーパズルに例えるなら、前世界のピースを、無理矢理今の世界のパズルにはめ込んでいるっていう状態らしいんだ』
「あんまりスマートな話には聞こえないね」
『ごめん、そうだね。で、その不具合っていうのが、今回の事件を引き起こす要因になっているらしいんだ。元来の神話生物の性質に導かれるように、元の世界の情報をたくさん残している神核が、自らの力で覚醒できてしまった……それが、今回の騒動の原因になっているんだって』
「そっか……」
世界のために、チータ達を犠牲にしようとしている。
おばさんがやろうとしていること、その必要性は――確かなものだった。
『……秀平君、心して聞いてほしいことがあるんだ』
「なに?」
ぼんやりとした返事をしてしまったため、時任君が一瞬躊躇したような息遣いになったのがわかった。だけど、時任君は意を決したようにフッと息を吐き、重苦しい事実を告げた。
『チータちゃん達は、神霊によって生かされている状態にある。世界のために四神を駆逐したら――彼女達は死ぬ』
頭に雷が落ちた時、こんな気持ちになるのだろうか? 痛くて、痺れて、何も考えられなくなる。そんな状態に陥った。
「ごめん、時任君……冗談キツ過ぎるよ……! なんだよそれ!?」
もう、冷静ではいられない。声を荒げて、時任君に問い質してしまった。
『前世界の神話生物が、こっちの世界で活動するにあたって、やはり依り代のような存在は必要だったみたいなんだ』
時任君は、あくまで冷静に、淡々と調べ上げた情報を伝えてくれた。
『君も含めて、一般的な神霊子は、人間を媒体にして力を発揮する。だけど、四神の場合は、肉体を得るために、本来死亡していたはずのチータちゃん達の遺体を利用して、互いにこの世に存在している……そういう状態なんだ』
思わず、耳を塞ぎたくなった。だけど、現状を打破するために働く理性が、時任君の言葉から背を向けることを許さなかった。
「チータ達が、死人……? いや、そんなわけないだろ!?」
つい、声が荒くなってしまった。時任君に怒っても、しょうがないのに。
『……そうだね。僕も、本当に正しいかはわからない』
「ごめん、時任君……」
『良いんだ。だけど、志摩光子がチータちゃん達を連れ去った以上、やろうとしていることはひとつ。彼女は世界と娘さんを救おうとしている。利害が一致しているから、誰もそれを止めることはしないと思うよ。……でも、君は違うよね?』
冷や水をぶっかけられたような気がして、息をのむ。
『君はまだ、何も選択していない。ただ流されるままに事実を受け入れてしまったら、きっと君は後悔すると思う。君は、それで良いの?』
「そんな……そんなことない……!」
そうだ。その通りだ。
このままでは、俺は輝美とこども達のことを考えないまま、終わりを迎えることになる。輝美を救うか、チータ達を救うか、あるいは両方救えるのか?
最後のはただの願望だけど、それでも行動しないことには、その可能性を見極めることすら出来ない。このままただ、ボーっとしてチャンスを無駄にする、可能性を生むことなく終わりを迎えるだなんて、そんなの絶対にダメだ!
俺はまだ動ける。動けるのに動かないなんて、それこそ見殺しとおんなじだ。
事実を、受け止めなくちゃいけない。
それが、よりより結果を生むために必要なものと、信じなければならない。
「時任君。このこと、綱吉さんには伝えた?」
『うん。伝達済み』
「そっか。ありがとう、おかげで助かったよ」
時任君は、立派に仕事をやり遂げた。すばらしい仕事だった。
後は、自分が出来ることを見極め、それを貫くだけだ。
『やる気が戻ったみたいで良かったけど、対策はあるの? 世界の命運がかかっているとなると、きちんとした代案が無くっちゃあはじき出されるだけだよ?』
「大丈夫。これから考えるから」
『こ、これか――まぁ、良いのか。選ぶのは君だからね』
「本当にありがとう」
『いい結果になるよう、祈ってるね』
通話が切れた。くどいようだけど、時任君は本当にいい仕事をしてくれた。
事が終わったらきちんとお礼が出来るよう、がんばらなくちゃね。
「よし、追いつかなくちゃな」
急がなくてはならない。ここいらに着いてから今に至るまで、一時間程度経過している。光子おばさんが何をしようとしてるかはわかんないけど、今から追いつけば、妥協案を見出すくらいのことは出来るかも知れない。
だから、まずは光子おばさん達を見つける。それが目標だ。
Prrrr!
そこに、またも着信音が鳴り響く。一瞬、時任君が止めに入ったのかと思ったが、別の着信音だったので、すぐに別人からだとわかった。
スマホを見ると、発信者は綱吉さんだった。
とりあえず、通話に応じる。
『もしもし? 時任君から事情は聴いたよ』
「そうですか」
『みんなを、助けたいんだろう?』
「はい」
『なら、一旦こっちに来てくれないかな?』
「えっ?」
つい、訝し気な反応を示してしまった。世界の命運が懸かっているという状況で、綱吉さんは、俺がチータ達を助けることを支持してくれるとは思えなかったからだ。
だが、綱吉さんは俺の反応を予想していたのだろう。申し訳なさそうに笑っただけだった。
『現在、事務所に残ったメンバーで、志摩光子さんの行方を追っているところなんだ。それも、もうすぐ割り出せるはずだ』
「なら、近場を教えてくれればそこからは――」
『それでも仲間に任せた方が早い。だから、結果が出るまでの間、君と話しておきたいことがある。君は『テレポート』のスキルが使えるんだから、移動時間を気にする必要はないだろう?』
「……わかりました。すぐに伺います」
少し考えたけど、答えは既に決まっていた。闇雲に探すよりかは、手掛かりを得た方が良いだろう。人を信じる勇気を失ったら、本当に何もできなくなる。
同じミスだけは、絶対に犯したくない。
『待っているよ』
通話を切り、呼吸を整える。
俺は、テレポートを試みた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます