首謀者の正体


「ハシちゃんが劣等生なら俺なんかもうそこらの生ごみと代わらんね」


「何よそれ、当てつけ? この島で私は一番役立たずだったじゃない。アンタの方がずっと冷静に判断出来て、勇気も合ったじゃない」


「そんなことないっしょ。それにハシちゃんと一緒だった極楽鳥ごくらくちょうさんは安らかな表情だったけど、俺が死に目に会った不後取ふしどりさんは……、凄かったよ、壮絶だった。少なくとも安らかには逝かなかった。それにハトちゃんもハシちゃんと話してる時が一番楽しそうだった、と思う」


「何その理由……」


「俺はこういうの言葉にするのってスゲー苦手なんだけど……、なんていうか……、人を安心させられるっていうのも立派な一つの才能じゃないかなって」


「ありがと」


「でもなんか、ハシちゃんにだけそういう話させるのもちょっとアレだし……、俺と先輩の馴れ初めとか話そうか?」


 暗い洞窟の中を歩きながら加成谷かなりやは必要以上に気分が沈みこまないように意識的に声のトーンを一つおちゃらけさせる。


「いやよ、なんかそれは聞きたくないわ」


 そうすると小鶴瓶こつるべの声もつられるように一段階明るくなった、ような気がした。


「えぇ……? 先輩は話しても別に気にしないっすよね!?」


「そりゃ別にそんなに恥ずかしい話でもないし気にしないけどさ、聞きたくないって言ってる相手に聞かせる話でもないでしょ」


「そりゃそうっすけど……、でも俺だってちょっとくらい自分語りしたっていいじゃないっすかー」


「本当に恥ずかしい話じゃないのよね? ちょっと気持ち悪かったりしない?」


「そんなに特別な話でもないよ? 大枠としては堂佶とうきつが痴漢を掴まえましたって話だしね」


「……、分かったわ。それならちょっと話してみて」


「それじゃ、ちょっくら失礼して……。あれは、雪の降る三月の話っす。当時の俺はまあちょっくら荒れてたんすよ。で、終電間際にようやく喧嘩の決着がついてそれで大急ぎで電車に乗り込んだんっす。雪も降ってる中でその日は本当に寒くてあちこちに出来た打撲痕がヒリヒリして電車に乗り込んでも落ち着かなかったんすけど、でもそれ以上に落ち着かなかったのは、妙な動きをする男がいたことっすね。まあ先に先輩が言っちゃったんで勿体ぶらずにいうんすけど、まあ痴漢のおっさんがいたんすよ。ただ、俺はあんまそういうのいるって信じてなかったっていうのとあまりにも堂々と女の尻を触ってるんで、そういうプレイでもしてるのかと思って舌打ちだけして見て見ぬふりをしようとしてたんすけど、そこで先輩が電車の揺れに合わせてスルッと被害者の女の人と痴漢の男の間に自然な感じで割って入ったんすよね」


「そうだね、ボクは堂佶とうきつと違って喧嘩は強くないからね。精々身代わりになるくらいしか出来なかったんだよ」


「ただ、その痴漢の男は何を思ったのか逆上して先輩に殴りかかったんすよ。で、俺はそこでやっとあぁプレイとかじゃねーんだなと気付いて、先輩の顔を殴りつけたおっさんの肩をむんずと掴んで、振り向かせて顔面にパンチ一発とヘッドバッド一発くれてやったんすよ。そのあとは先輩が女の人と一緒におっさんを警察に突き出して、一応俺も話聞かれてって流れで結局途中で降りちゃったから終電なくなって家に帰れなくなるんすけど……、先輩が一晩ネカフェをおごってくれたんすよ。んで俺は、この人は痴漢から女の人を助けるし、困ってる俺も助けるし、なんていい人なんだって思ったんすよ。で、スゲー喰い下がって先輩の名前と所属と連絡先を教えてもらったんす。それが俺と先輩の出会いっすね」


「確かに思ってたよりは普通の話だったけど……、でもちょっと長過ぎよ」


「長いってそんな身もふたもないことを言わないでぇっ!?」


「だって、それって痴漢から女の人を庇ってる先輩さんを助けたら女の人だけじゃなくって自分のことも助けてくれたから尊敬してるって話なんでしょ? ほらこれで済むじゃない」


「うごごごご、」


「まあ堂佶とうきつの負けだと思うかな、ボクも」


「先輩ぃ、そんなぁ……」


「話聞いたついでに私から先輩さんに聞きたいことあるんですけど、良いですか?」


 お互いにどうにかこうにか気持ちを切り替えようとしているらしく、また少し言葉のトーンが軽くなっていた。


 彼らに自覚はなかったけれど、それは逆に僅かな痛々しさを感じさせる。


「何かな? 内容によるけど、ボクが答えられる範囲であるなら答えるよ」


「じゃあ、あの最初に会ったときにこの滝の周りには特に何もないからって言ってこの場所から私たちを遠ざけのはどうしてですか?」


「いや、あのときは何にもないって思ってたんだけど、そのあとでもう一回調べたら見つけたんだよね。だから申し訳ないけど、本当にたまたまなんだ」


「それじゃあ全員に夢でアナウンスがされたあの朝に誰にも気づかれることなく真っ先に姿を消した理由は?」


「ミサキさんをこんな良く分からない殺し合いに巻き込まれたくなかったからだね。フッと夜中に目が覚めた時に既にボクにもアナウンス内容は理解出来ていたからミサキさんを起こして逃げさせてもらった」


「……、それならなんでカナリヤ君に声をかけなかったんですか?」


「なんでって……、それは……」


「ハシちゃん?」


「アンタは少し黙って聞いてて。だって変ですよ、あなたにとって彼は間違いなく絶対的な味方になる。そのくらい信頼されているってアナタ自身も分かってるはずですよね? なのに、彼に声をかけずにひっそり二人だけで船を降りて身を隠すっていうのは、少し条理に合っていない」


「それは……、正直ボクもあのときは冷静じゃなかったんだろうね。君の言葉を聞いて素直に確かにそれはそうだなって納得してしまった」


 小鶴瓶こつるべ疑問は全てもっともなモノだったが、瑠璃斑るりまだらの答えにも然程の穴はなかった。


 だから何かを疑われているということは理解できても決定的なモノに至ることはない。


「これは口にしたくなかったんですけど……、先輩さんの彼女さん、普通の人間じゃないですよね?」


「急に酷いこというじゃないか。いくらなんでもそういう侮辱は許せないよ?」


「いいえ侮辱ではないです。だって玄道くろみちさんも普通の人間ではなかったじゃないですか。そういう意味ですよ」


「つまり君はミサキさんが玄道くろみちはとさんのような異能者であると言いたいのかい?」


「そういう訳ではないのですけど……、でも今確信しました。なんで先輩さんが玄道くろみちさんが異能者だったって知ってるんですか?」


「君たちと不後取ふしどりさんが話しているのを聞いていたからね。おおよその予測で話しただけのことだよ」


「あのときあの人は一度だって名乗らなかったわよね。なのになんで名前知ってるの? あの人がわざわざあなたに対して事前に自己紹介をしているとも思えないのだけれど」


 暗闇の水晶洞窟内を先導していた瑠璃斑るりまだらの足がぴたりと止まる。


 無言で振り返って小鶴瓶こつるべ波子はしのことをしばしじっと見つめると、向き直り、そしてまた何事もなかったように歩き出した。


「流石にこれ以上は誤魔化しきれないかな。どっちにしろもうすぐ着く。今君たちに危害を加えるつもりはないから安心していいよ」


 そしてそんな言葉がすらりとさらりと返される。


「先……、輩……?」


「相変わらず堂佶とうきつは察しが悪いね。知ってるはずのない情報を知っていて、知っていることを隠しているような人間が一般的にどう扱われるかなんてのは決まっていることだろう? それと、引き返そうとするのもやめた方がいいよ。外にはもう追加の水難死霊アクアウィッチたちが集まってきてるはずだからね」


 もう既に瑠璃斑るりまだらの先導に従って進み続ける以外の道は断たれていた。


「なんで……、なんでこんなことをしたんすか……!? 先輩っ!!」


 繋いでた小鶴瓶こつるべの手を放し、先を進む瑠璃斑るりまだらに駆け寄って、肩を掴んで強引に振り返らせ、問い詰める。


「知りたいというのであれば、巻き込んだモノの責任として答えるけれど、とにかく今は付いてきて欲しい」


 そう答えた瑠璃斑るりまだらの表情は普段と何も変わらないものだった。加成谷かなりやが金に困っているときに治験のバイトを紹介してくれた時やナンパに失敗し続けて一日を棒に振った日の終わりにパフェをおごってくれた時と本当に何ら変わらない表情。


「わ、分かったっす……」


 どう考えたってまともじゃないこの場において、だというのに瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうま加成谷かなりやのよく知る瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうまのままだった。


 諦念を滲ませるでも、焦るでもなく、ただただ、いつも通りの彼のまま。


 それが逆に不気味で仕方がない。


 それから三人は押し黙ったまま、薄暗い洞窟の中を松明の光を頼りに進んでいく。


 そして辿り着いた洞窟の最奥には細かな装飾が施された丸い石柱があり、その上に淡く輝く青いさざ波を思わせる意匠が彫り込まれた宝玉が鎮座していた。


「さてと、なんの話からしようか……。そうだね、まずはコレが君たちが手に入れんと欲していたさざ波の秘宝と呼ばれているモノそのものだってことからでいいかな」


 指を立てずに手のひら全体を使って青い宝玉を指し示す。


「そして、ミサキさんの本体が封印されてる場所でもある」


「封印……?」


 ゲームや漫画、昔話でしか聞いたことのない言葉が瑠璃斑るりまだらの口から飛び出した。


「そう。ミサキさんは大昔、本当に大昔に悪霊として封印された怪異の類なんだ」


「やっぱり……」


「正直気付く可能性があるのは玄道くろみちさんだけだと思ってたんだけどね。まさか、君にも見破られるとは思ってもいなかったよ、小鶴瓶こつるべさん」


 彼は穏やかに笑みを浮かべ、そして言葉を続けていく。


「じゃあ次は堂佶とうきつの質問に答えようか。なんでこんなことをしたのか、という部分についてだ。ボクの目的は、いや違うか。ボクたちの目的はミサキさんの受肉と封印の解放、それだけだよ」


「絶対に碌なモノじゃない……」


「まあミサキさん本人からかつて都を滅ぼしかけた存在だとは聞いてるし、碌でもないと言われたらボクには正直返す言葉もない」


「じゃあなんで……、」


「決まってるだろ、好いて……、焦がれてしまった、ただそれだけの話だよ。堂佶とうきつには前に話したことあったろ? 母の呪縛から助けてくれた女性がいたって話。他ならぬその女性がミサキさんなんだ」


 確かに加成谷かなりやには瑠璃斑るりまだらからその話を聞いたことがある。


 小学生の時に単身赴任で父親が長期間家を空けたときに母親が若い男を連れ込んでいた現場に遭遇してしまったのがきっかけとなって最終的には殺人未遂まで発展してしまった事件の話。


 つまるところ、瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうまはかつて実の母親に殺されかけた過去があるという話。


 その時不在の父親の代わりに相談に乗ってくれ、そして命を助けてくれた年上の女性、それが七艶ななつやミサキであるらしい。


「……、その先輩、彼女さんは、ソコに封印されているんすよね?」


「あぁ」


「それがどうやって、海を隔てた先輩のご実家近くに姿を表せるっていうんすか?」


「それは愚問だよ、堂佶とうきつ。君だってついこの間ミサキさんの姿形を見ただろ? ああやって人の姿形を模って人前に姿を現すことが出来るくらいにはミサキさんの封印は緩んでるんだよ」


「そうよね、封印が緩んでいないなら、そもそもこんな訳の分からない儀式だって出来やしないはずだもの」


「儀式……? それって……、どういう……?」


「恐らくは、このゲームを称する殺し合いは私たちがさざ波の秘宝に願いをかなえてもらうために必要な手順じゃないってことよ」


「そう、ご明察。このゲームの本当の目的は七人分の魂を集めて捧げることで封印を打ち破り七人分の死肉を使ってミサキさんの新たな肉体を構成すること。まあ言ってしまえばミサキさん復活のための儀式だったというわけだね」


 それは掲げられたゲームの大前提が崩壊する言葉だった。


 しかしであるならば、わざわざ贄同士を殺し合わせる必要などなかったのではないか? 加成谷かなりや小鶴瓶こつるべの頭の中にそんな疑問が過ぎる。


「七人分の死肉と魂が必要っていうのは分かった。だけど、私たちを殺し合わせようとした理由が分からない。ただの遊び?」


「まさか。ボクはそこまでは人でなしにはなれないよ。お互いに殺し合うことで魂を精練させるんだ。言ってしまえば……、そう、ちょっとした蠱毒のようなモノかな」


 スラスラつらつらと信じられないような言葉が次から次へと瑠璃斑るりまだらの口から紡がれていき、その度に加成谷かなりやの心はぐらぐらと強く大きく揺さぶられる。


「なんなんすか、それ……。いつからなんすか……、俺と初めて会った時からっすか? 今まで俺は騙されてたんすか……?」

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