第2話 隣の席
俺、白川歩の住む町、伊鳴町は北側に並んでいる小さな山々から下っていくように南に向かうと海の広がる見晴らしの良い小さな港町だ。
東は更に山奥へ、西へ行くと大きな市に繋がる事から都会から落ち着こうと流れてくる人々が多く、大人の喧騒より子どもの笑い声がよく聞こえる居住地域となっている。
その町のちょうど真ん中に位置する自分の通っている私立海央高校は、校門の前を走る東西を繋ぐ大きな国道を超えて坂を下っていくと、この街に住む人なら誰しもが訪れた事がある大きな海浜公園と海浜海水浴場が位置している。町自体が山からの緩やかな坂となっており、何処からでも海が一望できるようになっている。
過去、夜中に花火や宝物交換をして騒いでいたことを思い出しながら、教室の窓から海の景色を遠めに眺めていると朝のHRが終わり、喧騒が帰ってきた。
「黒井さんだっけ?めっちゃ綺麗!お友だちになろ~」
「ねぇねぇ前の学校ってどんな感じだったの?」
「も~みんな一気に声かけちゃ駄目だよ~」
「ぜひ、よろしくおねがいします」「前の学校は在籍が短くてあまり覚えていないんですよね」「いやいや大丈夫ですよ、声をかけてくださってありがとうございます」
転校生に興味津々な女子たちが瞬く間に黒井さんの周辺に集まり、矢継ぎ早な質問を投げかける、しかし対して臆することなく答える彼女は、最初の印象で受けた我が強そうな雰囲気とは一変、物腰が柔らかく感じる。
「早速話すタイミングなくなっちまったな、女子どもめ、勢いが凄すぎて周りの男たちビビっちまってるじゃないか、なぁ?」
「無理して話しかけてもしょうがないよ、突然男の子に話しかけられるよりは同性から話しかけてくれた方が彼女も気が楽なんじゃないかな」
後ろにいた雄介が自分に声をかけて来た、早速話かける機会を伺っていたらしい。
「これだから草食男子ちゃんは、別に下心があったり騙したいって気持ちがある訳じゃないなら、取り敢えず話しかけてみないとラブロマンスなんて始まらないぜ。いや…下心は多少はあるかもしれないが…」
「じゃあ雄介が話しかけてきなよ、お手本を見せてくれないと、口先だけでは何とでも言えるじゃないか」
的を得ているのかは分からないが、悪い事を考えていないのならば、取り敢えず話かけてみたらいいじゃないか、と言うのは分からなくもないのでこの悪友を生贄にしてみる事にした。
「………よし、歩、一緒に話しかけに行こう、二人で行けば怖い物なしだ、お前も声かけたいんだろう?かけたいんだよな?かけようぜ!」
「一人じゃ不安なだけじゃないか…でも僕も話かけて見たかったからいいよ、一緒に突撃してみよう」
自分自身もっと話して黒井さんの事を知りたいと思っていたが、あまりに女子の圧が強くて尻込みしていたので良い提案だ、二人でそう結論を出すと、雄介から黒井さんを囲む女子に割って入った、不安と言いつつもやると決めたらアウェーでも動いて行ける雄介の行動力には何だかんだ助けられている気がする。
「ちょ、ちょ、ちょ、女子ばっか黒井さんと話すなよ、俺たちも混ぜてくれよ」
「俺たちも一緒にお話ししてもいいかな?」
一番近くにいた顔見知りの女子に話しかけた。
「雄介と歩じゃん、ちょうど彼氏がいるかどうかって話をしてたんだよね、気になるでしょあんたらも、黒井さんそこんとこどうなのよ」
「…今は居ないかな、引っ越しも決まってたし、もし作っても離ればなれになっちゃうしね」
意外だ、これだけ美人なら彼氏の一人や二人いるのが世の常だと思っていたが、確かに引っ越しが見えている中で深い交流を持ちに行くのは難しい事なのかもしれない、と思っていると隣の陽介が声をかけた。
「”今は”って事は前は居たんだ?その人とは別れちゃったとか?」
「うわデリカシー無いな陽介そういうとこだぞ、ごめんね黒井さん答えづらいなら放っといて良いからね」
自分も気にはなったが、昔の話となると初対面で迂闊に聞くのは失礼になるかもしれないと思い、黙っていたのに陽介はあっけらかんと聞いていく。
「あ、いや大丈夫ですよ、彼氏…では無いんですけど大切な方は居たんですが、引っ越しに伴って離ればなれになってしまってそれっきりなんですよね」
そう言いながら自分のペンケースに付いているキーホルダーを撫でている彼女の手元を見た時、正面にいたとある女子が言った。
「あれ?そのキーホルダーってナンショーでやった海浜公園イベントの時に作って配った奴じゃん、黒井さんナンショーだったんだね」
ナンショーとは南陽小学校の事で、今いる海央高校から東南に位置する地元の小学校である、自分は勿論、クラスの大半は南陽小学校からそのまま通っている。
「いや、私はその時違うとこに通っていたんですが、家は海浜近くだったのでイベントには参加していたんですよね、その時に良く遊んでいたお友だちからプレゼントしてくれたものなんです。今何してるんだろう?」
あの時期は学生が総出でひたすらにキーホルダーを作り、町に配りまくっていた記憶がある、世代ごとにまとめてやるイベントで6年ごとに上級生と先生方主導で行われる、その頃3年生だった自分は自作の物と先輩が作ったものを大量に抱えてハロウィンさながら町を彷徨っていた。
「あ、そうなんだ、じゃあそのプレゼントをくれた相手が昔の大切な人ってことなんだねー思い出の品ってやつだ!」
「ちきしょー小さな頃に貰ったプレゼントを大事にするほど思ってる人が居たら俺たちになんて出る幕なんてねぇじゃねぇかよ、泣けて来たぜ…」
自分で掘り下げておきながらダメージを受けている陽介を横目に談笑をしていると、1限目の予鈴が鳴ったので解散となった。
席に戻って筆記用具や教科書を用意している中、ふとHR中に考えていたことを思い出した、自作の海浜キーホルダーで一番綺麗な石が入った物を、その時期一番遊んでいた男の子にあげていたことだ。
彼はいつも海岸で石を集めたり砂山を作ったりと1人で遊んでいたのだが、石集めにハマっていた自分が声をかけて意気投合し、学校の帰りや休日に良く遊んでいたのだ。
海浜の海岸には6色の石が落ちている言われており、その中でも珍しい青の石をはめ込んだキーホルダーをプレゼントしたのだ。
結局彼は、何時の間にか海岸に来なくなってしまい、自分もいつもの日常に戻っていったのですっかり忘れていたが、先ほどの話を聞いて少し懐かしい気持ちになった。
「そういや、あいつ今何してるんだろう?」
呟いた瞬間、ドアが開き教員が入ってきたので居住まいを正し授業へと集中したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます