第13話 施設から来た女
火野家が父親の転勤に伴い九州地方に転居するまで、近所に住んでいたということで、小学校2年生までは、ほぼ毎日一緒に過ごしていた。
その後、輝美は留年や浪人をすることなく大学生活を終え、二十三歳になる年から社会人デビューを果たし、現在に至る。
◇◆◇◆
大変な目に遭った後だったけど、俺は輝美を伴い、すぐに綱吉さんの事務所に戻った。ただし、リーダーである綱吉さんは不在のため、代理で姉ちゃんに一部始終を報告した。
その後、兄貴に連絡をした。丘山先生の訃報を伝えるためだ。
「……うん。わかってる、警察には話したよ。うん……あぁ、それじゃあ」
通話を切った後、自然とため息が出た。
「兄貴はどうだった?」
「あぁ。案の定、大分落ち込んでるみたいだね」
姉ちゃんの質問に、俺は渋面を浮かべながら答えた。。
兄である優にとって、丘山先生は両親以上のメンターだった。兄の職業は自営業で、金融庁を相手にいろいろと財政管理のアドバイスをする仕事をしている。金融関係の知識が皆無の俺から見れば完全に未知の領域の仕事を扱うということで、当然様々な悩みを持っているようだが、それを解決するために頼ったのが、丘山先生だったという。先生に俺を紹介したのも、兄貴だった。
そんな、心の支えを失ったのだから、兄貴の悲しみの大きさは、俺の比ではないだろう。だからこそ、真っ先に報告したのだ。
「まぁ、後はあの人の問題だからな。こっちはこっちで集中しなきゃならんしな」
「わかってる」
望んでいた決着ではなかったけど、これで俺が先生との人間関係に悩む必要は無くなった。もう、どうしようもない。
「お前は悪くない」
珍しく、姉ちゃんが労わるように俺の肩に手を置いた。
「お前があそこを訪ねた時点で、丘山のおっさんは手遅れだった」
「んなこたぁわかってるよ」
「なら、何を悩んでる? まさかとは思うが、兄貴のことで気に病んでたりしないよな?」
「そんなんじゃないよ」
別に、兄貴のことが嫌いってわけじゃあないんだけど、それでもあの人の丘山先生への信頼と、そこで得たロジックを押し付けてくる癖は、決して気持ちのいいもんじゃなかった。だからというわけではないけど、俺は自分でも呆れてしまう程に、丘山先生の死に心が揺れていない。
「俺が気になってるのは――」
『なんですってぇ!!?』
「ぉわっと!」
隣の部屋から怒号が響いてきたため、びっくりして跳ね上がりそうになった。
そこには、輝美とチータ達がいるはずだ。どうやら知り合いみたいだけど、みんなして神妙な顔つきで部屋に入っていったもんだから、単純に仲良しってわけではないようだ。一体、どういう関係性なんだろうか?
「輝美か。子どもは苦手なのか?」
「まったくなぁ……」
姉ちゃんと共に、足早に待合室に向かう。
俺が気になっているのは、正にその輝美のこと。
彼女は、神霊子だった。
どうして、彼女はあそこにいたのだろう? 助けられたことには感謝しているけど、チータ達を取り巻く状況もあり、せっかく会えた幼馴染に対しても疑いの目を向けている自分に気付き、嫌気が差す。
そして、飛び込んだ待合室では、激しい言い争いが起こっていた。
「まったく! 黙って聞いてれば口ばっかり達者になって!」
「本当のことなんだから仕方がないじゃないですか!」
「オイラ達だって死にかけたんだからなぁ!!」
「……ノープラン」
「フーコおなかすいた~」
……なんか、思った以上に激しいけど、ほのぼのしたやり取りだった。なんというか、在りし日の火野家の兄弟喧嘩みたいだ。
「おいおい、何があったんだ?」
俺が声をかけると、輝美たちは一斉にこちらを振り返った。目が怪しい光を灯していて、思わず竦み上がる。
「秀ちゃんったらもう、何考えてるの!?」
輝美は大股で俺に歩み寄り、両肩を掴んで揺らしてきた。
「何って、なにが?」
「この子たち! フツー、面識のない児童を見つけたら、とりあえず児童相談所に送るもんでしょ!? どうして秀ちゃんが面倒を見ることになってるわけ!?」
「あらら、一般論」
「そりゃね!? そういうのを求めてたからね! ていうか結婚もしてない男の人が、どうして女の子を四人も面倒見ようって流れになるわけさ!? 法律が許してもあたしが許さないかんね!!」
「姉奉行」
「じゃあしゃーなし……ってなるかぁ!!」
輝美が俺を限界まで強く抱きしめる。ジ――ではなく、輝美ブリーカーである。
「なんでなんでなんでぇー!? あたしだってずっとずっと我慢してきたのに、なんでこの子達が先に秀ちゃんと家族になってんのォーーーー!!」
「急に駄々こねるんじゃありません……」
輝美の背中をなでながら、俺は乾いた笑いを浮かべていた。
えっと、どういうことだろう? 以前におばさん――輝美の母から見せてもらった写真を見た時は、さぞ立派な大人になるんだろうなって、勝手に劣等感を抱いていたんだけど、目の前にいる女は一体……。
「大人こどもっていうんですよね、こういう人って」
「こら、チータ」
「いや、だって秀平さんを頼るようにってボク達に言ったのは、輝美さんなんですから」
「何もかも自業自得……」
若干不機嫌そうな面して輝美を睨むチータ。近くにいるスウも遺憾の眼差しを向けているし、シェンも人を小馬鹿にするような笑みを向けている。唯一、フーコだけは仲間と輝美を交互に見ては、オロオロとしている。
「おい、今なんて言った?」
姉ちゃんが、急に怖い顔を浮かべる。あ、元からか。
「ごがっ!」
顔面を、台パンするように殴られた。鼻の骨が折れてないのは奇跡だ。
「輝美。チータ達は施設から逃げてきたって言っていたんだが、お前はそこを知っているのか?」
「はい。あたしがいた施設ですから」
さらっと、爆弾発言が飛び出した。
施設から来たってことは、輝美は――
「……詳しく聞こうか?」
「はい! そのためにここまで来ましたから」
輝美は、全く怯むこと無く、頷いた。
◇◆◇◆
「……そっか。≪
『えぇ……とりあえずは、計画通りといったところでしょうか』
「そうだね。そろそろ、彼女は秀平君に接触してもらった方が良いタイミングだと思っていたから、ちょうど良いんじゃないかな」
『ですが、不安です。あの子はあのこども達から――』
「ストップ! その話はもう何度もしたはずじゃないか。今更蒸し返すなんてナンセンスだよ?」
『す、すみません……』
「でも、気持ちはわかるよ? 君からしてみれば、彼女達は自分の娘みたいなものなんだろうしさ」
『……私の娘は、一人だけです』
「そうか……まぁ、構わないよ。君は君の正義を貫けばいい」
『感謝します。ですが、今は別の懸念がありまして……』
「秀平君?」
『えぇ。大丈夫なんでしょうか? その、せっかく覚醒したばかりの彼を、また――』
「必要なことなんだ。理解できるだろう?」
『はい。ただ、やっぱり他の方法はないものかとは、思ってしまいますね。どちらに転ぶにしろ、彼の身に何かあっては、きっと酷い結果になるでしょうから』
「仕方がないよ。彼に求められるもの……彼の神霊が、そうしないと満たされないものなんだから」
『そう、ですね……』
「世界のためにも……秀平くんには、壊れてもらわなくっちゃあいけないんだよ」
◇◆◇◆
テーブルを囲うように、みんなでイスに腰を掛ける。
そこから始まった輝美の供述は、耳を疑うようなものばかりだった。
「しんら、ばんしょう……けんきゅーじょ?」
「うん。
あっけらかんと笑う輝美を、きっと俺は信じられないものを見る目で見ていたんだと思う。そんな俺の胸中を知ってか知らずか、輝美は俺の手を握る。「夢じゃない」とか「ホントのことさ」とでも言いたげに。
「あたしがそこと関わりをもつようになったのは、ちょうど秀ちゃんたちが九州に引っ越して少し経ったくらいの頃だね。それから、新学期から来た学校の先生に、研究所の人が混ざっててさ」
「俺達が引っ越した後に?」
「うん。それでね、言われたんだ。「火野秀平くんとの関わりを続けたいのなら、是非とも協力してほしいことがある」ってさ」
「それで?」
「どんなこと? って聞いたの。したらさ、いきなり掌に火の玉を出して見せられたの。種も仕掛けもありませんってなカンジで、どこにも仕掛けなんて無かった」
「間違いないの? マジシャンって、なんか見る人の意識を逸らすことが得意って聞いたことあるぞ?」
「ホントだよ。友達いっぱい連れて、パンツ一枚の状態でやってもらったんだから、間違いないって!」
「それは理解あり過ぎるというか……別の意味で問題あるね」
小学校の敷地内で、しかも教員という身分でパンツ一丁。地方ではニュースになっててもおかしくないレベルの問題だ。
「だから、信じた。きっと秀ちゃんも同じ力があるのなら、きっといろんな苦労をするって言われたし、それを助けられるのは、同じ力をもつ人だけだろうって……そんなこと言われたら、あたし、収まりつかなくて」
「輝美……」
「その研究員も、さぞ安心したろうな。断られたら単なる露出狂だもんな」
「姉ちゃん、そういうツッコミいいから」
心配するところが違う気がする――と言いかけて、飲み込んだ。確かに、そこで輝美が断ったら、逆上して彼女に危害が加えてられていたかも知れないからだ。人間、必死かつ余裕のない時程、自分が何をしているのかわからなくなるもんだ。
「それから、時々学校から帰った後に、その先生モドキの研究員に連れてかれて、いろんな実験に協力してきた。健康診断みたいなことをするかと思ったら、急に座禅みたいなことしたり、休みの日には登山とかしたりしてさ。……うん、自分でもよくわかんなくなってきたけど、とにかくそんなカンジのことしてきた」
「な、なんか、それだけ聞くと、今まで必死にやってきた自分が馬鹿みたいに思えてくるんだけど……?」
チータ達が必死になって逃げてくるくらいなんだから、もっと殺伐とした雰囲気なんだと思っていたのに、イメージと全然違う。
「たぶんそれ、あたしが黄龍の神霊子って判明したから慎重になってただけで、他の実験の被験者の扱いは酷かったらしいわ。具体的に何があったかは……あえて、調べないでおいたから」
俺は、チータ達を見る。4人とも、俯いたり唇を噛み締めたりしていた。明らかに、恐怖に耐える人の仕草だ。こういう顔を見たくないから、俺は今まで、チータ達に何があったのかを聞いては来なかったってのに、不安が的中しちまった。
「でも、輝美さんにはお世話になりました。護身術と、神霊子としての力の使い方も、輝美さんが指導してくれました」
「日本社会のルールとかもな。まあ、簡単なもんばっかだったけどな」
「あと、おにーちゃんのこと!」
チータ、シェン、フーコが、輝美との思い出を語ってくれた。咄嗟にこんな言葉が出てくるということは、喧嘩する程仲が良いということなんだろう。
「ていうか、なんで輝美は、チータ達に俺のところまで行くように指示したんだ?」
俺が神霊子に覚醒したのは、チータ達を助けたあの時だ。それ以前に、俺が金翼の欠片を宿していることを、輝美が把握していたとは考え難かった。
「それはね、秀ちゃんが金翼の欠片をもった神霊子だからよ」
「えっ?」
「一言聞いて、ピンと来たのよね。秀ちゃんに任せておけば、きっと間違いはないって」
輝美の、この俺への過剰な信頼は、何を根拠に出てくるんだろう?
「そりゃ、秀ちゃんのことはずっとチェックしてたんだもん!」
「チェックって、一体何を……?」
「原理はよくわかんないけど、秀ちゃんが今何をしてるのかな~? って思うと、いっつも夢に秀ちゃんのことが出てきたの。試しに探偵さんを雇って秀ちゃんの写真を撮ってもらったら、ちゃんと夢に出てきた通りだったってわかったんだ!」
「おいおい……」
「そこまでしたなら、連絡くらいしろよ……」
俺と姉ちゃんは唖然となり、もじもじする輝美に遺憾の眼差しを向けた。進学校に行っているとおばさんから聞かされていたもんだから、てっきり学業に励んでエリート街道まっしぐらだと思っていたのに、蓋を開けてみれば優秀な変態がそこにはいた。
「まぁそんなわけで、森羅研で神霊子の研究に協力してたんだけど、そこでチータ達が殺されそうになったから、お姉さん役としては保護欲掻き立てられさ。それで、脱走に協力してあげたってわけ」
「そうだったんだ……」
一応、チータ達に視線で確認を取る。4人とも、首を縦に振った。
「森羅研(しんらけん)のことなら、事前にレポートを作成しましたんで、これどーぞ」
「話が早くて助かるな」
「少しやることがあるので、質問があればその後で伺いますね」
輝美は、姉ちゃんに青いUSBメモリを手渡した。
そして、チータ達を見る。
「それじゃあみんな、表に出なさい。腕が鈍ってないか、確かめてあげるから」
輝美は、チータ達に親指で「表に出ろ」とジェスチャーを送り、退室する。
「お、おい!? 一体何を――」
「願ってもないです」
「えぇっ!?」
何やら不穏な空気が漂ったので止めようとしたけど、チータは逆に燃えていた。よく見たら、他の3人も同様だった。
「行こう、みんな。輝美さんにボク達が強くなったことを思い知らせよう」
「おっけ」
「フーコ、おねーちゃんにかってみたーい!」
「いつまでも師匠ヅラすんなって、思い知らせてやんよぉ!」
四人は輝美の後を追うように、部屋を出て行った。
「あーれー……どうすんの、あれ?」
姉ちゃんに尋ねてみるが、ため息をつきながら目を背けやがった。
「あいつらにしかわからないコミュニケーションってこったろ。どうしても心配だってんなら、お前が監督しろ」
「お、俺が……?」
なんだかロクな目に遭いそうにない気がしたけど、このまま突っ立ってるだけじゃ何も始まらない。姉ちゃんは森羅研について調べるから、余計な手間をかけるのも躊躇われた。
しょうがないので、俺は一人で、輝美たちを追いかけた。
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