第17話 ゆずれないもの

 神話生物が、人間を介さずに顕現するという原因不明の現象が立て続けに起こり、その対処に追われた≪シーズン≫。世界規模の大事件だったが、森羅万象研究所や各国の軍の働きもあり、なんとか全ての神話生物を撃破することに成功した。神話生物に現代兵器が通用するのか? という疑問はあったけど、もしかしたら公表されていないだけで、軍にこっそり神霊子が組み込まれていたのかも知れない。

 俺達が≪シーズン≫の事務所に戻り、その報告を受けたのは、夕方の6時になってからのことだった。

 とりあえずは、全員無事。本当に良かった。

 だけど、喜んでばかりもいられない。 


「やっぱり、みんな消耗しているね」


 疲労困憊といったようにぐったりとソファに腰を掛けているメンバーの姿を眺めながら、綱吉さんは眉をしかめる。


「これじゃあ、次が来たとして、すぐには対応できない可能性があるね……」

「次、か……出るんでしょうか?」


 四十代くらいの女性メンバーが、手を上げる。彼女の言葉は、ここにいる全員が思っていることだと思う。


「わからないけど、原因が不明である以上、備えは必要だよ。報告によると、本当に生物を相手にしているみたいだから、軍の兵器も通用するみたいだけど、それでもやっぱり神霊子の力による応用力には敵わない。出来る事なら、神話生物は神霊子が相手をすることが無難だ。打算的に言うと、神霊子の存在をアピールするチャンスともとれるからね」

「まぁ、そうですけど……」


 女性メンバーがため息をついた。次があるかも知れないって状況だけでもしんどいのに、今度は普通の人間への配慮を考えなくてはならないから、頭を抱えたくなるのもわかる。

 今は共通の敵がいるから友好的に受け止められているかも知れないけど、問題が無くなれば、今度はどんな目を向けられることになるか。

 悩みの種は尽きない。


「現時点で動けそうなのは……秀平君たちくらいか」


 俺と輝美、チータ、スゥ、フーコ、シェンの6人か。確かに、俺達はその気になればまだまだ戦えるだけの余力は残っている。

 だけど、それは俺達が引き続き、チームとして活動出来ればの話だ。

 今回と同規模の数の神話生物が出てきたら、個別での対応を余儀なくされる。そうなれば、消耗はより激しくなるだろう。

 綱吉さんと姉ちゃんは戦場に赴いていないが、彼らは戦場に立つ以上に、指揮官という役割がある。外部との連携を取り持つ人がいるからこそ、俺達下っ端がのびのび働ける――ということを考えると、ヘルプをお願いするのは躊躇われた。


「ひとまず、秀平君たちはいつでもいけるよう準備はしておいてね。他のみんなは、今日のところは家に帰った方が良いかな」


 その一言で、今日のところは解散となった。ただ、俺達は残る必要があるため、少しだけファミレスで外食をした後、再び事務所に戻る。

 それから、綱吉さんと姉ちゃんも交えた、作戦会議が始まった。とはいえ、戦術面に関しては、余程のことがない限りは現状維持ということで、早々に議論が終わる。

 主に話し合ったことと言えば、この異常事態の原因究明と対策だろうか。


「さて、みんな。出撃前に時任君からもらった情報があったけど、覚えているかな?」


 綱吉さんの質問に、全員が頷いた。


「今の世界は、一度壊れた世界が再構築されたというもの。神話生物っていうのは、言ってみれば前の世界――前世って言うべきかな?」

「それは、誤解されると思いますよ?」


 姉ちゃんのごもっともな意見に、綱吉さんは「だよねー」とぼやきながら額に手を当てる。


「一個人の前の人生――とごっちゃにならないように、前世界ぜんせかいとはっきり言い切った方がよろしいのでは?」

「あぁ、そうだね。じゃあ、仮称だけどそうしようか! 対義語として、この世界のことは、現在の世界ってことで現世界げんせかいってことでヨロシク!」


 新しい概念を生み出すって、大変なことだなって思った。違和感との戦いになるからね。


「それで、その前世界の生物だった神話生物が、今の世界に現れた、と……。神霊子という存在がこの世に生まれたことも含めて、どうしてこうなったのかっていうことを、森羅研で研究が進められているわけだけど……」

「まだ、詳細はわからないってことですか?」

「そうだね。ただ、あの後時任君から、断片的ではあるけど、気になる情報が送られて来たんだ」


 随分と、意味深な言葉遣いだ。


「なんでも、前世界と現世界をつなげる何かが、現世界に残されてしまっているとか……」

「それが……つまり、この騒動の原因になってるってことなんですか?」

「そうらしいんだよ。ただ、具体的に何をすればそれを防げるのかってトコまでは、森羅万象研究所むこうもわかっていないみたいなんだよね」

「となると、どうしようもないってことじゃないですか……」

「そうなんだよねー! アッハッハー!」


 乾いた笑い声を上げる綱吉さん。どうやら、見た目からは想像できないくらい、参っているご様子で。


「お前達に限って言えば、問題はそれだけじゃない」


 姉ちゃんの言葉を受け、俺はソファに座るチータ達を見る。疲れが溜まっているせいか、四人ともレム睡眠状態で横たわり、あるいは隣に座る仲間の肩を借りたりしている。

 見てて微笑ましいけど、保護者ならば、他にするべきことがあるだろう。


「輝美。お願いして良いかな?」

「うふふ。OK」


 何故か嬉しそうに微笑みながら、輝美は四人をソファにしっかりと寝かしつけてくれた。


「……この混乱に乗じて、チータ達が狙われる可能性があるって?」

「他人の命を使って実験なんてしようとするような連中だぞ。世間の事情なんてお構いなしに仕掛けてくる可能性は、充分に考えられる。そうは思わないか?」

「わかってる。考えたくなかっただけだよ」


 しかし、残念ながら、世の中には自分が得することしか考えられない人間は、決して少なくない。

 自分達の知的好奇心を満たすためだけ(どうせそんなトコだろう)に少女達を犠牲にしようとする森羅研の過激派ならば、この状況を利用して、こちらに仕掛けてくる可能性は十分あり得る話だ。


「その、チータちゃん達のことなんだけど、ちょっと時任君から嫌ァ~な話があってさ……」

「えっ?」


 綱吉さんのカミングアウトを受け、背筋に悪寒が走る。


「もしかしたら……チータちゃん達が、この事件に関係しているかも知れないっていうんだよね」

「関係って、この子達は何もしていませんよ? ずっと一緒にいたんだから、保証できます! 一緒に戦ったんですからね!?」

「そうですね。秀平君の言葉に、嘘はありません」


 輝美も、俺の言葉に同意してくれた。彼女自身も証人なんだ、自らを偽るような真似をする必要はないはずだ。


「別に、僕も彼女達をどうこうしようってつもりで話したわけじゃないさ。ただ、時任君が調べた資料の中に、森羅研の異変に関わる調査結果をまとめた資料の中に、チータちゃん達の名前がリストアップされていたらしくってね」

「はぁ!?」


 意外な話の運びに、ついリアクションが荒くなる。

 チータ達が、この事件に関与している?


「チータ達が、なんだって言ってるんですか?」

「あくまで可能性のひとつでしかないらしいけど、森羅研の過激派は、チータちゃん達が神霊子の中でも特異な存在であるとレポートに残していて、そこに着目した他の研究員チームが、関連性を疑い始めたみたいなんだ」

「何ですか、その暴論は?」


 なんてばかばかしい理論だ! 森羅万象の研究をしているんなら、俺が思いつかないような突飛な発想でもしてくれればいいのに。

 チータ達のことを少しでも知っていれば、彼女達が現世界の壊滅を望んでいるわけがないって、すぐに気付けるはずだ。


「秀平。リーダーはチータ達をどうこうしようと思っているわけじゃない」


 姉ちゃんは、綱吉さんの心中を代弁しようとしたんだろう。

 だけど――、


「現時点では、だろ?」

「…………」


 姉ちゃんの沈黙は、図星を突かれた時のリアクションだった。

 つまり、今後の展開次第では、彼もまたチータ達を狙ってくる可能性が高い。


「俺は……何があっても、この子達を守ります」

「そうだね。君はそれで良いんだ」


 綱吉さんは、どこか安心したように微笑んだ。


「あんな小さな子どもの命を犠牲にしてまで生き延びたいだなんて……いくらなんでも、いくら他の命が懸かっているとか言われたって、受け入れられるわけがないもんね」

「はい。もう、俺には無理です……」


 人が生きていく上で、目的があるということは幸せなことだ。目的があるからこそ、人はそれを目指して努力が出来るし、その過程で得た何かを、仮に目的に変化が見られたとしても、その先で活かせることだってあるはずだ。

 今の俺の生きる理由は、チータ達が安心して暮らせるよう、支えること。今まで何も考えずに生きてきた俺にとって、これ以上に大事なものは無かったと思う。

 だから、それを脅かすような選択だけは出来ない。

 たとえそれが、綱吉さんからの命令であったとしても。


「我々の目的は、神霊子が世界に受け入れられるよう、その橋渡しとなること。組織として、非情な決断を下さなくてはならないことは出てくるのかも知れないけど、僕達の行動理念を容易く曲げるようなことだけは、絶対にしないさ」

「…………」

「それで良い。君は、今の言葉で安心してはいけないんだ」


 今、自分がどんな顔をしていたのかわからない。だけど、綱吉さんは笑って受け流してくれたようだ。


「君は、これから自分が最後の砦になったつもりで、こども達を守ってもらいたい。その上で、改めて君の敵になり得る存在のスタンスについて、整理しておこう」


 俺は頷き、綱吉さんの言葉を待つ。


「謎の神話生物の出現&暴走の原因が、チータちゃん達にあると思っている連中がいるということ。もしかしたら、世間が君達の敵に回るかも知れないということ」

「…………」

「大丈夫。これだけ覚えておけば、今の君なら折れずに戦い抜くことが出来ると思うよ。そして、こっから先は、あくまで僕個人の感想であって、根拠も何もない願望にはなるんだけど……」


 綱吉さんは立ち上がると、俺の隣に立ち、肩を叩く。


「君が彼女達を守るために戦い抜くことで、生長する……それこそが、この一連の事件の解決に必要不可欠な要素(ファクター)になる……僕は、そう思うんだ」


 不思議に思う。

 どうして綱吉さんの言葉は、いつも俺が必要だと感じる時に、送られてくるんだろう? そうすることが出来る人は、他人の何を見ているんだろう?

 いつか、俺もそういう風に、チータ達に思ってもらえる日が来るんだろうか?

 そう思ってもらえるようになるためにも、今を戦い抜こう。そう思った。


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