つけるべき決着
自分と出会うよりも前から恩人のためにこんなことを計画していたというのであれば、今まで
彼には何も分からなかった。
「
いつもの、底抜けにやさしい先輩と何一つ変わらない口ぶりで答えが返ってくる。
言葉の内容ではなく、その所作を、佇まいを、振る舞いを、否定したかった。
でもそれは無理だ。
どんなに頑張って頭の中で言い訳を考えてみたところで、目の前の現実は何も変わらない。いつも通りの優しい振る舞いを見せながら淡々と恐ろしい答え合わせをし続ける
逡巡。
頭の中で狂気に笑う
"叶えたい願いがあるなら覚悟を決めろよ、そうした方が楽しいぞ"
楽しいかどうかはともかくとして、
全部本当の自分だった、と。
「……、先輩、一個だけおかしなことを聞いてもいいすか?」
「一つと言わずいくらでも答えよう。どうせ数時間後には二人ともその命を散らすことになるわけだしね」
「殺し合わせる理由はそれで命を精練させるって話っすけど、それならどうして俺にはなんの"力"も与えなかったんすか? それにハシちゃんにだって、ゼロから実体を伴った水を時間をかけて生成出来るなんて"力"よりもっと戦うために使いやすい"力"を渡していた方が目的に合うはずっす」
「それは……、」
「俺は正直今でもまだよくわかってないっすよ。でも今まで俺と一緒にいた先輩が嘘じゃないっていうなら、迷いがないなんてこと、絶対にないはずっすから。だから……、だからっ!!」
「例え仮に
「生き残るのは、彼女さんと一人だけっすか……」
「そう。だから望みを叶えるなんて大層なことは言えないけど、最期に言いたいことがあるなら言ってくれていいよ」
「それなら先輩……、俺と一緒に死んでほしいっす」
言葉と同時にカランと音を立ててサバイバルナイフが
「あんた何言って……?」
「ずっと不思議に思ってたんすよ。話しているときの先輩はずっと他人事みたいで、まあ普段からそういうところがないとは言わないっすけど……、でもそれでも変だった。で、だから考えてたんすよ、先輩が俺をこの島に呼んだ理由を」
「それで導き出せた結論がこれってことか」
「っす。元々先輩自身が生き残って島を出るつもりがなかったのであれば、あの語りぶりにも納得出来るんすよ。それに俺に"力"を持たせなければ俺を殺すことに掲示されたルール上のうま味がなくなる。そうすれば、俺は最期の一人に近いところまで生き残りやすくなる」
「つまり丁度今この状況こそがボクが理想としていた状況だと」
「俺の考えではそうなるっすね」
「オーケー。それじゃあ試してみようか」
その動作を見た
「ちょっ……!? ちょっと、正気!? ダメよっ……!! 止めなさいっ……!!」
二人のやり取りを大人しく聞いていた
だけれど、
「ハシちゃん突然割り込んでくるとかは止めて欲しいっすよ。俺は先輩のためなら殺し殺されも許容するっすけど、だからといってハシちゃんのことを刺したくなんてないんっすから」
返ってきたのはそんな言葉と取り繕ったような笑みだった。
「それじゃあ答え合わせをしようか、
「いつでもいいっすよ」
そしてお互いに短く息を吐きだすと、ダッと真正面に向かって駆けだす。
止めに入ったらあのナイフが腹部と背部に突き刺さるということが明確にイメージ出来てしまったから足が動かなかった。
直前に
そしてザクリと鈍い音が暗闇に響く。
「はっ、ははっ……。やっぱり思った通りじゃないっすか……、先輩……」
「そりゃ、そうだよ。ボクは確信犯で悪人になり切れるほど強くはないんだ……」
向かい合った二人はお互いに軽く咳をしながらよろよろと後退りをして距離を開ける。
お互いの腹部にはバッチリとナイフの柄が突き刺さっていて、だらだらと血が垂れていた。
そして、ばたりと同時に仰向けに倒れる。
「カナリヤ君っ!?」
事ここに至ってようやく
駆け寄って止血のためにナイフを引き抜こうとして、そして手が止まる。
今このナイフ大きさの傷を塞ぐための用意がないのだ。
「なんでこんなバカなことしたのっ!!」
「先輩のやったことをちゃんと咎めて、ハシちゃんが生き残れる可能性が何かって、俺なりに考えたんすよ。その結果がこれ……。俺としちゃ上出来だと思うんすけどね……」
「それであんたが死んじゃったらダメじゃないっ!! バカっ……!! 本当に……、バカぁ……」
すぐに止血が出来ない
「ははは……。俺、今、
「しゃべるんじゃないわよ……、大人しくしてなさい」
「俺は……、ハシちゃんの幸せを願ってるっすよ」
酷く重い、軽い咳を言葉に織り交ぜながら
「バカッ……、ばかぁ……」
けれど、確実に体力はすり減り、鼓動は弱っていく。
その時、石柱に納められているさざ波の秘宝がぼぅっと一際大きく輝いた。
次の瞬間、
「
「ごめんね、ミサキさん。でもこれで儀式に必要な贄は足りる。彼女と一緒にこの島を出て、……あんまり人に不幸を振りまかないで幸せに暮らして欲しい」
「……、
「それでどうなるっていうのよ……」
「決まっておろう。集めた力と魂を注いで
「カナリヤ君は……?」
「……、宝玉を破壊したら集めた魂の力を長く留めておくことは出来ぬ。故にわらわが使う分の力以外は必然的に今残っている"力"の所有者に流れる。今のおんしにはあの女に渡していた"力"が流れているだろう? それをうまく使え」
その言葉が本当に信用に足るモノなのか、
分からなかったけれど、一縷の望みに掛けて従うほかないのだろうと、即座に確信してしまえた。
時間はない。傷の深さから考えて、グズグズしていたら失血によるショック死という結果が待ち構えている。
「分かったわよ……。で、どうすれば壊せるわけ?」
「集めた力とわらわが蓄えた力をこのナイフに注ぐ。これを引き抜いて思い切り宝玉へと突き立てよ」
「封印されてる当人の力で宝玉が壊せるの?」
「この封印における器の破壊は被封印者の死滅、絶命を意味しておる。今まで器が破壊されていなかったのは単にわらわが破壊される気がなかったというだけの話ぞ。破壊されぬように防御に回していたわらわの力を器を破壊する方向へ傾けたれば容易きことよ」
「……、時間がないんでしょう。早くして」
「こちらの準備は今しがた終わった。あとはおんしがナイフを引き抜いて宝玉を破壊するのみよ」
気後れがないわけではない。
だけれど、躊躇ったら躊躇っただけ二人の身体からは血液が失われていく。
それは死に近づいていくということ。
いや、もうほとんど眼前まで迫っていると言ってもいい。
そのギリギリの瀬戸際で何とか引っ張り戻せる可能性があるのなら、四の五のと言い訳を並べるよりも一旦感情は感情として抱えたままで行動した方が絶対に良い。
だから、
「う゛ぅ……っ」
僅かに柄に残った温かさが手のひらに伝わるのと同時に、
今だって痛いのに、ここからナイフを引き抜いたならばきっとさらに大きな痛みが彼のことを襲うのだろう。
「……っ!! ごめんなさいっ!!」
それはきっと
それでもぐぃっと力を込めて刺さったナイフを思い切り引っ張り上げる。
ビャッ!! と返り血が噴きあがった。
「うわっ!?」
刺さったナイフによってせき止められていた血が枷を外され瞬間的に派手に噴いた。
それに驚いた
「何をしておる娘……!! そんな暇があるならさっさとしろっ!!」
「分かってるわよっ!!」
同時に返り血を浴びていてもおかしくないだろう
一つ睨み返して立ち上がり、たたたっとさざ波の秘宝の前に立つ。
そしてナイフを掴んだ手を大きく振り上げ、その切っ先を叩きつけるように振り下ろす。
バギンッ!! と派手な音が鳴り響く。
淡く輝いていたさざ波の秘宝は呆気なくも砕け散り、すっと瞬く間にその輝きを弱めていく。
同時に
当の
その溶けゆく速度は早いとも遅いとも言い難いモノがあるが、半身が消えるまでの時間はおおよそ二から三分程度程度だろう。腕の先をギリギリまで維持したとしても残された時間は一〇分もない。
「ミサキさん……、どうして……?」
「先ほども言うた。わらわはそもそも世俗に対してもう何の感慨も持たぬ。
「……、ボクはミサキさんに生きて欲しい……」
「だとしてもわらわは
「最期にお前さまと触れあえたこと、嬉しく思うぞ」
「ボクもだよ……」
カランッと血にまみれたナイフが洞窟の地面を転がって音を立てた。
弾かれたように
「今助けるから……、絶対に死ぬんじゃないわよ……!!」
奥歯を噛みしめるように宣言した
今度は返り血は吹き出なかった。
それどころか、倒れる
故に行き場を失くした
その力を使って、傷口から流れ出る血液の方向性、指向性を操作しこれ以上の失血を押さえにかかったのだ。
だけれど、いやだとしても既に失った分の血が戻ってくるわけではない。
腹部に空いた刺し痕から生じる痛みがなくなるわけでもない。
「……、許さないんだから……!! アンタまで死ぬのは絶対に許さないんだから……!!」
それでも
最期の戦いのとき
だから死因は恐らく身体に馴染みのない不可解な"力"の使い過ぎによる肉体への過負荷によるモノなのだろう。
この"力"を維持し続けられる肉体的限界がいつ来るのか、そもそも
そうしなければ
これ以上はもう嫌だった。
もうこれ以上目の前で人が死んでいくのを見ているだけなのは嫌だった。
だから続ける。
ただひたすらに
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