第5話 四神と共に
東京都H市にある
現に、周りにはたくさんの観光客が訪れていた。平日の朝9時ジャストだってのに、自分と同年代の人も多く見受けられる。有休とってでもここに来たいって思うような何かが、高尾山にはあるらしい。
神霊なんて不可思議な存在と共存できる、神霊子ってヤツになった俺にとっては、良い環境なのかも知れない。
「にしても、まだ朝早いのに……」
近くの駐車場は満車だったので、1km程離れた、人気の無い有料駐車場に車を停め、外に出る。当然、ここからハイキングのスタート地点となるケーブルカーの駅まで歩かなくてはならない。最近は運動不足気味だったが、まだ1km歩くのが辛いと感じる程、衰えてはいない。ハイキングを始める前だけど、フーコとシェンがはしゃいで先を走り回るため、離れすぎないよう、小走りで移動する。
それにしても、空気がおいしい。H市は東京の外側に位置するためなのか、首都でありながら自然に恵まれた土地だった。ここに来たのは初めてだけど、すごく良い所だ。余生を過ごすには良い場所かも知れない。
「さて、ここなら平気そうだな」
姉ちゃんは辺りを見渡しながら、チータに視線を移す。
「チータ、ちと哀れな愚弟に、スキルを見せてやってくれ」
「了解しました」
俺が「どうゆうこと?」と尋ねる前に、チータは行動に移していた。
突然、チータの胸が光り輝いたと思ったら、そこから青い光が龍のようにうねりながら、空に舞い上がっていく。そして、光のベールを脱ぎ、その姿を現した。
「青い、龍……」
「そりゃ、
俺の足元に立っていたシェンが、こちらを見上げながら得意げに笑っている。
「お願いね、青龍」
『きゅおーーーーーーーん!!』
青龍は己の存在を誇示するように雄叫びを上げると、頭上の雲に向かって口からビームを発射した。すると、少しの間霧雨が降ってきて、俺達の身体を濡らした。
「今のが、チータの神霊か」
「おい秀平、あまりマヌケ面を見せるな。妄想癖全開の頭可哀そうな中二病患者だと思われるぞ」
「いや、こんなん誰だって驚くだろう!?」
架空の存在だと思われた生物が、こうして目の前に現れたんだ! 驚かない方がどうかしている。
「神霊は、神霊子にしか見えない」
「えっ?」
「つまり、一般人の目には見えないんだよ。その青龍は」
「…………」
クソ姉昇子の悪口の意図が、理解できた。両手で顔全体をもみほぐし、誤魔化す。
その様子を見ていた、チータはおかしそうに微笑んでいた。光の粒子となった青龍を体に戻し、俺の手に触れる。
「ところで、今、チータが何をしたかわかったか?」
「霧雨を降らせた」
「お前ならきっとそう答えると思ったよ」
姉ちゃんは、大袈裟にため息をついた。何故、こんなリアクションを見せつけられなくちゃならないんだ? って思ったところで、姉ちゃんとチータの会話を思い出す。
「そういえば、スキルとかなんとか言ってたな?」
「ぼんやりしてるから、そこを見落とす」
再び、ため息をつかれた。何度もやられるとさすがに腹が立つけど、どうやら目をつけるポイントは間違っていないらしい。
ていうか、スキルってなんだ? いや、ある程度予測はつくけども。
「ゲーム脳のお前にわかりやすく言うなら、RPGの魔法みたいなもんだ。今、チータには周囲の人間に私達の姿を隠す、隠形のスキルを使ってもらったんだ」
隠形――ステルスってことか。光の屈折によって相手の視界を誤魔化し、あたかも誰もいないように見せる仕組み。さっきの霧雨に、その力があったってことか。
ここまで思って、一つの疑問が生まれた。
「ん? 普通の人間には、神霊は見えないんじゃなかったか?」
姿も見えない人間相手に、隠形なんて必要ないじゃないか。そう思ったところで、姉ちゃんが「アホ」という悪口と共に背中を叩いてきた。
「近くに、ボク達以外の神霊子がいないとも限りませんから」
「あ、そっか……」
チータの解説を受け、俺は自分の迂闊さを恥じた。チータ達は追われる身なのだ。だから、こういう用心を怠ってしまったら、何度も敵に見つかってしまうだろう。神霊という存在に慣れていないのは確かだけど、追われるこども達の保護者を名乗るのなら、これからはそういう懸念にも備えておかなくてはならない。
「自覚が芽生えたようで、何よりだ」
姉ちゃんの声に、真剣みが帯びる。それを受け、俺も背筋を伸ばしていた。
「で……これから、何をするの?」
「山を登れ。それだけだ」
姉ちゃんは、高尾山の山頂を指差した。
「えっ? それだけ?」
「既に発現はしている。後は、お前自身がそれをどうすべきかってことに気付けるかどうかだ。無心で歩こうとすれば、ただでさえ頭がごっちゃになってあれこれ考えちまう今のお前でも、糸口を見つけるくらい出来んだろ」
「無心でって言うのに考えること前提になってるし、もう訳わかんないぞ」
俺の言葉に、チータ達も揃って頷いた。
「生まれつきの神霊子であるチータ達にはわからない感覚だろうが、私のような後天的に神霊を獲得した人間にとって、有効な手段であることは間違いない。前例もあるし、何より秀平も私と同じで、後天的に神霊を獲得した人間だからな」
さすがに、こども達が相手になれば、姉ちゃんも優しいお姉さん風な柔らかい口調になる。
ていうか、前例って何があったんだ?
「そういうものなんですね」
「ふぅん……?」
「ソウナンダー?」
「ま、オイラには関係ねー話だけどな~」
チータ達が、この話題に興味を失ったのがわかった。彼女達からすれば、ここへは行楽に来たわけだから、既に興味は売店の食い物に移っているんだろう。
良い事じゃないか。君達の目的は、正しくそれだ。
「てなわけで、私達は先に行って売店巡りでもしてくるとしよう。チビ達は私と一緒においで。ていうか、乗せて」
「姉ちゃんもダイエほっ!?」
鳩尾にボディーブローをくらい、悶絶しそうになる。即効性のボディーブローだってマンガで見たことあったけど、自分の身体で理解したくはなかったなぁ……。
「そんなら、オイラに任せとけ!」
シェンは胸の前で手を合わせ、目を閉じる。すると、シェンの体から光が放たれ、地面に流れる。地面に零れ落ちた光はやがて水溜まりのようになり、そこからトラック並みに大きな漆黒の亀――のようなロボットが出てきて、そのままシェンを背に乗せた。
「
亀ロボット的存在の玄武は、四肢から反重力のような力を発生させて、宙に浮いた。
「ほい、みんな乗った乗ったぁ!」
シェンの号令に従い、姉ちゃんとチータ、スゥが軽やかに跳躍し、玄武の上に飛び乗った。神霊子ともなると、身体能力も強化されるようだ。
確かに、一般人からすれば恐怖の対象になるだろうな。
「フーコはシロちゃんと一緒にいく!」
「シロちゃん?」
俺の隣に立ったままのフーコは、両手を握って跳びはねる。
シロちゃんっていうと、フーコのペットか何かか? 動物を連れ歩いている様子は無かったと思うけど……。
「見ててね、おにーちゃん! ……んむむむ!」
フーコは、犬かきで泳ぐように両手を動かすと、手から光を放った。それは、風に緑や紫の色を与え、やがて大きくなる。
「グルォォォアアアアアアア!!」
フーコの両手の光から、一匹の白い虎が飛び出した!
チータが青龍、シェンが玄武と来たから、もしかしてフーコの神霊って――、
「これってまさか、
「うん! でもかわいくないから、フーコはシロちゃんって呼んでる!」
「ぐるるる……」
フーコを背に乗せた白虎が、「何か文句あっか?」って目で俺を睨んできた。「別に無いよ」って意思を伝えるために首を横に振って見せると、白虎は鼻を鳴らして高尾山の方に体を向けた。
「シェン。フーコも。隠形は……?」
「抜かりねーっての!」
スゥの質問に対して、シェンは得意げに胸を張って応えた。
そりゃ、トラック並みにデカい亀のロボットが空を飛んでいたら、SNS拡散では済まないレベルで大混乱になる。あ、玄武は見えないから、乗っている四人だけが浮いているように見えるのかな? どっちにしても、大騒ぎになるだろうが。
フーコにしても同様だ。何かに跨った姿勢のまま宙を浮いて移動する少女なんて、オカルトだかSFだかわかんないレベルの衝撃映像だ。
こうして考えると、神霊子にとって隠形というスキルが、いかに重要かが伝わってくる。
「シロちゃん、ヘーキ?」
「うぉう!」
「ヘーキだって!」
特別な動きが見れなかったからよくわからないけど、フーコと白虎も心配ないらしい。
「そんじゃ秀平、サボるんじゃないぞー」
「にーちゃん、先いってるぜー!」
「がんばってねー!」
姉ちゃんとシェンが頭上から、白虎に乗ったフーコは振り向きながら叫んだ。チータとスウは無言だったけど、玄武の背中からこっちに向かって手を振ってくれている。
そして、玄武は空を飛んでいき、フーコを乗せた白虎は一足先に獣道の中に姿を消した。
「ハハ……」
俺は手を振り返しながら、空を飛んでいく玄武の姿を眺めていた。
これは、今の俺達の立場を表しているように見えた。神霊を理解しているみんなと、そうでない俺。
わかりやすいことは、良い事だ。
ここから追いつかないことには、彼女達と同じ世界で生きていくことが出来ないことが、否応なしに理解できる。
それを克服するための試練が
「行くか」
俺は、既定のルートから外れた獣道を歩き始めた。
◇◆◇◆
一足早く高尾山の頂上に辿り着いた昇子達は、既に到達していた登山客たちに紛れ込みながら、下界の様子を眺めていた。この時点で、周囲に敵となる神霊子の姿は確認できなかったため、隠形は解いた。ちょうど屋台が動き始めたというところで、姿が見えないと買い物も出来ないからだ。
ひとまず、昇子はこども達にお小遣いを持たせて、買い物を楽しんでもらうことにした。
「さて、後はどうなるか見ものだな」
昇子は、弟の位置をウィーヴルを通じて確認しては、おかしそうに笑っていた。
秀平が山を登り始めて、一時間が経過しようとしている。昔から辛いのが嫌で逃げてばかりだった愚弟が、今は己の身体に鞭を打ちながら、ただひたすらに山頂を目指して歩を進めている。
それは衝動か?
それとも、本能なのか?
「どっちにしても、おもしろいもんだ」
「ショーコはシュウに厳しい」
昇子の隣で、スゥがブルーベリーのスムージーを飲みながらつぶやく。振り向くと、チータは高尾山について調べるため、あちこちにある看板を見て回っており、フーコとシェンはひたすら屋台の前でそばを食べ続けている。積み重なった椀を見るに、そろそろ二桁に到達しようかといったところのようだ。
こども達にとっては遠足のようなものなのに、スゥは一切、秀平から意識を離そうとしていない。
「修行なら、わたし達でも手伝えた」
「わかってるよ。でも、あいつは『それだけ』じゃダメなんだ」
「?」
スゥが、昇子の顔を見上げる。
「君達があの
「わかんない。とにかく逃げて、こっちの方が安全って思って移動してたら、いきなりテレポートしてた」
「その先に、秀平がいた……それは、偶然だったと思うか?」
「思わない」
「言い切ったな? なんでだ?」
「シュウは、わたし達の味方だって……テルミが教えてくれた」
「輝美、か……」
昇子は、感嘆していた。
「あの人」は、ここまで読んでいたのか……。
「……ショーコ、信じる?」
「普通は信じない」
昇子はポケットから一粒サイズのチョコを取り出すと、口に入れ、噛み砕く。
「でも、その普通じゃないのが積み重なっちまったら……認めなくちゃな」
「……ショーコは、こうなるってわかってたの?」
「わかっていたのは、リーダーだ。私は指示を受けて、とりあえず従っただけ。だから、私だって驚いたんだぞ? まさか、あの
しかし、昇子のリーダーは、知っていた。それが真実であると確信していた。
「未来からの情報? 予知能力の応用? ……よくはわからんが、リーダーは秀平を通じて、予知を行なったと言っていたよ」
「まだ、神霊子として目覚めていない秀平さんを、ですか?」
話を聞いていたのか、チータがスウの反対側、昇子を挟み込む形で立っていた。
「そうらしいな。リーダーはひたすらに、秀平の覚醒を促してきた。よほどのモンなんだろうな、あいつのもってる金翼の欠片ってのは」
「じゃあ、なんでボクらのことも……?」
「気になるのはわかるけど、考えるだけ無駄だよ。予知で未来の情報を得てしまった時点で、今の自分達は未来の自分達とは異なる道を歩むことになるからな」
未来のことなんて、誰にもわからない。だから、大人は様々な状況に備えて仕事や備えを蓄える等をしているし、子どもには勉強を勧めている。定められた未来を知った人間は、それを受け入れて必要最低限の努力しかしなくなるか、それに抗うためにあえて大きく違った行動を選択するだろう。
故に、未来を知るとは、別の自分が出来上がると言っても、過言ではない。
だから、今を生きるチータ達は、過去や未来ではなく、今この瞬間に、集中していれば良いのだ。
「ただまぁ、それとは別に、これはあいつにとっての試練だと思うよ」
「シュウの?」
「君達だって……頼りにしている人間がお荷物のままでは、がっかりするだろう?」
「そ、そんなことありません!」
チータは、何故か顔を赤くして否定した。
「秀平さんは、大事な時にそばにいてくれました……自分の力で、ボク達を助けてくれたのもわかります……!」
「けど、優しいだけの男なんて使えないぞ」
昇子はチータの言葉をぶった斬った。ただそれは、秀平自身がコンプレックスとして自ら語ったことだ。馬鹿な弟ではあるが、何かを成し遂げるために必要なものを見誤る程ではない。
だから、これからは今までのようにはいかないことも、しっかり理解している。だからこそ、悪態こそつくものの、素直に修行に励んでいるのだ。
己の未熟さを恥じて、女性関係を持とうとしないあの臆病者には、何としても自信をつけさせなくてはならない。そうでなくては、肝心な時に、こども達の期待を裏切ることになりかねない。
いずれ待っている再会に、備えるためにも。
秀平は、こども達を過酷な運命から守れる力を秘めている。それは明白なのだ。
それが必要だとわかっているからこそ、昇子は弟殺しの汚名を被るのを覚悟で、今日まで動いているのだ。
「あいつは、君達の存在に救われた。だから、恩返しはさせなくっちゃあなあ」
「そうなの?」
「そ、そんなこと……」
スゥとチータは、身に覚えが無いとばかりに眉をしかめた。
「あいつが、これからも君達のそばにいられるかどうかは……あいつ自身の行動で決まることさ」
だからこそ、昇子は願わずにはいられない。
(起爆剤をくれてやる。上手く爆発させな)
木々の影に潜む、季節外れの黒いコートを着た何者かの姿を見つけた昇子は、獰猛な笑みを浮かべながら成り行きを見守ることにした。
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