第15話 芽生える気持ち
楽しい時間って、過ぎるのが早く感じられるんだよな。振り返る度に、いつもそう思っている。
今年は厄年ということもあり、早速四月から最悪の始まりになるのかと不安に思っていたけれど、実際はその逆。神霊子なんて面倒な輩とつるむことになったけど、それとバランスを取るかのように、最高の出会いや再会が待っていた。
チータ。
スウ。
フーコ。
シェン。
そして、幼馴染の輝美。
それぞれが大きなクセのある人たちではあるけれど、それでも俺達は互いに支え合ってきた。時間にしてみれば2か月程度(輝美に至ってはまだ一週間)だけど、今では自分の家族と同じくらい大事に思っている。
「おまえらー、仕事だぞー」
今日も今日とて、指導役兼監視役の姉・昇子の指示の元、≪シーズン≫の役目である、神霊子の保護や犯罪の阻止等に動いている。体感としては、圧倒的に神霊の悪用をする人間が多く、やむなく彼らの神核を破壊するっていうのが主な役回りになっている。
戦うことは好きじゃないけど、それが今の生活を守るために必要なことだから、迷わず戦える。先輩にあたる輝美も協力してくれるようになったし、格段に仕事はしやすくなった。
「秀ちゃん、この仕事が終わったら、二人で休憩しにいかない?」
「行くなバカ」
「えぇぇぇ~!? 昇子さん、あたし達もう26ですよ!? 結婚だって視野に入れるべきだし――」
「輝美さんにはまだ子育ては早いということですよ」
「……チータの言う通り。がっつき過ぎ」
「おねーちゃんばっかずるいー! おにーちゃん、フーコもー!」
「オイラ、出かけんなら飯食い行きたいなぁ~!」
こんな会話がもはや日常茶飯事になりつつある。輝美の積極的なアプローチに応えたい気持ちはあるけれど、今はチータ達のお世話が楽しいし、それと両立することが無理そうなので、悪いけどお互い我慢の時ってことで、埋め合わせを頑張ることにしている。
そんなカンジで、無難だけど充実した、幸せな生活を過ごせている。
こうしていられるのも、綱吉さんが≪シーズン≫を設立してくれたおかげだ。
ゲームの話云々を別にしても、彼には本当に感謝している。いろいろとマルチな活躍をなされている方だから、いつも会えるわけじゃないけれど、綱吉さんが必要だと思ったことなら、可能な限り応えたい。そう思って、仕事をしている。
俺の中の優先順位が揺らぐことが無いことを祈りながら、神霊子としての戦いに集中することにしよう。
◇◆◇◆
今日の仕事が終わり、もうすぐ日付が変わろうとしている時、俺のスマホから着信音が鳴り響いた。表示された氏名は、俺が待ち望んでいた人のものだった。
チータ達はもう眠っているので、家の中で一番和室から離れている、二階の物置部屋に移動し、通話ボタンを押す。
「もしもし……?」
『あぁ、秀平君! 時任だけど、今、時間平気?』
「おぉ、お疲れさん! 大丈夫大丈夫」
電話は、時任君からのものだった。
綱吉さんとの初対面の後、何度か時任君と話をする機会を得られたんだけど、よくよく聞けば、彼は俺と同い年であることが判明した。そうとわかれば、ある程度親しくもなり、お互い会話も気安くなるってもんだ。
姉ちゃんにコキ使われる者同士という、ちと悲しいシンパシーだけど、そのおかげで俺達は良い友人になれたと思う。
それはともかく、時任君は今、イギリスにいる。つまり、向こうはそろそろ三時のおやつってタイミングになるわけだ。
『今、カフェにいるんだよね。せっかくロンドンに来たんだから、ここいらならではの本場のスイーツってのを楽しみたいって思うのは、出張してる人間の当然の主張だと思うんだ』
「ロンドンのスイーツって何が有名なんだっけ?」
『さっと目を惹くのはイートン・メスっていう小さいパフェみたいなのとか、ビクトリア・スポンジ・ケーキになるかなー? スポンジケーキ生地の間にラズベリーのジャムが挟まれたケーキなんだ。あ、でも、せっかくカフェに来たんだから、ここはスティッキー・トフィー・プディングかなぁ? ファッジは、お土産にするからここではスルーするとして……』
きっと、時任君はメニューを片手に会話をしているのだろう。俺より一回り大きい体格の強面男子が、スイーツを眺めながら悶々としているってわけだ。失礼だけど、動物園にいるゴリラが餌の時間を迎えてそわそわしている姿を連想してしまった。
ていうか、さっきから聞き慣れない単語のオンパレードだな。後でググってみようかな。
「それで、どうだった?」
電話代もタダではないので、ここはこちらから話題を振ることにしよう。疲れているであろう時任君には、ゆっくりスイーツタイムを堪能してもらいたい。だからこその判断だ。
『あぁ、ゴメンそうだった。スイーツは全部頼むからこのくらいにしてっと』
さらっと健康に気を遣いたくなる発言が出てきたけど、彼の報告はそれ以上に重要なので、今は続きを待つ。
『
「そっか。まずは、ありがとう」
『良いんだ。僕も、ぶっちゃけ気にはなってたからね。カーチェイスもさせられたしさ……』
時任君が、乾いた笑い声を上げた。
先日、輝美から聞いたのだが、森羅万象研究所――略して森羅研は、イギリスにある施設らしい。日本国内の動きが鈍いのは、敵の中枢が外国にあったからに他ならない。
余談だが、新型コロナウイルスが発生して以来、世界ではリモートワークを導入する会社が増えてきた。それでも、重要な会議にもなれば、全員が集まって顔を突き合わせることになる。通信だと、ラグ等で会話のやり取りに無駄な時間がかかったり、緊張感が欠けたり、時には情報がねじ曲がって伝わるケースもあるという。
輝美からの情報提供を疑うわけじゃないけど、彼女個人の視点だけでは見えないものもあるかも知れない――そう考えた綱吉さんの指示の元、時任君が森羅研に調査に向かうよう指示されたのだ。
そして、時任君は、森羅研の実態は最初に俺に教える必要があると判断し、こうして連絡をくれると約束してくれたんだ。
『結論から言えば、森羅研はグレーってカンジになるね』
「グレー……?」
『想像よりも、ずっと大きな施設だったよ。大きなオフィスビルみたいな建物を、まるごと利用しているってことで、所属する科学者がたくさんいた。意外にもね』
「神霊子の正体って、基本的には秘匿されてるはずだもんね」
『だよね。僕もビックリした。……まぁ、そんな状況だから、当然いろんな考えの人がいるわけで、中には非人道的な手段に手を染める過激派ってのがいるみたい。異端扱いされてるけど、そうしなければ得られないデータもあるってことで、事実上黙認されているカンジかな。チータちゃん達を狙ってたのは、その過激派だ』
「過激派……」
『でも、数人程度のメンバーでしかないようだね。だから、これまでも直接的な干渉は避けてきた――というより、出来なかったようだね。日本にいる神霊子に干渉して、暴走させてきたのも、そういう背景があったからなんだ』
「そっかぁ……」
今さら、感情を大きく揺さぶられることはなかったけど、それでも胸糞悪い話だった。チータ達は森羅研の話はしたくない様子だったから、きっと酷い場所なんだと思ったけど、納得してしまった。
輝美の報告によれば、森羅研は表向きはスポーツ科学の研究所として周知されているものの、実際には世界最速で神話生物の存在に着目した組織であり、そこで多くの神霊子が実験に協力しているという。輝美も、チータ達を実験道具にされる話を聞かなければ、脱走の手引きはしなかっただろうと話していた。そう思える程度には、クリーンな面もある研究所なんだろう。
「他には、何かあった?」
『ごめん。他はこれから』
「そっか。ごめん、急かすような事言って」
『気にしないで。君の立場を考えたら、当然の反応だよ』
自分本位な物言いを反省する。時任君だって命を張っているっていうのに、彼の状況を鑑みることをしなかった。幸い、彼は人が良いから許してくれたけど、気をつけなきゃ。本当に。
『今日、調査に入っただけどわかったこともあるんだ。時間はあるし、まだまだ伝えられることも眠ってそうだから、楽しみにしててよ』
「ありがとう。甘い物食う余裕を忘れない範囲で、よろしくね」
『ありがとう。お土産、期待しててね』
「サンキュー。それじゃ」
『うん。日本はもう深夜だよね? おやすみ』
通話を終え、深呼吸をした。
敵の正体……徐々に近づいている気がして、少し緊張してきた。「少し」、という表現で済んでいるのは、時任君の報告が安心材料になってくれたからだ。
整理してみよう。
まず、相手が一部の人間――組織そのものではないということ。「戦いは数だ」というどっかの軍人の言葉じゃないけど、激突を想定するべき人間の数は、少ないに越したことはない。敵が友角や荒神と化した丘山先生といった刺客を送り込んできたことも、これで納得ができた。
払うもん払えば仕事をする奴と、脚がつかない形での奇襲。
どれも、連中からしてみれば現地調達可能な戦力ってわけだ。人員が少ないからこそ、取るべき手段ってわけだ。向こうの立場としても、情報の漏洩は避けたいはずだ(怖くなければ、堂々と名乗ると思う)。
だけど、可能なら急いで対処したい。向こうは少数故に、先程の尖兵づくりには長けている。身の隠し方を良く知っているからこそできる手段であり、素人である俺が先手を取ることは、不可能に近い。敵は、確実に俺達のことを知っている。レーダーのようなスキルなんてものがあれば、それに対するジャマーのようなスキルで対処するくらいのことは、普通にしてきそうだ。現に、≪シーズン≫の神霊子で似たようなスキルをもつ人はいる(『音波』のスキルを応用している、とのこと)みたいだけど、足取りは掴めていない。
俺は神様じゃないから、犠牲者を出さずに救うのは出来ない。
だけど、確実に過激派を倒さなくては、チータ達がいつまでも安心できない。
知らず知らずの内に、焦燥感が膨れ上がっていることに気付き、ため息をついた。
「電話は終わった?」
後ろから、Tシャツとハーフパンツというラフな姿の輝美がやってきた。風呂上がりなのか、普段は跳ね上がっている毛先が垂れていて、頬も上気している。
「うん。時任君と、ちょっとね」
「あぁ、ロンドンにいるんだっけ? 森羅研の調査かな?」
「そう言ってたね」
「あそこの人達が何を研究してたのかは、あたしもよくわからないからさ。何か、わかると良いわね?」
「そうだね」
輝美の肩を抱いて、ふたりでその場に座り込む。輝美の髪から、柑橘類の匂いがした。確か、新しく買ったシャンプーが、オレンジを連想させる色だったな。
そうしている内に、最悪の想像が頭に浮かぶ。
一番最悪のケースは、輝美が内通者だという展開。
だけど、俺はすぐにその可能性を切り捨てた。
神霊子は、神核を通じて、エネルギーを分け与えたり、言葉に頼らない意志疎通が可能になっている。これにより、言語に頼らないコミュニケーションが可能になり、水中でも会話が出来るようになる。つまり、思考をつなげることが出来るのだ。
言葉にすると便利に思えるが、裏を返せば、隠し事が出来ないことを意味する。
俺と輝美は出会って早々、抱き合った(後に後頭部強打して気絶した)時にそれをしていた。だから、俺達は互いを大事に想っていることを知っている。
余計な心配は、しなくていい。
「輝美」
「ん?」
「俺さ、頑張るよ。ちゃんとみんなのこと、守れるようにさ」
「うん」
それきり、俺達は無言を貫いた。代わりに、身を寄せ合うために抱く腕の力は、少しだけ強くした。
輝美はわずかに腰を浮かし、俺の膝の上に形の良い尻を置いた。そのまま、彼女は俺の胸に背中を寄せた。輝美の両肩の上から両腕を伸ばし、彼女の胸の前で交差させる。大きな膨らみが、腕を包んだ。
輝美は、拒まなかった。
◇◆◇◆
東京都某所。綱吉悟の事務所。
深夜にも関わらず、綱吉は代表取締役のデスクに腰を掛けながら、スマホを片手に通話をしていた。
「僕が思うにね、ゲームっていうのは人生の縮図でもあり、プレイヤーの感情を曝け出すためのツールでもあると思うんだよね」
『はぁ……』
電話越しから聞こえてくる高い声は、女性のものだった。オペラ歌手のように澄んだ声を聞く度に、綱吉は己の感情が昂ぶっていくのを自覚する。
彼女は、綱吉の仕事仲間だ。
「例えば、対戦ゲームで白熱したとして、負けた方が怒り狂って相手を殴るとする。普通に考えればこれはよくないことだ。暴力という行為が、そもそも感情の整理が出来ていないが故の、未熟なストレス発散方法だからね。だけど、裏を返せば、そのプレイヤーが怒っているのは、それだけそのゲームに自信があったか、あるいは対戦相手に負けるわけがないという、根拠のない自信を持っているかどうかってわけ」
『まぁ、そういうことになるんでしょうね』
おそらくはゲームに縁のない人生を送っている女性の声は、どこか上の空だった。
それを承知しながらも、綱吉は話を続ける。
「人は心に抱えたものを曝け出すことで、初めて自分自身を知る。そう思うのは僕だけかも知れないけどさ。でも、それが出来た時、プレイヤーである人間が己を見つめ直すことが出来れば、素晴らしい成長だと思うんだ。さっきの話だって、そこからちゃんと反省をすれば、実力がつくだけじゃなくて、精神を鍛えることになる」
『実際にゲームを作った、綱吉さんならではの言葉ですね』
「星母物語は、ある意味僕のサクセスストーリーだからね。正しく世界を見ようとして、だけどホントの世界は必ずどこかがおかしくて、歪なもんだから……それを面白おかしく捉えられるのであれば、最高の娯楽になるって思ったわけだよ」
『そして、それに上手くハマった人間が――あなたの意思に呼応した者がいる……』
綱吉は、笑った。
『驚きました。あなたのおっしゃる通りだったものですから』
「一応聞いとくけど、誰のことを言ってるの? 自分で言うのもなんだけど、星母物語が好きって言ってくれる人、それなりに多いんだよね」
『愚問ですね』
女性はあえてため息をつき、そして再び口を開いた。
『火野秀平君のことです』
「秀平君かぁ~! 彼は素直だよね。僕の言葉をきちんとその意味を捉えようとしながらも、まっすぐに受け止めてくれた」
『だからこそ、金翼の欠片は彼を選び、セイクリッドファントムなんて形に変異を遂げた……そういうことですか?』
「うん、その通りだ」
綱吉は、壁にかけている二枚の絵画に目を向ける。
一枚は、銀色の竜を。
もう一枚は、三対の金色の翼を背中にもつ女神を描いていた。
「≪金翼(きんよく)≫の魂は、彼の中に眠っている。彼の欠けた心の裏側に、確かに潜んでいたよ」
『では……?』
「そう。引き続き、火付け役を頼むよ」
綱吉は笑いながら、通話を切った。
「≪金翼≫か……果たして、どうなっているのやら」
その時、部屋の電球が切れ、月と街灯の光が部屋を照らした。
光を浴び、綱吉の影が部屋に映し出される。
その影は――竜の形を成していた。
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作中に出てくる星母物語のモデルは、ゲームソフトのMOTHERシリーズです。ファンの方なら、すぐにピンときた! と思ってもらえると信じたいです。
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