沈黙していくモノ
駆け寄った
血涙が流れる目は淀んでいて上手く焦点が合わせられないのかやや虚ろ、目下に出来たクマは深く、いつも優し気なお姉さん然とした表情を台無しにしてしまっている。ぼたぼたと鼻から溢れている血も止めどない様子だし、いつも瑞々しいぽってりとした厚めの唇もすっかりと乾いてカサついてしまっていた。
大丈夫か大丈夫じゃないかで考えたら、どう見たって大丈夫そうには見えないありさま。
「大丈夫……?」
それでも、
それ以外になんて声をかけたらいいのかが分からなかったのだ。
「……、ダメかも」
大慌てでそれを受け止めると、ずっしりと重い身体は熱かった。
「あっつ……!? ちょっとしっかりしなさいっ!?」
明らかに平常の範囲を逸脱した体温に
「大丈夫ではないけど、大丈夫よー……、意識はまだしっかりある、からぁ……」
その声色はこの三日間聞いてきた、艶があり自信が乗っていて伸びやかなモノとは随分とかけ離れた、疲れ切って焦燥が滲み出すごわごわとしたモノだった。
「と、とにかく体を休められる場所に行くわよ……」
明らかに憔悴しきった
でもだからこそ今はこの人を助けないといけないという使命感が湧いてくる。
正面から受け止めた身体の体勢を手をぐぃっと引っ張るようにして肩に担ぐように移行させ、背中からわきの下を支えるように手を回し、ジャブジャブズルズルと木陰へと何とか運んでいく。
たった十数メートルを歩くだけだというのに、進めば進むほどに急速に
「生き残ってみんなを幸せにするんでしょ? もうすぐ身体休められるから、辛抱しなさい」
「うふふ、ありがとうね」
衣擦れよりも儚い声に
「ほら、ココなら身体休めさせられるから……、」
樹の根元に
すると彼女は薄らとほほ笑んでそっと
その時、森が騒めいて、ギャアギャアと激しい鳥の囀りが木霊した。
あんな勢いで吹き飛ばされたのだから相当なことになっているだろうということは想像出来ていた。
ただ実際にその場に辿り着いてみると、想像していたより一層取り返しのつかないだろう状態で身身震いが起きる。
ごろりと地面に倒れ伏す
それだけでも十分に胸につかえる。が、もっとも酷いのはそこではない。
巨木に背中から激突した衝撃で背部腰部が不自然なほど大きく腫れあがっているのだ。
近寄らずとも分かるほど大きくハッキリと腫れあがってしまっているし、何より激突の衝撃でいくつかの樹の皮が彼女の肌にしっかりと突き刺さって濁々と血を滴らせている。
「うぅ……、あぁ……」
そんな様子の
それは誰かに助けを求めるだとか、痛みに喘ぐだとか、そういう類のモノでは恐らくない。
確かに言えることとしては、
ただそれだけの事実が
例え相手が自分たちの命を狙ってきている相手だったとしても、新しくできた友達の命を奪った相手だったとしても、目の前で死なれるのは気分が悪い。生きていてくれるのならばそれに越したことはない。
それと同時に、「今はまだ生きているけど、迅速な救護活動が望めない以上遅かれ早かれではないのか」という思いも過ぎる。
見立ては正しい。
背骨と腰椎の一部が砕けて、肋骨にひびが入っているし、砕けた背骨の一部が内臓を傷つけてしまっている。今の彼女は早々に応急手当をして病院に運んだとしても生き残れるかどうかは運と本人の気力次第といったところだろう。そして、この常夏島という場所にいる以上どれだけ頑張っても海を超えるのに最低でも三時間は船に揺られなければいけない。
今の彼女の状態でそんな時間、命を保てるはずがない。
だから今はまだ息が有ったとしても、彼女にはもう生き残る術はない、とそう言って差支えがなかった。
何をどう行動するのが正解になり得るのか、
応急手当をした方がいいのか、そっとしておくのが良いのか、それとももう絶対に助けられない以上は今この場で止めを刺してしまった方が却って良いのか……。
「はっ……、はっ……、はぁっ……!! あーアハハハッハハハッハハハハッ!!」
「おいっ!! そんなに笑ったら傷が……!?」
その笑い声に圧倒されつつもそれでも思わず制止の言葉が口から溢れる。
あまりの痛々しさに止めずにはいられなかった。
だというのに、
それどころか明確に彼女の両腕に力が入り、両手を地面について身体を起こそうとする始末。
「やめっ……!? やめろって……!? 死ぬって!! そんなことしたら、今すぐ死ぬってっ!!」
もしかするとアドレナリンの過剰分泌によって肉体から生じる痛みを感じ取れていないのかもしれない。
「どうせ死ぬ……っ!! 今だろうが、後だろうが、どうせ死ぬよっ!! アナタたちを今この瞬間に全員殺せなければ結局私は死ぬのっ!!」
今度は言葉に返事があった。
ガックンガックンっと全身を痙攣させながら立ち上がろうともがく
彼女の抱えているモノが何なのか、
ただ断片的な会話の中で余命が幾ばくも無いということだけが辛うじて分かっているのみ。
だからその暴力的なまでの生への執着の源泉がなんなのか分からない。
分からない。が、必死に生きようともがいているということだけは身体の芯に強く強く叩きつけられたように理解出来た。
これだけ必死に生きようとしている人を押しのけてまで生きる理由が自分にあるのか?
一瞬、本当に一瞬だけそんなことを考えてしまう程度には……。
でも、だけれど違う。
これが
しかしそうではない。
目の前の彼女が生き残るには
自分の責任で自分の命を投げ出すだけだというのならばいざ知らず、他の人たちの命まで一緒になって投げだすなんてことはきっと到底許されることじゃない。
誰だって死にたくないと思っている。
もし仮に生きることを望んでいなかったとしても、それはきっと死ぬことを望んでいるわけではない。
だから人は生きている。
無為に命は捨ててはいけない。
粗末にしてはいけない
「あなたがあくまで俺たちを殺すっていうならっ……!! 俺はっ……、俺はぁぁぁっぁっ!!」
相手の傷は相当に深い。
一発でも本気の拳を叩きつければ恐らくはそれで終いだ。なんてことはない。
だのに心の深いところまで恐怖が突き刺さっていて抜けやしない。
ミシミシビキビキと全身から嫌な音を軋ませながら
「ああハハハッッ!! あーハハハッハハッ!! それで良いっ!! 立ちはだかるなら、覚悟を持てっ!! どうせ生き残るのは一人きりなんだしっ!!」
そして執念は立ち上がった。
明らかに立てるような傷ではないのに、明らかに立ち続けられるような体調ではないのに。
生き残るという執念が、負けないという強い思いが、願いをかなえるという無比成る意思が、
出鱈目で無茶苦茶、狂っているとしか言いようのない表情を浮かべて
自らの生き残りを邪魔するための障害を排除しようと歩いてくる。
誰がどう見ても虫の息だ。
だというのに
絶対に無理だ。
今の
冷静に考えればそんなことは一目瞭然だろう。だなのに、
「死にたくないんだろう? それなら、戦えよっ……!! 戦った方が、楽しいっ!! 痛みが、重みが、熱が、命を感じさせてくれるんだっ!! アハハハッハッ!! アーハハハッハッハッ!!」
その瞬間、カラスたちが一斉に激しく啼き羽ばたく。それにつられるようにして小動物たちも一斉にさぁっと何処かへと散っていく。
森が騒めいていた。
顔色は悪い。ひたすらに悪いというのに、それを一切感じさせることのない凄絶な笑みがそこにあった。
「うわぁぁっぁぁぁっぁっぁっぁ!!」
どう考えても後がないのは
絶叫して、動かない身体を無理やりに動かす。
ギシギシと油の切れたブリキのように緩慢な動きで何とか腕を持ち上げてボロボロの
そのとき彼女の身体がぐらりと傾く。
そのままなんの構えも取らないままでずるりと
「うわっ!?」
パンチを打つタイミングが完全にズレてしまった
バタンッ!! と
「なっ!? は? えっ……?」
状況が理解できない
ずっしりと身体に掛かる重さから徐々に熱が失われていくのが伝わってくる。
「ちょっ……!? は……? なんっ……?! ……、まさかっ?!」
温もりが急速に失われていくことにある予感がしてぐったりと動かない
脈はなかった。
そう
「はっ……、はは……、はははは……」
森の中に
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